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第19話 親方の激怒。

 誰かを殺してやりたい、と本気で憎むほど怒り狂ったのは生まれて初めてだった。


「ヌエ! どこ行った!? ヌエ!」


 油断していたのだと思う。工房から家まで歩いて5分もかからんから、まさかと思った。だが、灯りのついていない自宅を見た時。そして、ヌエの伊達眼鏡が道路に落ちていた時。俺は半狂乱になってあいつを探し回った。だが、どこにもいない。工房の職人たちに連絡を取ったが、誰のところにも顔を出していないという。たちまち俺たちは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。ヌエが誘拐された、と。一旦は帰宅した職人たちが、再び工房に集まってくる。


「俺、警察に通報してきます!」


「俺、近所に聴き込みしてきます!」


「チクショウ! 俺たちのヌエちゃんに手出しやがって! 絶対赦さねえぞ!」


「ああ! なんとしてでも犯人を見付け出して、八つ裂きにしてやる!」


 イカルガ楽器工房はここら一帯じゃ名の知れた工房だ。地域住民との交流もあるし、警察もすぐに駆け付けてくれた。だが、あまりにも手掛かりが少なすぎる。時刻は夜。証拠は落ちていた伊達眼鏡だけ。目撃証言もなく、ヌエの行方はようとして知れない。俺は自分を責めた。


「この大バカヤローが!」


 なんであん時独りで先に行かせた! 一緒に行くからちょっと待ってろと言えばよかっただけの話なのに! 縋るような気持ちで公爵に助けを求めた。だが、公爵家の力をもってしても、ヌエの行方を突き止められるかは分からない。仮に突き止められたとして、その時まで無事でいてくれるかも。殺すつもりならそのまま路上で殺してしまえばよかっただけの話だ。わざわざ血痕の一つもなく連れ去ったということは、ヌエを人質になんらかの要求を連絡してくる筈。希望的観測だが、公爵や警察の言うように、その可能性を信じて待つしかないというのは、身を引き裂かれる思いだった。どれだけ悔やんでも悔やみきれない。もしこれでヌエが二度と帰らぬとになった時、果たして俺はどうなっちまうのか想像もつかん。


「ワン! ワンワン!」


「お前は……」


「あ! ヌエちゃんによく懐いてた犬コロじゃないですか!」


 風向きが変わったのは一夜明けて早朝のことだ。ディアンだかディランだか。ヌエの奴が可愛がってた老いぼれの野良犬が、仕事どころじゃなくなった工房の扉の前でしきりに吠えていたのだ。奴はしきりに俺に何かを訴えかけているようだった。


「親方、ひょっとして!」


「ああ! ヌエの匂いを辿れるかもしれん!」


 もしやと思い、ヌエの伊達眼鏡を嗅がせてやると、どこかに行こうとする。犬は臭いに敏感で、警察犬や猟犬として調教されることもあるらしいが、まさかこんな雑種の野良犬が、という気持ちと、このまま座して待つよりは、と藁にも縋るような思いで、俺たちは武器を手に、総出で駆け出した老犬の後を追いかけた。夜明け前の道を血気盛んな職人たちが、武器を片手に駆け抜ける様はさながら戦のようだが確かにこれは戦争だ。よそ様の愛娘に手を出したら戦争だろうが!


「ワンワン! ワン!」


「ここにいるのか!?」


「ウー! ワン!」


「ここにいるんだな! 待ってろよ、ヌエ!」


 そうして辿り着いた倉庫街の一角で、俺たちは暴漢どもに襲われかけていたヌエを間一髪のところで発見することができたのだった。


――


「ディアン爺!」


「ああ、そいつに感謝しないとな。なんの手がかりもなく途方に暮れてた俺たちを、こいつがここまで導いてくれたんだ」


「ありがとう! ディアン爺! 本当にありがとう!」


「ワン!」


 命の恩人……恩犬? である老犬を抱き締めるヌエ。通報を受けて駆け付けた警官隊により、半殺しというかほとんど死に体の誘拐犯3人は連行されて、というか運ばれていった。何とは言わんが6つ、キッチリ潰されて泡を吹いて気絶した奴らに同情の余地はない。警察が来るのがもっと遅けりゃ更に3つ引きちぎってやったところだ。うちの可愛い看板娘を穢そうとした罰だと、誰もが怒り心頭だった。俺だってそうだ。娘が、娘同然の子供が強姦されそうになって、赦せる父親なんているものか。この倉庫の持ち主は誰なのか。あいつらの正体はなんだったのか。これから捜査と取り調べが始まるだろう。ヌエも任意同行で事情聴取を求められる筈だ。今はゆっくり休ませてやりたいが。


「俺らからも礼を言わせてくれ。本当にありがとな、ワン公。お前さんがいなけりゃヌエを見付けるのにもっと時間がかかってただろうよ。手遅れになっちまうとこだった。そうならずに済んだのは、お前さんのお手柄だ」


「ワン!」


「グス! よかった! ヌエちゃんが無事で本当によかった!」


「お前はうちの大恩人だ!」


「これからはいつでもとびきりの餌を奮発してやるからな!」


 朝焼けが俺たちを照らしていく。ヌエが無事で本当によかった。不安と心配が消え、大きな安堵がやってきた次は、沸々と怒りが込み上げてくる。うちの可愛い看板娘をこんな目に遭わせやがった黒幕をなんとしてでもぶちのめしてやりてえ。たとえ相手が誰だろうと、イカルガ楽器工房に喧嘩を売ったことを後悔させてやると、俺たちは心に誓った。

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