第29話 悪役令嬢の懺悔。
明日も学校だから、とお開きになった後で、私は王家の家紋が入った馬車に揺られ、フォルテ様とアルトと3人で公爵家まで向かっていた。ヌエ様とクレレさんはフォルテ様のお付きの護衛の兵士さんたちがそれぞれ自宅と学院の寮まで送り届けてくれるとのことで、任せるよりない。
「すまなかったね、リン」
「それは何に対する謝罪ですの?」
「楽しい女子会に男子が同席してしまったことへの、かな?」
「……別に、構いませんわ。ヌエ様もクレレさんもわたくしの大切なお友達ですから。仲よくしてくださるのであればわたくしも嬉しく思いますもの」
「そうだね。あの2人とは今後とも仲よくしたい、と思ったよ。……そんな意外そうな顔をされるとは思わなかったな」
「わたくし、そのような顔をしておりますか?」
隣に座るフォルテ様は笑いながら私の頬に口付けた。対面に座るアルトの表情が一瞬歪むがすぐ元通りになる。優秀な弟ではあるのだけれど、まだまだですわね、本当に。
「心配してくださってありがとうございます」
「ハハ。なんだか嬉しそうじゃないかい、君」
「嬉しい……ええ、そうですわね。殿下がわたくしの心配をしてくださったんですもの。嬉しくない筈がありませんわ」
原作ゲームじゃ悪役令嬢、完全に嫌われ役だったからなあ。音楽至上主義の国で、音痴の癖に周囲から気を遣ってチヤホヤされ続けたせいでありとあらゆる全てのお世辞を鵜呑みにして自分を天才だと思い込んで天狗になっているような性格の悪い女、誰だって好きになり辛いだろう。境遇を考えればマンダリンも可哀想な娘ではあるのだが。誰かが彼女に真実を指摘してあげれば、と考えるだけ無駄か。そんなことをされたら激怒するからこその悪役令嬢。
「アルトも、よろしくね。ヌエ様とクレレさんはわたくしの大切なお友達だから」
「姉さんがそう言うのなら、僕に文句はないよ」
それは不満だ、と文句を言っているに等しい行為であることに気付いているのかしら。気付いているのでしょうね。その上であえて拗ねたフリをする辺り、この子は本当に義姉のことが好きなのだろう。そこまで好かれるようなことをした覚えもないのだが、それを言っちゃおしまいなのが転生悪役令嬢というものか。なんにせよ、藪蛇をつつく必要もない。
「……優れた才能というものは」
「うん?」
「正当に評価されなければおかしい、と。そう教えてくださった方がおりました」
「それは、その通りだ。だが、難しくもある」
「ええ。人は嘘を吐けますから」
素晴らしいから評価されるもの。素晴らしくないから評価されないもの。素晴らしいのに評価されないもの。素晴らしくないのに評価されるもの。人が人である以上、どうしてもしがらみは生じてしまう。自分を貫く、正直である、というのは素晴らしいことだが、同時に空気を読まないということでもある。どうしたって角が立てばぶつかり合ってしまうのが人間だ。
「……フォルテ様」
「なんだい?」
「本当に、ただきっかけの問題でした。近すぎれば見えないものもある。耳元に近すぎれば、どんな素晴らしい演奏でも届かない」
申し訳ありませんでした、と私は頭を下げる。
「皆様やお父様の言葉を、蔑ろにしていたつもりはないのです。ただ、初めてできた平民の、気兼ねしなくていいお友達を相手に少々浮かれてしまって。皆さまには本当に感謝しておりますわ。こんな愚かなわたくしを気遣い、好意的に接してくださっていたのですから」
冷静に考えてみれば。ヌエ様に一喝されて目が覚めた後で、私はみんなにきちんと謝罪をしていなかった。変わったね、とか、何かいいことあった? とか。そういった遠回しな尋ね方をされて、それに頷き肯定しただけで、これでは蔑ろにされたと感じるのも無理はないかもしれない。なんせ自分たちが今まで幾ら言葉を尽くしたところで無駄だったのに、いきなりポっと出の平民の言葉で変わられたら彼らの立つ瀬がないだろうということに、今の今まで思い至らなかったのだから。決してそんなことはないのだけれど、状況的に『俺らをバカにしてんのか?』と言われてしまえばぐうの音も出ない。
「僕の方こそごめん。なんだかリンを取られたような気がして。女の子の友達相手に、幼稚な嫉妬心であることは解っているのだけれど。それぐらい、君のことが好きなんだ」
「まあ……」
真正面から真剣に言われ、私の頬が熱くなる。前世、私は別にフォルテ王子推しではなかった。どちらかというと別のキャラの方が……いや、それも過去の話だ。顔も声も一級品の乙女ゲーのメインキャラに、真っ向から口説かれるというのは前世非モテだった私には過酷すぎる。
「愛してるよ、僕のリン」
「わたくしも、その……ありがとう、ございます」
真っ赤になってしまった私の頬に、フォルテ様が口付ける。更にボっと発火するかの如く赤く熱くなってしまった私たちを、義弟のアルトが絶望したような眼差しで見つめていることには気付いていたが、悪いけど今それどころじゃないのでちょっと勘弁してほしい。
「アルトも、ありがとう」
「……いいんだ。姉さんが幸せなら、俺はそれで」
幸せ。幸せ、か。私は今、たぶん幸せなのだと思う。ヌエ様、クレレさん、お父様にフォルテ様たち。この幸せに胡坐を掻いて何かを蔑ろにすれば、いつかはしっぺ返しを食らうかもしれない。そうならないように、気を付けないと。




