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第25話 見合、準備

「え? 親方がお見合い?」


「ああ。と言っても断る前提だがな」


 朝食の席で投下された爆弾に、俺は一瞬スプーンを口に運びかけたままの状態でフリーズしてしまった。


「たまに来るんだよ。大抵は断ってるんだが、たまに断りきれんもんが混じってるから厄介だ」


 貴族相手だろうが王族相手だろうが全く臆さないタチの親方がそこまで言うってことは、よっぽど面倒な案件なんだろうな。お気の毒に。また事件にならなきゃいいけど。


「いいんすか? お相手、美人さんかもしれませんよ?」


「露骨にハニートラップ丸出しの美女とか、食い付きたいとも思わん。こんなジジイに若い娘をあてがおうとするような胡散臭い連中の魂胆なんぞ、見え見えすぎてどうにもな」


「なるほど。それは確かに嫌になりそうかも」


 親方だって男だ。溜まるもんは溜まるし発散したい時だってあるだろう。(ヌエ)が来てからその手のことがし辛くなったのはTS転生者(おなじおとこ)として本当に申し訳ないと思う。かといって俺の方から『別に遠慮しなくていいんすよ?』なんて切り出せる筈もなく。俺の知らんとこで楽器工房の職人たちと娼館にでも行ってるのなら話は早いが。


「お前の方こそ構わんのか? 俺が結婚したら、かみさん相手に肩身の狭い思いをするかもしれんぞ」


「それはそうですけど、さすがに新婚家庭に下宿するわけにもいきませんし。親方が結婚するなら俺は普通にどっか安いアパート見付けてそっちに引っ越しますよ」


「!」


「ワフ!?」


 俺がそう言うと、親方はショックを受けたようだった。いや、さすがに上司の奥さん子供と同居は嫌だよ俺。冗談じゃないもん。男同士の気楽な同居生活(シェアハウス)ならまだしも、そこに奥さん子供が加わるとなると話は別だ。テーブルの下で急に声を上げたディアン爺が俺のスネをタシタシと尻尾ではたいてくるが、なんじゃい遊んでほしいんか。


「で? いつなんですかそのお見合いは」


「あ、ああ。来週の土曜だ」


「んじゃお見合い用のスーツ、クリーニングに出しときますから後でタンスから出してきてくださいね。それと、散髪行った方がいいと思いますよ。髭も綺麗に整えてもらった方が」


 急にスプーンをくわえたまま黙り込んでしまった親方を急かしながら、俺ははよ食えと促す。朝飯食ってて遅刻しました、じゃ工房のみんなに示しがつきませんよ?


――


「そりゃあヌエちゃん、親方ショックだったと思うぜ?」


「何がです?」


 午前中。大鍋で昼飯用のトマトシチューを煮込んでいた俺は、手伝ってくれている職人のおっさんに『そりゃないよ』と言いたげな視線を向けられ首を傾げた。


「親方はほら、ヌエちゃんのこと娘みたいに思ってるから。今回はしないけど、もし結婚するにしたって嫁さんと3人で暮らす前提で考えてたんじゃねえかな」


「ああ、面倒見よくて義理堅い人ですもんね。そんなに気を遣ってもらわなくてもいいのに。確かに誘拐事件のことを思えば独り暮らしはちょっと、いやかなり怖いですけど、いつまでも親方に迷惑かけてばかりでも申し訳ないですし」


「迷惑とか、そういうんじゃないと思うけど」


 楽器工房の職人はそれほど多いわけじゃないがかといって少なくもない。少数精鋭ながら無駄に柄の悪そうないかつい、とても楽器職人には思えないようなおっさんから若造までゴロゴロいるため賄い飯の量もかなりのものになる。俺は2つの大鍋を焦がさないよう交互に混ぜたりしながら、買ってきた大量のパンと付け合わせの茹でた野菜を小皿に並べていく。野菜は大事だからね、きちんと食べてもらわないと。


「親方が嫁さんもらったら俺の仕事も半分手伝ってもらえるといいんですけど、でも人間国宝相手にわざわざ用立てするような女ですからねえ。家事とか一切できないかも」


「ああ、それはあるかもな。親方を取り込みたい貴族は多いからさ。たぶん、いや絶対に間違いなく、かなり高貴な血筋とかあてがってくると思うぜ」


「なるほど。それは確かに親方もやんなっちゃいそうですね」


「ああ。親方は手先は器用だけど性格は不器用な人だからな」


 人間はモノじゃない。が、それはあくまで俺が前世日本人だからであって、王族がいて貴族社会が成り立っている異世界の別の国の価値観ではそうも言ってられないのだろう。郷に入れば郷に従えとも言うし、俺がとやかく言えることじゃないよな。


「それにしても、親方がお見合いかあ」


 普段はいかにもって感じの典型的なドワーフだけど、あれできちんと着飾ればそれなりに男前なんだよな。顔も色男ではないが別段ブサイクってわけでもないし。工房の職人たちから父親のように慕われている現状、頼り甲斐のあるいいお父さんになりそうな気はする。


「ヌエちゃん?」


「おっと、危ない危ない!」


 ボーっとして危くシチューを焦がすところだった。

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