第33話 葛藤、朝食。
「よう。おはようさん」
「……おはよ」
昨夜。親方は俺の返事を聞く前に寝落ちしてしまった。豪快なイビキを掻いて、テーブルに突っ伏して寝る親方に毛布をかけ、俺はなんとも言えない顔で寝室に引っ込んだ。結局夜遅くまで寝付けなかったせいで、朝日が目に沁みる。
朝起きても、親方は何も言わなかった。酔っ払っていたせいで記憶が飛んだわけでもあるまいに。それでも何事もなかったように振る舞うから、俺もそれに便乗する。
俺が明確な答えを出せなかったことの意味を、親方は理解した筈だ。だって、『親方のこと、ほんとの父親同然に慕ってますよ!』だなんて、工房の職人たちが常日頃やってることなんだから。俺なら平然とそう言いきるだろうと、たぶん親方もある程度予測してたと思う。でも、そうはならなかった。
それは失望でなく、変な期待をさせてしまったことへの戸惑いなんじゃないか。あそこで即答していればきっと、俺たちは今も仲よし父娘でいられた。だけど、咄嗟にできなかった。だからお互い戸惑ってる。本当にいいのかそれで、と当惑している。
「……」
「……」
分からん。どうすりゃいいのか、なーんも分からん。
「今日は」
「うん」
「今日は、いや、今日はいい天気になりそうだな」
「そっすね。最近涼しくなってきたし。気持ちのいい秋晴れになりそうで」
「そろそろ衣替えの季節だな」
「ああ、そういえば」
「秋冬用の作業服も、買ってやらんとな。2着、じゃダメか。冬場は洗濯物が乾かんから」
「……よろしくお願いします」
前世。俺は自分のことだけで手いっぱいだった。他人のことなんか気に掛ける余地はなかったし、もっと言えば他人なんかどうでもよかった。だから、いざ誰かのことを考え始めると。自分が他人からどう思われてるのか、いや、自分が他人をどう思ってるかについて考え始めると……途端に思考が行き詰まる。
こんなことになるならいっそ、前世のままでいられりゃよかったのに。そうすれば、頭抱えるはめにならずに済んだのに。
「……」
「……」
気まずい。正解が分からない。何が正解なのかも、どうすれば正解なのかもまるで何も。そんなんじゃ答えの出しようもなく、誰かに相談しようにもリンお嬢さんやクレレには言い辛い。
とはいえ、だ。これはある意味で親方が俺に考える時間をくれたともとれる。答えを出すのは今すぐにじゃなくていい、と。彼は俺に問いを投げた。俺はそれを受け止めた。であれば、親方はそれを投げ返すのを待つ、と。いや。投げ返すか、投げ返さないか。その決断をするのを、待ってくれると。
それは俺の一方的な思い込みかもしれない。ただの独りよがりな願望かもしれない。でも。
「……」
「……」
伊達にこの半年、一緒に暮らしてきたわけじゃない。口下手な親方の言いたいことぐらい、目を見れば大体分かる。そもそも。
「このスープ、美味いな」
「どうも」
前向きに逃げてるのはあっちも同じ、か。
第4幕、完。
続き、どうするかちょっと悩んでいるので、一旦更新止まります。
場合によってはムーンライトに続くかもしれません。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




