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第16話 事件、勃発。

 クレレのヴァイオリンの弦に細工をした犯人捜しは結局迷宮入りになったらしい。俺が渡した名刺のお陰でそれなりに真剣に調査はしてもらえたようだが、如何せん過ぎたことを振り返るにも当日は来客と生徒でごった返していたし、大事にしたくないという教職員側の判断もあるだろう。嫌な言い方になるが、平民の生徒が1人いじめられたぐらいで伝統と歴史ある名門校の評判に瑕を付けたくはないに違いない。


「でもいいの。お陰でリン様ともお友達になれたし!」


「逆に公爵家の令嬢と親しくなったことで、今度はそれが原因でいじめが激しくなりそうな気もしますが」


「それはそう。でも、誰も友達がいない状態でいじめられるのと、貴族のお友達がいる状態でいじめられるのだったら、後者の方がずっといいと思わない?」


「確かに」


 クレレは強かだ。田舎娘には田舎娘なりの強さというものがあるようで、田舎の御両親とも楽しそうに手紙のやり取りをしているらしい。村を襲った暴れ牛で作ったビーフジャーキーが田舎から送られてきたので俺にもお裾分け、と持ってきてくれるのは嬉しいが、たぶんわざわざ頼んで送ってもらったんじゃないかと思う。短い付き合いながらも、彼女はそういう子だと判る程度には態度があけすけだった。


「マンダリンお嬢様とはうまくやれてる?」


「うん! リンちゃんさんっていい人だよね! 貴族なのにちっとも偉ぶらないし、優しいし! そういやヌエちゃんは、なんでリンちゃんさんのことリンって呼んであげないの? 本人、ちょっと気にしてたよ?」


「簡単な話だ。ついうっかり公的な場でそういう呼び方をしちゃうと不味いから、最初から呼ばないようにしてるだけだよ。最初から呼び分けずにいついかなる時でもマンダリンお嬢様、と呼びかけるようにしていれば、間違えようがないだろ?」


「そっか。色々大変なんだね!」


 犯人は見付からなかったがマンダリンお嬢さんの根回しもあって、彼女は普通の学校生活を取り戻しつつあるようだった。そのマンダリンお嬢さんも最近は夏の臨海合宿に向けて気合いを入れて勉学に励んでいるらしい。海かあ。最後に海水浴に行ったのは前世の小学校の夏休みだったかなあ。中学になってからは家族で海水浴に行くような機会も減ったし、友達と海に行く、なんて煌びやかな青春とも無縁だった俺からすれば、海にはなんとなく憧れがある。


「海かあ。海だと水着になんなきゃいけないよなあ」


「ワン!」


 季節は初夏。たまの休日を利用して、俺は工房の裏手にある水道で野良犬のディアン爺を洗ってやっていた。老犬であるのと野良犬であるのとで、ゴワゴワの毛並みはすぐに汚れてしまうのだ。おまけに犬種はなんといったか思い出せなくてモヤモヤするのだが、子供を背中に乗せて走り回れそうな大型犬であるため洗うのが大変である。


「気持ちいいかー?」


「ワン!」


いっそうちで飼ってもいいのでは、と思わなくもないが、家主である親方の許可なく勝手な真似はできないし、何より彼は野良犬らしい何者にも縛られない自由気ままな生活の方が性に合っているようで、ふらっと現れてはまた立ち去るといったつかず離れずの距離感で過ごしていた。まあ、首輪をつけられて鎖に繋がれるのも窮屈だろう。暴れも嫌がりもせずおとなしく洗われている辺り、ひょっとして野良犬になる前はどこかの家で飼われていたんじゃなかろうか。


「さすがに水着ばっかりは男物を着るわけにもいかないもんな」


「クーン?」


 女性用の水着と言われてもマイクロビキニ部ぐらいしか思い浮かばない俺は、試しに自分がマイクロビキニ姿で浜辺を歩く姿を想像してみる。自画自賛になるがヌエは美人だ。出るとこ出てるしどんだけ食生活が荒れていても謎に抜群のスタイルを維持している。肌だって綺麗だし、腰もくびれている。脚の長さこそそこそこではあるものの、欠点らしい欠点はない。


「ないない。どんだけ美人だろうとただの変態じゃねえか。露出狂以外の何者でもないわ」


 学生ならばスクール水着があるだろうが、学生でない俺は似たような地味な水着を服屋で探した方が無難だろう。或いはヘソ出しビキニか。パレオだっけ? ヒラヒラした水着もアリかも知らんが、どの道海に行く予定なんかないから要らないけどね。


――


 それはなんてことのない、いつもと変わらない夕方の出来事だった。


「ん?」


「お前がメヌエットだな」


「な!?」


 今日の仕事を終え、皆が帰宅し、こまごまとした後片付けを終えた俺は、一足先に工房の目と鼻の先にある親方の家へ。親方は工房内の戸締まり確認や施錠をしてからすぐ行くとのことだったので、その時俺は独りだった。太陽が沈んで夜空にうっすらとオレンジ色の光の線が滲んで、周囲にひと気はなかった。


「親か!?」


「騒ぐな。騒げばこの場で殺す」


 夕闇に逆光。大きな人影がいきなり襲いかかってくる。悲鳴を上げようとして、変な臭いのする布で口を塞がれた。争っているうちに伊達眼鏡が外れて落ちる。いや、争いにもならない一方的な蹂躙だ。どれだけ抗っても、今の俺は非力な13歳の小娘に過ぎない。成人男性の腕力で抑え込まれてしまえば抵抗は難しい。薬でも嗅がされたのか、急速に遠退いていく意識の中で、俺を襲ってきた犯人の顔は見えなかった。

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