【SSコン:給料】 お兄ちゃんと妹のほのぼの帰り道
「にーにはいい加減、わたしに給料を支払うべきだとおもうの」
もうすぐ中学生になる妹が給料を求めてきた。
こういうとき、兄としてはどう反応するのが正しいのだろう。兄歴は長いが全くわからない。
「いきなりどうしたのさ」
「にーにはわたしの好意に甘えすぎ。可愛い妹でいてあげてるんだから、わたしにもっとメリットがないと」
「えー? なになに、そういう遊び?」
遊園地の帰り道、夕陽に照らされた道がオレンジ色になっている。
今日はたくさん遊んだけど、まだ足りないのかな? メリーゴーランドもジェットコースターも乗ったし、おやつもいっぱい食べたし、最後に観覧車にも乗ったからそろそろ疲れてると思ったんだけど。お化け屋敷では叫びまくって必死に俺にしがみついていたから、その後からぐったりしてたけど。
あの時のユウはとっても可愛かった。それはもう天使の如く。出た後もしばらくは俺に抱きついていて、道行く人達に微笑ましそうに見られたのがもはや自慢。
「遊園地に行ってあげた。わざわざおめかしして、メリーゴーランドまで乗ってあげた。アレなにが楽しいのかぜんぜんわかんないのに」
「何いってるの、ユウはメリーゴーランド好きでしょ。遊園地だって楽しんでたくせに」
「お化け屋敷もぜんぜん怖くなかったけど抱きついてあげた」
「恥ずかしがんなって」
「今日一日いい子で、可愛い妹でいてあげたでしょ。お金払ってくれないと納得できない」
うちの子は……。一体何に影響されたんだか。
はっ、もしやこれが反抗期? お父さん嫌い、ならぬお兄ちゃん嫌いか。そのうち洗濯物も別でと言われてしまうのか……。地味に嫌だな、洗濯がめんどくさい。
ウチには親がいないから兄である俺がユウの親代わりだったが、反抗期まで親の代わりに受けることになるとは。
「親孝行、いや兄孝行だと思ってさ」
「あっ、そういうの追加料金なんで」
「追加料金って。そういうの流行ってるの? 小学校で」
「わたし小学校行ってない」
「……あぁ、お友達?」
「友達もいない。あんたが外に出してくれないんだから」
ユウ、さっきから怒ってるのかな。ちょっと写真撮りすぎたかも。自重しよ。
「どうでもいいから給料」
「やだよ。ユウさっきから変だよ?」
「変じゃないでしょ」
「変だよ。さっきから給料とか、追加料金とかって……」
「どうしてそんなこというの?」
「…………」
「家族なのに、給料とか……」
たった一人の家族なのに、と続けようとしてユウの様子がおかしいことに気づく。
真顔だ。だけど目は呆れているような、嫌悪しているような目。
「……家族じゃ、ないでしょ」
「え?」
「あんた、兄じゃないじゃん」
思い切り睨みつけてくる。どうして、そんなこと……。
俺が兄じゃないって誰に吹き込まれたんだ? ユウはずっと俺の家族で、妹なのに。誰がそんな酷いこというように仕向けたんだろう。
心当たりがない。家には誰も入れてないはずなのに。誰も、ユウと会ったはずがないのに。
「わたしの家族はママとパパだけ。兄はいない」
「違う、オマエの家族は俺だけ」
「事実だよ」
「……どうして、そんなひどいこというんだよ」
「ひどい? わたしのこと誘拐しといて、なにいってんの?」
そっちこそ何をいってるんだ。
あぁ、妹がおかしくなっちゃった。また壊れた。まだ直るかな、直らなかったら取り替えないと。脳みそをいい子と取り替えたらよくなるかな。でも前はそれで動かなくなっちゃったんだよね。どうしようか。
そうだ、ひどいこというのは口があるからだ。
「……っ、触んな!」
「どうしたの、逃げないでよユウ」
「逃げるでしょ」
思い切り腕を叩かれて、距離を取られてしまった。最初の頃と似てる。野良猫が威嚇してるようにも見えるのは可愛いけど。
でも、ユウはにーにと手を繋がないとダメなのに。ずっとずっと、手を離しちゃいけないのに。一緒にいなきゃダメなのに。
やっぱもう、修復不可能なレベルで壊れちゃってるかー。
「ユウ、話をしようよ」
「話すことなんてない」
「ユウ、ユウってば、ねぇ、」
「……あのさ、ユウが誰かは知らないけど」
ユウ、とっても可愛い俺の妹。
クズでしかない両親とは似ても似つかにもない可愛い子。ご飯をくれない、殴ってくるアイツらから産まれたなんて思えない。神様が使た本物の天使さま。
笑顔がとっても可愛くて、俺のことを「にーに」って呼んでくる。まだちっちゃくて柔らかくて、でも元気に動く丸っこいの。
夕方に産まれたからユウ。単純な名前だけど、結構気に入っている。夕陽は綺麗だし、何よりも真っ暗で孤独な俺の名前よりもまし。
でもある日突然動かなくなった。
アイツらがいない間に花瓶を割ったんだ。多分誤作動を起こしちゃったんだろう。だから直してあげようと思った。
ちゃんと花瓶を運べるように、右手は父親の。
周りがよく見えるように、眼球は母親の。
「走らないで」っていう注意をちゃんと聞けるように、左耳は俺の。
どうして壊れちゃったんだろう。
「わたし、ユウじゃないよ」
夕陽は沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。