第24話 乙女、集結。
「恋の香りがするわ!」
「どうした急に」
「ううん。自分でもよく分からないんだけど、なんだか急にどこからともなくほのかな恋の香りがしてきたの」
「それはなんと仰いますか……凄い嗅覚ですのね。(何かを嗅ぎ付けた、いや受信した? さすがは親友キャラ、といったところなのかしら?)」
クレレがいきなりわけの分からないことを言い出したので、とりあえずマンダリンお嬢さんと一緒にスルーしておく。ここはヤリモ区……ではなく貴族の屋敷が建ち並ぶ閑静な高級住宅街にある、セレブな感じのカフェ。たまの休日に遊びに来た2人に連れ出された俺は、3人で女子会を楽しんでいた。楽しんでる……筈。
「わあ! このケーキすっごく美味しいよ! 食べてみて!」
「いや、俺はいいよ」
「そんなこと言わずに一口だけ、ね?」
「分かった。分かったからあーんはやめろ」
いやはや凄いね。カレーライスが1杯2500円以上しそうな高級ホテルのラウンジっぽい感じの豪華な内装に、ラブホテルじゃない方のお城的な印象を抱かせるお上品すぎるテーブル席。アフタヌーンティーって言うのかな。5段重ねの銀食器の塔にずらりと並べられた大量のケーキやスコーンやサンドイッチなどの軽食類。お口直しにポテトクリスプの小皿も添えられている。紅茶とコーヒーは種類が豊富で、どれもポットで飲み放題。深皿に盛られたクロテッドクリームもコッテリ塗り放題。マンダリンお嬢さんの奢りじゃなければまず行こうとは思わない場違いな高級店である。勿論ドレスコードは必須であり、公共の場で通じる国立音楽学院の制服姿で来た2人と違って俺は制服を持っていないためドレス……ではなく自前のパンツスーツだ。ズボン最高。なお髪型はクレレの強い要望でサイドテールにしてある。何故に。
「まあ! クレレさんだけずるいですわ! ねえヌエ様、わたくしにもあーんをしてくださいまし!」
「はあ。お嬢さんがやれと仰るならやりますけど」
「ウフフ! 美味しいですわ!」
「でしょうね」
「もう、そういう意味じゃありませんのよ?」
マンダリンお嬢さんの奢りなので、彼女の提案は無下にはできない。ほんとは別に奢られてまで来たくもなかったのだが、『ヌエさんの快気祝いも兼ねて』と言われてしまうと断れないのが人情というものだ。それに、お嬢さんやクレレと他愛もなく駄弁るのはわりと嫌いではなかった。とはいえ大半は2人が喋り続けるので、俺は相槌を打つかたまに話題を振る程度だが。
「ね、ね! 私にもやって!」
「はいはい。そんじゃ、あーん」
「あーん!」
一見するとロン毛のイケメンが美女2人を侍らせてるという舌打ちしたくなるようなような光景だが、その実態は男装の麗人なので非常に微笑ましい。自分が参加者でさえなければ、俺も温かい目で眺められただろうに。
「ウフフ、なんだか夢みたいですわ。わたくし、こうやってお友達と楽しくお茶をするのが学院に入る前からの密かな夢でしたのよ」
「あれ? でもリンちゃんさん、学食でよくサロン開いてるよね? 招待状を送られすぎて、あっちこっちのサロンから引っ張りだこだってみんな噂してるけど」
「アレは社交、貴族の責務の一環ですから。こうして政治色のない、純粋な談笑の場ではないのです」
「そっかあ。なんかいけ好かない貴族の子たちが学食の一部を我が物顔で占拠して偉そうにやってるなあと思ってたけど、そんなに楽しいもんじゃないんだ。あ、別にリンちゃんさんたちのことじゃないからね?」
「フフ、存じておりますとも。だからこそ、こうして屈託なく本音で笑い合える場が、私には嬉しくて堪らないのです。きっかけこそアレでしたが、皆様に出会えたこと、わたくし心から嬉しく思いますわ」
花が綻ぶようにニッコリ笑う極上の美少女。なんとも絵になる光景だ。そんな真っ向から好意を向けられてしまうと、どうにも照れ臭くなってしまう。平民には平民の、貴族には貴族の苦労があるらしい。職人には職人の苦労があるもんな。みんな大変だ、と誤魔化してみても、頬が赤くなっている自覚があった。
「わー! ヌエちゃん可愛い!」
「ええ、本当に可愛らしいですわ」
「お2人とも、冗談はよしてください」
おっさんをからかうもんじゃないですよ、なんて頓珍漢なことは言えないため、俺は愛想笑いを浮かべて誤魔化すよりなく。だがそんな反応は、2人の思春期女子を喜ばせるだけだった。




