第28話 反論、開始。
シスコン弟と平民少女の間でバチバチと火花が散る。
「マンダリン様がお嬢様なのも、貴族のお嬢様とは思えないぐらい平民に親切にしてくれるすっごくいい人なのも知ってます。その上でお友達に、と望まれたのだから、私たちはその信頼に応えるだけです。あなたに言われるまでもないわ」
「お前! 平民の分際でよくも!」
「まあまあ。彼女の言う通りだ」
王子様が弟くんを窘める。おいどうしたクレレ。貴族王族に噛み付いたところでいい事なんか何もないぞ?
「女の子同士のお付き合いに、男が口を挟むもんじゃない。それはその通りなんだけど、如何せん彼女は僕の婚約者、未来の王妃だ。どうしても過保護になってしまう。その気持ちは解ってくれるよね?」
「勿論です。むしろ、平民と遊び歩いているのにきちんと苦言を呈する方がいて俺は安心したぐらいですよ」
皆の視線が俺に集まる。
「貴族のお嬢様ですから、たまには貴族社会のしがらみから解放されたい時もあるでしょう。そういった遊び相手に俺たちが選ばれたのであれば、当然身辺調査だって徹底的にされて然るべきだし釘を刺されて当然だ」
「知った風な口をきくな! そもそもお前たちは既に姉様に多大な迷惑をかけた後だろうが!」
お前たち、ね。俺の誘拐事件に関してはぐうの音も出ない程の正論だが、クレレのイジメ事件に関しても言及してくる辺り、やはり学内でのマンダリンお嬢さんの立場は複雑なのだろう。そりゃそっか。貴族が平民をいじめるなんてこの世界じゃ至極当たり前のことなのに、貴族側を裁き平民側を擁護するような真似をしたのだ。公爵令嬢でなければ、そして王子様の婚約者でなければ、孤立して爪弾きにされても仕方がないぐらいの浮いた行動を取ったのは紛れもない事実。だからこそ、クレレも俺もマンダリンお嬢さんには感謝しているし、そんな彼女に誠意を尽くしている。
「君はイカルガ殿の養女であるそうだね?」
「そこまで大袈裟なもんじゃありません。ただの上司と部下ですよ。たまたま下宿させて頂いているだけの」
「たかが部下のためだけにあそこまでするだろうか?」
「しますよ。親方はそういう男ですから」
柔和な笑みを貼り付けた王子の視線が俺を貫く。
「君も知っての通り、彼には何度目かも分からないお見合いの話が持ち上がっている。どれだけの好条件を提示し続けても、これまで頑なに辞退されてきたけれどね」
「親方に結婚する気がないのなら、続けるだけ時間の無駄じゃないですかね」
「だが、君が説得すれば或いは」
「あり得ません。それでどうこうなる程度の人なら最初っからどこかで妥協点を見付けて折れていたでしょう」
「そうであるならばなおのこと、君の存在が彼の婚期を遠ざけるかもしれない」
「優秀な種馬には後継者を残してもらわねば困る、と?」
実際、親方の後継者というだけなら楽器工房の職人たちが何人もいる。彼らには親方の技術がしっかりと継承されているため、あの素晴らしい楽器作りの技術が当代限りで絶えてしまう、ということはないだろう。だが、欲深いのは人間の常だ。あれだけの素晴らしい職人の子供ならば、さぞ素晴らしい職人になるのではないかと。そんな期待が寄せられるのも、まあ解らないではない。解らないではないが、気持ちのいいものかと言われるとそれはそれで違う気がする。期待されて嬉しい奴も、世の中にはいるのかもしれないが。
「お前! さっきから黙ってやってれば調子に乗って! 不敬にも程があるだろう! いい加減口を慎め、この痴れ者が!」
「いい加減にするのはあなたたちよ! 幾ら王子様だからって、国民の人生を勝手な都合で思いのままに弄繰り回す権利はないわ!」
バン! とテーブルに両手を突いて立ち上がった弟くんに対し、遂に堪忍袋の緒が切れたのか爆発して立ち上がるクレレ。一歩も引くつもりはないようで、本気の怒りと睨みに弟くんの怒りのボルテージも上がっていく。クレレの怒りは天然だが、弟くんの方は計算してやっているのだとしたらこの歳で大したものだ。買い被りかもしれないが、いずれにせよ王族相手に啖呵を切れるクレレの度胸は驚嘆に値する。公爵家のお嬢様にキレるのはわけが違うからな。
「やめません? この話。この状況でマンダリンお嬢さんが戻ってきたら、一番心を痛めるのは彼女だ」
「それを承知の上で席を外したのだろう、と言ってしまっては身も蓋もないがね。ああ、君の言う通りだ。やめようか、この話。折角の美味しいケーキが目の前にあるのだから」
双方から梯子を外された2人が、鼻息荒く着席する。
「僕の連れが失礼したね。今日は君の……いや、君たちの人となりを直接知れるいい機会になったよ。実に有意義なティータイムだった」
「いえ。同じ学校に通っていらっしゃる御学友同士、時には意見交換に熱が入りすぎてしまうこともよくあるでしょう。部外者に過ぎない私も御相伴に与らせて頂き、大変光栄でした」
カツン、と俺と王子はどちらからともなくカップで乾杯する。その後マンダリンお嬢さんが戻ってくる頃には、何事もなかったような空気を取り戻すことに成功していた。




