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第1話 転生、開始。

 体を壊して精神を病んで、会社を辞め貯金が尽きて人生に絶望し自殺した。よくある話だが、気付いた時には異世界にTS転生していた。TS、そう、性転換だ。三十路の底辺社畜のおっさんがピンクブロンドだかストロベリーブロンドだかの美少女に大変身。染めてるわけでもないのに髪の毛がピンクとか悪い夢か何かかと思ったが、ここ数年目が覚める気配は一向にない。どうやら悪い夢ではなく現実らしい。


「メヌエット姉ちゃん! キノとケノがまた喧嘩してるよお!」


「放っておけば?」


 赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていた俺はそのまま孤児院で育てられた。唯一の所持品は捨てられた時に持っていたというピンク色の音符型の宝石が付いた首飾りだけ。まるで少女漫画だ。貧しい暮らし。周囲には無邪気とは縁遠い子供ばかり。まあ、俺よりはずっとマシな人種揃いだろうが。


「悪いけど俺仕事があるからもう行くわ」


「待ってよお! メヌエット姉ちゃあん!」


 孤児院は貧しい。そのため10歳児である俺も働かねばならない。13歳になったら出ていくのが決まりだから、それまでに働き口を確保しなければ孤児から浮浪児へと格下げになる。異世界も世知辛いものだ。平民の子供であれば10歳で働いている子供も当たり前にいるらしい。少女漫画の主人公であれば孤児院の子供たちに優しくもできるのだろうが、あいにく他人に構ってる余裕はない。俺は俺のことで精一杯。前世も今も。


「お、おはようさんディアン爺。今日も元気だな?」


「ワン!」


 出勤途中、顔馴染みの野良犬に声をかける。貧民街を根城にうろつく爺さん犬のディアンはなんとかかんとかって犬種に似た野良犬だが温厚で賢い犬だ。俺は犬も猫も好きなので気が向いた時に餌をやることもある。みんながディアンと呼ぶので俺もディアン爺と呼んでいるが、誰が名付けたのかは誰も知らない。


「おはようございまーす!」


「おお! 来たかヌエ!」


「親方! おはようございます!」


 仕事先は楽器職人の工房だ。ドワーフのイカルガ親方が腕を振るう小さな工房だが彼は名の知れた楽器職人であるらしく、仕事は多く報酬も多いため俺のような手伝いであってもかなりの額の給金を弾んでくれる。ただし女であることがばれると色々うるさいため、俺は長髪を結ってズボンをはき、ヌエという名の少年として働かせてもらっていた。


「相変わらずお前さんの作る飯は美味いな!」


「うちは男所帯だからなあ。飯は買い食いばっかでよお!」


「パセリとポテト以外の野菜なんか食ったのいつ以来だろうな!」


「ありがとうございます! 沢山ありますからおかわりしてくださいね!」


 愛想笑いを振り撒くのは前世からの得意技だ。ブラック企業で引き攣った笑いを浮かべていた頃に比べれば、9時5時で残業なしの今の生活の方がはるかに恵まれているかもしれない。


「はあ、嫁さん欲しいなあ」


「ヌエが女の子だったらよかったのによお」


 ヌエが本当に女の子であることを知っているのはイカルガ親方だけだ。工房の職人たちは所帯持ちもいるが大半が独身である。女にうつつを抜かしてる暇があるなら腕をみがけ、というのがその理由だった。鼻歌を歌いながら昼食の後片付けをしていると、職人たちが俺の歌を聴くためにドアのない簡易給湯室前の廊下にたむろし始める。どうやら俺はかなりの美声らしく、子守歌のようで昼寝をするのにちょうどいいらしい。


「はあ、相変わらずいい声だよなあ。男だけど」


「まだ声変わり前だもんな。声変わりしたらこの歌声が聴けなくなると思うと寂しい限りだぜ」


「死んじまった母ちゃんを思い出すなあ。グスン、母ちゃん!」


 親方の工房が武具ではなく楽器を作っていることからも分かるように、ここハルモニア王国は音楽の国として有名らしい。陽気な国民たちは何かあると歌って踊って楽しそうに過ごしているし、王都が誇る劇場街では日々コンサートやオペラが華々しく開催され、それ目当てに大勢の外国人が観光に来るぐらいには音楽の国なのだそうだ。俺らみたいな貧民街の貧乏人には関係ない話だ、と言いたいところだが、貧民街出身の孤児がギター片手にその歌声一つでスターダムにのし上がったというリアル伝説もあるため持たざる者ほど野心を煮え滾らせていることが多かった。


「なあヌエ。お前さん今幾つだ?」


「来月で11歳ですけど」


「そうか。実はよ、こんなチラシが配られてたんだが」


 職人たちは昼休みにグッスリお昼寝中。昼飯の後片付けを終えた俺が一息ついていると、親方に呼び止められた。渡されたのは国立音楽学院への入学案内のチラシだ。特待生になれば平民でも学費免除で通えるため、毎年大勢の人間が狭き門を潜るべく熾烈な争いを繰り広げることで有名らしいが俺は全く興味がない。


「お前さんの歌声なら特待生も本気で狙えると思うんじゃが、どうじゃ? いつまでもこんなちんけな工房でコキ使われてるよりよっぽどいいんじゃないか?」


「それは、遠回しな解雇宣言ですか?」


「違う違う! そんなつもりじゃなかったんだ! 誤解せんでくれ!」


 慌てる親方。よかった、肩たたきではなかったようだ。前世、別の職場でそんな風に転職を勧められ、その後リストラされた記憶が蘇る。


「勿体ないだろ。そんなにいい声しとるのに」


「俺は地に足つけて生活したいんですよ親方。3年間も学園生活を送った挙げ句、何者にもなれずに16歳無職になったらお先真っ暗じゃないですか」


「それはそうじゃが、お前さんの顔と声があれば十分音楽の道で食っていけると思うんじゃがなあ」


 ヌエは美少女である。このまま成長すれば美女に成長するだろう。最近胸も膨らんできたから、そろそろさらしで誤魔化すにも限度があるかもしれない。別に女であることがばれても困りはしないが、独身の職人たちから言い寄られるようになったら仕事の邪魔になって迷惑だと思われたのかもしれない。

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