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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

20XX年。地球は未知の感染症にみまわれた。

作者: 歩芽川ゆい

 ギャグとホラーが入り交じってます。



 20XX年。地球は未曽有の感染症に見舞われた。

 各都市でロックダウンが行われ、人々は外出できずに家に引きこもる事を強要された。

 外出時にはマスク、手洗いが必須となり、外食も飲酒も、イベントも制限された。

 そうしてようやく待ち望んだワクチンが出来た時には、大勢の人が接種した。


 だがここでワクチン反対派が立ち上がった。安全性の確認できないものを接種すべきではないと。

 

 だが接種しないで感染症にウイルスにかかった場合、悪化する確率が高く、多くの接種できる人々は、政府の勧めに従って感染症が出てから2年後にはワクチンを接種を開始したした。当初高齢者が中心だったワクチンは、次第に子供たち、乳児にも接種が始まった。


 それに対して反対派はこう主張した。

「ワクチンを接種したら、2~5年後、死滅する」と。


 彼らの言い分では、コンピュータのOSであるMADOUZを開発したゲル・ビイツが人口削減を計画している。このワクチンは実はそのためのもので、こんなものを打ったらヤツらの思うつぼだ、という。


 それに対して、ゲル・ビイツが沈黙を守ったのも良くなかったのだろう。彼はいつの間にか悪の創始者として祭り上げられてしまったのだ。

 もちろん、現実に危害を加えられたわけではないが、ワクチン反対派には蛇蝎のごとく嫌われていた。それこそ暗殺計画が持ち上がるほどに。


 そうしてその2年後、地球は変革の年を迎えた。


***********


 20XX年+6年。



 はあ、はあ、はあ! まったくしつこい!!


 私は街中をAIロボから逃げ回っていた。なんとか振り切って細い路地に飛び込んで、物陰に隠れて息を殺す。

 その瞬間、私がさっきまでいた道を、AIロボが走り抜けていく。

 

  だが街中には多くのAIロボがいて、あれらを振り切るのは至難の業だ。どうしようと思いながら、少しだけ休もうと、さらに物陰に潜り込む。



**

 

 あの感染症が出てから4年後、地球はいきなりAIに支配された。

 いや、その表現は語弊がある。超AIが登場し、人々はその便利さに歓喜し、自ら超AIに支配を任せた、というべきだろう。


 ワクチンのお陰か、ウイルス騒動に慣れたのか、感染症の騒動は一段落していた。相変わらず流行の時期には学級閉鎖やら都市単位での緊急事態宣言は短期間あるのだが、当初のような大騒ぎは無くなっていた。


 ワクチンは誰でも希望すれば年に2回打てて、相変わらず反対派と賛成派はいがみ合っていたが、大きな騒ぎはなくなっていた。


 そんなある日、各国が揃って超AIコンピュータ採用を発表したのだ。これで様々な処理が迅速になると太鼓判をおしての登場だった。

 一部では人間の働き口が制限されると反対する動きもあったが、実際に役所仕事が比べ物にならないほどに迅速になった。

 人間の働き口としては、結局書類をコンピュータに入力するのは人でなければいけなかったので(確認作業はAIが行うが)、そこまで損なわれることはなかった。


 さらにAIロボが街を闊歩し始めた。上半身は人型だが、下半身は広く広がったスカートのようになっており、足ではなくタイヤでの移動で、一目でAIとわかる無機質的なデザインが採用された。


 この街中AIにはカメラ機能もあり、道案内から防犯にも役立つと、段々と生活に浸透してきた。

 

 介護の現場にも力仕事だけを引き受けるAIロボが登場したし、危険、重い物を扱う場合の補助にもAIロボが役に立った。しかもロボメインではなく、必ず人が必要というのも、受け入れられた要因かもしれない。


 もちろん政府も政治家も人で、AIは業務の補助。あくまでも人がメインであるという事実で、AIは全世界で一気に普及した。


 その次の年だ。


 世界各国で誘拐事件が勃発したのだ。しかも大人数が一気に行方不明となった。

 この国でも1日で50人ほどの行方不明者が発覚した。そんなバカな、と半笑いしていた人たちも、次々とおなじ事件の報道が出てくるのに不安を感じはじめた。

 しかもこの行方不明はその日だけにとどまらず、それから毎日続くのだ。誘拐なのかも判明しない。なぜなら監視カメラ機能もあるAIにも、行方不明となった被害者の行方が分からないからだ。

 もちろん目撃者もいなかった。そんなバカなことが、と思ってもどうやっても情報が出てこない。

 しかも身代金などの要求もない。だから誘拐ではない、行方不明であるとしか扱えないというのだ。


 報道されない案件もSNSで報告が上がり続けた。だが行方不明から5日後、初日に居なくなった人々がいきなり戻ってきたのだ。

 

 彼らはすぐに警察に保護された。報道機関は情報を得ようと警察と保護された被害者に群がった。

 

 その話が聞ける前に、しかし行方不明事件自体は止まらず、毎日ヒノモト国では50人が、他の国では100人単位で行方不明になり続けていた。

 しかもそれには老若男女、職業、居住場所、なんのつながりもないのだ。しかも誰が犯人なのかも判明しない。なにせ件数が多すぎて警察の捜査が追い付かないのだ。


 それゆえ出来るだけ早く、被害者の証言が必要なのだが、どうやら漏れ聞こえる情報では、帰還者の殆どが茫然自失としており、話を聞ける状態ではないとのこと。

 

 毎日被害者がで続け、しかし帰還者も出続けた。もうウイルスどころではなく、帰還者で病院は一杯になるほどに。


 不思議なことに皆、体には異常がないという。それどころか。



**


『ミツケタ』

「ひっっっ!!」


 目の前にAIロボが現れた。私は慌てて逃げようとするが、すでに周りをAIに囲まれており、直ぐに捕まってしまった。


「嫌だ、離して!!」

『小田真理、ホカク完了。連行シマス』

「いやああああ!!!」


 細い路地から引きずりだされた私を、周りにいる人々が気の毒そうに見ているが、誰一人助けてくれようとはしない。それでもバタバタと暴れる私に、AIが首筋に注射をした。


 ああ、意識が遠のく。いやだ、もう嫌だ、あんな思いをするのは、絶対に嫌なのに。


 だれか、たすけて



**


 全世界で展開された誘拐事件。最初の帰還者が現れてからひと月近く経った頃だ。

 相変わらず毎日大量の行方不明事件が起きており、そうしていなくなっていた人々が帰還する。


 帰還者はいったん病院に運ばれるものの、身体に以上のないものはそのまま退院となるようになってきた。だが彼らは一様に茫然自失としており、家族が身の回りの世話を焼く必要があった。


 ただ不思議なことに、例えば重大な疾患を抱えていたはずの失踪者の殆どが、その疾患が改善していたのだ。特に内臓系のガンはすべて完治した状態になっている。


 例えば腎臓病。透析を受けなければならない患者たちが、行方不明から帰還すると、腎臓が治っており、透析が必要なくなっている。


 例えば足に動脈硬化を発症していた者が、完治している。


 例えば膝関節症で歩けなかった患者が、まったく痛みが無くなっている。


 ただし脳と心臓の疾患だけは完治してはいなかった。それでも多少の改善は見られたが。


 そうして全員に見られたのが、若返りである。

 見るからに高齢者は10歳以上若返っていた。高齢でないものも、肌艶が良くなっていた。


 ただ何やら衝撃的な経験をしたらしく、ほとんどの者が呆然自失状態から戻ってこないのだ。


 一体何があったのか、しかし捜査ははかどらず、事件だけが続いて半年。


 あのウイルス騒動の比ではなく、恐慌に陥った人々は自主的に外出を自粛した。

 しかしそれでも行方不明事件は多発し続けた。酷い時には一家全員が居なくなったのだ。


 そしてその頃から、1つの噂が流れ始める。


 あの新型ウイルス騒ぎの頃から、ワクチン反対派が唱えていた話。


「あのワクチンにはマイクロチップが仕込まれていて、それで接種者がどこにいるのかすぐにわかる」

「ワクチンによってDNAが書き換えられる」

「2年~5年で死滅する」


 そのほかにも電波を体内から発生させる、とか磁石人間になる、などといったものまであったが、最後まで彼らが唱えていたのはこの3点だった。


 そして、はじめての接種から3年後に失踪者が出始めたのだ。1つ目の説のマイクロチップのせいで位置を特定されて誘拐されているのだ、という話を、反対派がまたもや唱え始めたのだ。


 確かに誘拐されたものは調べてみるとほとんどがワクチン接種者だった。

 とはいえ、例えばこのヒノモト国だけでも七割近いの人々がワクチンを接種していたから、ただの偶然とも考えられた。


 残り二つに関しては、まったくそのような事はなかったが、それでももしかしたらワクチンのせいでは、という根拠のない恐怖が人々を包み込み始めた。一度恐怖を感じてしまうと止められない。


 いくら政府がそんな事はない、ワクチンにはマイクロチップなど入っていない、証拠に政府要人もすべてワクチンを接種している、安全なものであると説明したが、恐慌をきたした人々には無意味だった。


 それまで陰謀論者とさげすまれていた反ワクチン派ががぜん勢いを取り戻し、各国で大規模デモが発生し始めた。比較的平和なヒノモト以外の国では、こぞってワクチン製造会社の焼き討ちや、保管されているワクチンをすべて燃やすなどの暴動行為が横行した。


 それでもひたすら弁明を続ける政府に人々の恐怖と怒りが頂点に達した時、各国政府から同時に重大発表がなされた。


** 


 ブクブク、という音で私は目を覚ました。


 私の体は上下にゆうるりと揺れている。頬に感じるのは、暖かさ。

 ぼう、とした意識の中、揺れた体が下を向き、私は悲鳴を上げた。


 そこに見えるはずの体がない。


 手も足もないが、胴体もない。


 まさに、体がない。


 叫んだためにまた頭が揺れて、正面が見えた。そしてそこに写った自分の姿。


 丸い円柱に入った自分の姿。


 首から上と、むき出しの背骨と肋骨の一部、そこに心臓がぶら下がって、円柱に浮かんでいるその姿。


 私はもう一度、悲鳴を上げた。


 悲鳴を上げながら、あの日、TVで見たあの会見を思い出していた。



**

 

 ある日、重大発表として各国のTOPが一堂に集まり、その中で世界の警察を自負するコメ国が代表して発表した内容はあまりにも衝撃的なものだった。



『いまからX年前、地球に宇宙生命体がやってきた。彼らは地球を植民地として支配しようとしたが、各国政府の懸命な交渉により、食料を差し出すことで一方的な植民地化を防ぐことができた。そしてその食料提供と引き換えに、我々は彼らの科学技術の供与を受けることとなった。苦しい決断ではあったが、これが地球、ひいては人類を存続させる唯一の方法であることを、理解してもらいたい』


 これだけでも狂乱物の内容であったが、その続きを聞いて、人類の多くが固まった。


『宇宙からやってきた者を便宜的に宇宙人と呼ぶ。彼らの必要とする食料。それは、我々人間である』


 この瞬間、この放送を見ていた物は皆、絶句した。


『もちろんそんな事はできない。我々人類を食料として提供すると、近い将来、人類は滅亡してしまう。それ以前に人口が激減してしまうと、経済が成り立たなくなる。医療はもちろん、農作物、酪農も立ち行かなくなり、人類が食用になって滅亡する前に、生き残っている人々が生活することすらできなくなってしまう。我らは何としてでも人類滅亡を避けたかった。そのために彼らに提供するためのクローン人間を製造することも考慮したが、成長速度を考えると、彼らの要求する提供日時にはどうやっても間に合わない。それに彼らの人権問題も生じてくる。そこで、クローンではなく、しかし提供された人々が亡くなることなく、その血肉だけを提供する方法を編み出した。それが、人類再生計画だ』



 **

 

 ゆらゆらと揺れる円柱の水の中。私の恐怖に引きつった顔が容器に写っている。

 そうして首付近に感じる軽い痺れのような感覚。

 円柱の容器に写っているのは、先ほどまで首までしかなかったのに、その首から肩と胸へとかすかに伸びる、肉と皮膚。


**


『昨今起きている行方不明事件は、宇宙人への食糧として提供された人間である。ただし、彼らの殆どは無事に帰っているはずだ』


 確かに、自失してはいるが、皆無事に帰還している。


『現在の人類の六割以上が、頭部と心臓が無事で、特別な溶液の中であれば、全身を再生することが可能となっている。行方不明から帰還したものは、一度その肉体を提供したもので、その肉体を再生された人たちである!』



**

 

 じわじわと、肉と皮膚が広がっているのがわかる。どういう仕組みかは知らないが、残されている肋骨付近から鎖骨が伸びていく状態も感じられる。

 

 容器の中では痛みなどは全く感じられない。息苦しさもない。ただ、容器に写る自分の異様な姿がひたすら恐ろしい。



**


『再生された肉体は、疾患などの多くが無くなっているはずだ。肉体を提供していただいた、せめてものお礼とお詫びである。ただし、提供するのは首から下と心臓以外の内臓なので、頭部に関する疾患と心臓に関する疾患は完治することはないが、それも改善はされているはずだ。それと再生の段階で肉体も多少だが若返っている』


 多くの行方不明者が確かに疾患が完治し、多少なりとも若返った状態で帰宅した。帰還者がいる家では、家族が驚愕の表情で帰還者を見た。


『彼らが自失しているのは、今日まで情報を漏らされたくなかったからだ。彼らに賭けた暗示は、この放送が終わる時間に合わせて切れ、元に戻る。もうしばらく待ってほしい』


 そうしてあかされたのは大量失踪の真実。

 彼らは街中にいるAIロボにより確保され、その肉を提供し、再生され、またAIロボによって失踪現場まで戻ってきていたのだ。

 国が絡んでいては、いくら警察が捜査をしようと真実が出てくるはずがない。AI自体がカメラを操作して被害者が映らないような偽装までしていたことも、発表された。


 ただし各国警察の名誉にかけて、警察にはこの事実を伝えていなかったと宣言した。


 俄然、ワクチン陰謀論派は色めき立った。やはり政府の陰謀だったのだ。行方不明事件がが陰謀だったと言うのなら、ワクチンも、いや、あのウイルスが陰謀だったのだと。


 そうでなければ、いつの間に人類が体を再生できるようになったと言うのだ。あの人工的に作られたウイルスによって人体再生機能を持ったのだ。

 

 ほらやはりワクチンなんて打たなくて正解だったではないか。自分たち反ワクチン派の完全勝利だと。彼らはSNSに高速で打ち込んで大いに気勢を上げた。



『人体再生にあたって、いかにこの薬を人体に取り込ませるかが問題となった。飲み水に入れてと言う案もあったが、水道が普及していない国ではそれも難しい。そこで一計を案じたのが、当時流行し始めた新型ウイルスの、ワクチンだった。あれに忍ばせることにより、すでにワクチンを接種した人には、人体再生機能が生じている』


『ワクチンに対する様々なデマが流れたのは、誰もが知っていると思う。だがワクチンの中にマイクロチップなどは入っていないし、ワクチンを接種したことによりアナフィラキシー以外で死亡することもない。もちろん2年から5年で死亡など、もってのほかだ。あれは人類を生き延びさせるためのものだったのだから、死なせては元も子もないのだから。それにわざわざ位置把握のためにマイクロチップなど入れなくとも、AIロボが対象者を追尾できるから、そんなものも必要ない。必要だったのは、肉体再生のための、DNAの書き換えのみだ』



**


 容器の中で浮かんでいる私は、すでに肩甲骨が出来始めていた。それに肺や食道なども。ゆっくりとだが確実に、肉体が出来上がっていく。

 それに伴い、心地よい痺れが私を襲う。


**


『この人体を提供するシステムは、AIロボにより完全ランダムに選ばれて行われる。もちろん我々政治家も論外ではない。ここにおられるエイ国の女王もすでにその肉体を提供した一人である』


 ここでTVに映し出された女王は、齢90歳を超えているはずが、どう見ても70代が良い所だ。


『体を提供するなどという事は、非常に恐怖を伴う事なのは理解している。しかし、命を取られるよりはよいと考えて欲しい。また、肉体提供時も、再生時においても痛みは一切ない。ほとんどの者は自分が何をされたのかもわからないはずだし、精神面でも支障のないように最新の配慮をしている。帰還者に確かめてもらえば、それはわかるはずだ』


『もちろん人体を提供しなくても済むように、人工肉の開発も急ピッチで進めている。しかしそれが完成するまでに人の命が失われてしまうことだけは避けなければならない。それまでの辛抱なのだ。皆、協力のほど、宜しく頼む』


 そこで各国首脳——女王や天皇、教皇までも——が揃って頭を下げる映像が映し出された。

 その中の女王をはじめ、何人かがどう見ても若返っている。

 

『人工肉が完成すれば、人類は今まで通りに暮らしていける。その時には病気になっても人体再生機能があるから、今までよりも快適に暮らしていけるはずだ。寿命も飛躍的に伸びる。人類の夢であった若返りも実現できる。宇宙人も食料さえ手に入れば、人類がそのまま地球で暮らすことには問題がないと言っている。我々はあの新型ウイルスによるロックダウンや厳しい外出禁止にも耐えた実績がある。今一度、今しばらくの間、耐えて見せようではないか!』

 

 コメ国大統領が力強くこぶしを突き出すと同時に、周りの各国首脳たちも一斉にこぶしを突き上げた。


 同時に全世界で視聴していた人々の多くも、雄たけびを上げてこぶしを突き上げたのだった。


**


 この放送は、流石にあまりにショッキングな内容だったゆえ、放送終了後に結構な大恐慌を引き起こした。

 特に反ワクチン派の人々に。


「ワクチンの中に人体再生技術が入っていた」ということは、ワクチンを接種していないものは肉体が再生しないのだ。しかもAIロボは人々をランダムに施設に運ぶが、ワクチンに関しては考慮しないという発表があったのだ。


 当然、再生技術が体内に入っていない状態で肉体を提供されたら生きていけるわけがない。


 ワクチン未接種の者たちはこぞって接種を求めたが、すでに自分たちの手で工場を焼き払い、在庫も燃やしてしまった後だったのだ。


 反対派は慌ててAIロボに捕まるまいと逃げ出した。AIロボのいない地域に逃げようと空港や港に殺到し、その多くがそこで捕獲されたと聞く。もちろんAIロボの手から逃れた人もいるらしい。


彼らの多くはAIロボどころか電気も水道もネット環境もない、無人島に逃げ込んだ。そこなら捕まらないと考えたのだろう。様々なジャンルの人々が集まれば、無人島でも確かに生活はできる。

多少不便でも死ぬよりはマシ、と共同生活を始めた彼らだが、一人が「ワクチンは毒だなんていうから」と愚痴をこぼした事で争いが起きた。


 しかも、基本的に宇宙人は自分たちの食糧を逃がす気などないのだ。


無人島には宇宙人自らが乗り込み、彼らを狩りはじめた。本来、人間は彼らにとって狩りがいのある食料なのだ。

それを各国首脳が代替え食用肉を提供するからと押さえたのであり、またAIロボが居ない場所にいる人間は好きにして良いとの条件があったのだ。


それを逃げた彼らに伝えたくても、ネット環境もテレビもない彼らには伝える手段がなく、また彼らからもSOSを発する手段がなかった。


人間の管轄外で何がおこり、どうなったかは知るよしもない。

 各国政府要人が必死に考え出した妥協案だけが、地球人の助かる道だったのだ。


 幸運にもワクチンの終わっていた人は、政府発表の通り、肉体を提供しても亡くなることもなく、若返った上に疾患も無くなった状態で戻ってこれた。


 多少の犠牲で地球は平和になった。誰もがそう思っていた。


***


 コメ国のヨーニュークのビルの最上階で、ゲル・ビイツはワインを揺らしながら眼下の街を眺めていた。

 あの政府発表からさらにX年経った。ゲルは70近い年齢のはずだが、その肉体は40代にしか見えない。

 

 眼下の街では今日もAIロボによって人々が施設に運ばれていく。それに舌打ちをする。


「もともとは宇宙人抹殺計画だったのに、ナカハナ国が余計なことをしやがったから、計画が滅茶苦茶になったじゃないか。人間の犠牲は最小限の予定だったのに」


 ゲルは嘆息しながら、思わず愚痴らずにはいられなかった。


 新型ウイルスと呼ばれたアレは、元々は宇宙人抹殺計画に使うものだった。地球人とは違う彼らにウイルス性の風邪をひかせれば全滅させることが出来る、はずだった。ゲルが計画し、コメ国が粋を上げて研究中だったのだ。


 宇宙人が対策を打つ前に動けないようにするために、下地には感染力と殺傷力の強いSARSを選んだ。それを開発中に、ナカハナ国の留学生である研究生の一人がウイルスを盗み出し、国へと持ち帰ってしまったのだ。


 ナカハナ国は何を考えたのか、それを自国民に使った。どうやら細菌兵器に流用しようとしたらしいが、改良中に何故か外部に感染させたらしい。らしいというのは当時の書類はウイルスの存在が他国に発覚した直後に、建物ごと燃やされ、かかわった研究者も早々に新型ウイルスに感染して亡くなってしまったため、詳細は闇の中なのだ。


 ゲルは流石に慌てた。あのウイルスの存在が宇宙人にバレたら、有無をも言わさずに全人間を一気に食料にしかねない。だから慌ててただの新型のウイルスであると大々的に発表し、同時にこっそりとワクチンの中に、研究中だった人体再生遺伝子を仕込むように指示したのだった。


「ワクチン反対派とやらが私が黒幕だと騒ぎ出した時にはヒヤリとしたが、計画とは反対の人類削減計画とか言い出したからな、笑いをこらえるのに苦労したものだ」


 人類を無計画に削減したら、自分が生き残っても思い通りの世の中に等なりはしないのだ。

 だいたい人がいなければ金を使っても何も出来ない。医者がいなければ金をいくら出そうとも、診てもらえないじゃないか。

 いくら金があっても人がいなかったら家も建てられないし、贅沢な食事も出来ないじゃないか。


 それに人がいるからこそ、そこに利権が生じる。


 戦争も同じだ。兵器を使わせることで金が儲かる。街を破壊することで、戦争が終わった後に建設ラッシュが起こる。どさくさに紛れて土地や会社を手に入れる事が出来る。

 人がいなければ戦争も起こせない。兵器も必要ない。宇宙人相手に戦った所で、科学力の違いで全く太刀打ちできず、結局は金を溶かすだけになる。


 新しい技術を開発して浸透させることで、人はどんどんと金を使うのだ。


 人間には居てもらわなければならないというのに、削減してどうするのだ。


 本来、ある程度ワクチンが行き届くまで、人口が無駄に多いナカハナ国とガンダラ国の人々には犠牲になってもらう予定だった。もちろんある程度だ。減らし過ぎてもいけないのだから。


 その点では確かに人類削減計画があった、といっても過言ではないかもしれない。実に不本意だが。


 ところがナカハナ国は自作のワクチンを作り上げてしまった。しかしそこには当然ながら人体再生技術は使われていない。さすがにこの研究にはナカハナ国とシロア国など、スパイを送り込みそうな国民は入れなかった。他国民で入れていたのはまじめなヒノモト国の研究者くらいだ。研究者は素行調査を徹底し、本人は建物に監禁状態、さらに家族ごと監視してと厳重な体制で研究していたため、外に漏れなかったのだ。

ウイルスを持ち出したナカハナ国の学生は、ある研究者の助手の恋人──それもハニートラップだが──だったので持ち出せたのだ。


 そんなナカハナ国は産業スパイだから、見捨てても良い、ゲルはそう判断し、コメ国大統領も同意した。もちろんその国の民が望めば、コメ国のワクチンを打たせたし、個人的な協力は惜しまなかったが。


 そうして人体を食料として提供する期限が来た時、全世界のAIロボが無作為に選出した人間を、処理施設へと運び込んだ。

 

 宇宙人には頭部を食べる習慣がなかったのも幸いした。脳が無ければ再生したくても「今まで通りの個人」の再生は難しかったのだ。


 運ばれた人々は、超AIによって作り上げられた処理機械で、人体再生遺伝子が組み込まれているかのチェックを受け、組み込まれているものは首から上と脊髄の一部と心臓を切り分けられて、特殊な溶液に満たされたポットに一人ずつ入れられる。


 ザイファー製薬のワクチンを接種していれば3日で、デルナモ製薬とキノウライオンゼカネなら4日で再生は完了する。


 人体再生遺伝子が組み込まれていなかった者たちはそのまま全身が宇宙人たちに提供されることとなる。病気やアレルギーが原因でワクチンを接種できなかったものは、その旨の記されたカードを全員が発行されており、名前のチェック段階で回収からはじかれている。

 あくまで自分の意志で、ワクチンを必要ないと打たなかった者たちのみが、再生できないまま犠牲になった。


 しかし遺体がないと人は死を納得できない。そこでゲルが、提供まえに彼らの姿を写した3Dモデルを作り、遺体として家族に元に届ける仕組みをつくりあげた。おかげで人々は号泣しつつも死を受け入れた。

お陰でナカハナ国はコメ国に頭が上がらなくなり、すっかり大人しくなったのだ。


「何かと目障りだったナカハナ国の、国民が激減したおかげで食糧問題も解決したし、あの国も大きく出られなくなったからな、結果良ければすべてよしだ」


 ゲルは一口ワインを飲み、傍らのテーブルにグラスを置くと、おもむろにパソコンを操作し始めた。


「そろそろAIロボに仕込んだ人類回収プログラムも廃棄するタイミングだな。これ以上サンプルは必要ない。あとは計画をどのような形で発表するのが一番効果的か。またプントラでも大統領にして、ヤツに発表させるとするか。あれはあれで妙なカリスマ性があるからな。人々を熱狂させるにはちょうどいいだろう」


 宇宙人のお陰で地球のテクノロジーは飛躍的に進化した。人口も調整が出来た。その上、目障りだった国も自滅してくれた。残った国はコメ国にワクチンの恩があるから、逆らえない。シロア国でさえ、表向きは自国産と偽って、その実コメ国ワクチンを使っていたくらいだ。

 

 それに一時は暴徒に工場を焼き払われてしまったが、修理して再びワクチン製造工場として再開したそこで、人体再生技術を入れたワクチンを製造し続けている。生まれてくる子供たちにもワクチンを接種させるためと、それを接種すれば施設に連れて行かれなくても若返りが可能であることが、最近の研究で分かってきたのだ。

 おかげで反対派でも生き延びた者たちは、望めばワクチンを接種できるようになり、当時の威勢はどこへ行ったのか、すっかり大人しくなっていた。


 ゲルは金と名前に物を言わせて、肉体提供施設には行っていない。神のごとき自分の肉体を、宇宙人などにくれてやるものか。

 

 その代わりにワクチンを定期的に接種している。おかげでここまで若返れた。悪い部分は切り取ってしまい、再生ポットに入ればいいのだから問題ない。


 今や地球上のすべての事を裏から操っているのは自分だ。楽しくて仕方がない。



 今年に入って、宇宙人に提供した肉の中に、新型ウイルスがさらに変異したものに感染した肉体が偶然にも混じっていたらしい。新種だったので既存のウイルスチェックを素通りしてしまったようだ。


 そしてその肉を食べた宇宙人が新型ウイルスに感染し、あっという間に彼らは滅びてしまった。


 いままでずっと地球の軌道を鬱陶しくも大量の宇宙船が回っていたのだが、その最後の1隻の乗組員が全滅したのが、一昨日の事だ。


ヒノモト国の言葉で棚からぼたもちと言うのがあるそうだか、その状態と言っても良いだろう。戦わずして、相手が自滅してくれたのだから。


 何にせよ幸運だった。


だが一般市民にはそれを伝える必要はない。我々と政府が宇宙人から守っているという体があったほうが、何かと便利だ。

人工肉工場が完成したことにして、肉体回収だけ終了にするだけで良い。


 宇宙人が全滅した時点でAIロボの回収プログラムを止めても良かったのだが、人体は色々と研究に利用価値があるから、今日まで続けていた。


 もう宇宙人のテクノロジーは十分に貰った。もう少ししたら周回軌道に乗っている宇宙船に宇宙飛行士を送り込んで、機体を調査ののち地上に降ろすか、太陽にでも向けて出発させるかして破棄する予定だ。


 下手に降ろして彼らのウイルスが広まったら、次は地球人が滅亡してしまうかもしれない。技術は欲しいがここは慎重にいかねばなるまい。


 ゲルは薄く笑いながら、パソコンを操作し、次々にと支持を出していった。


 

**


 私はうつらうつらとした状態で、円柱の中で自分の再生状態を見ながら時を過ごした。


 肉体は3日で再生したので、4日目には円柱ポットを出され、元の服を着せられ、自宅付近まで送られた。


 出迎えてくれた両親は、綺麗になって帰ってきたじゃない、と優しく迎え入れてくれた。


 そうだ。何を怖がっていたのだろう。私の肉体再生は、もう3回目だというのに。当初60歳だった私の肉体は、今や20代まで若返った。

 両親も同じように若返ってくれた。これから何度でも若返ることができれば、ずっと家族と共にいられる。


 たしかに少し怖いけど、本来逃げ回らなければAIロボに接触すると同時に意識を落とされる。私は途中意識がもどってしまったけれど、多くの人は再生して帰されるまで意識がないので、痛くもないし、怖くもない。それに病気も治るし、いい事づくめなんじゃないだろうか。

 私にはなぜかその麻酔が聞きにくいらしく、毎回ポットの中で意識を取り戻してしまうからパニックを起こしてしまうが、痛みは一切感じない。それに、体の再生が終わるとポットの中の記憶はあいまいになり、恐怖も薄れるのだ。


 ただ前の体は宇宙人に食べられてしまった、というのがちょっと複雑だけれど。


 でも、前回から施設に行かなくても肉体が年を取らない気がする。それどころか何もせずに若返っている気がするほどだ。


 このままどんどん若返り続けるなんてことはないだろうか。


 隣の女子高生はもう小学生まで若返っている。小学生だった子たちはいまや成長していないように見えるし。


 本当に大丈夫なのだろうか。



 そう考えていたら、今日はあなたの好物ばかり作ったのよ、早く入りなさいな、と母親が声をかけてきた。


 はあい、と返事をして、私は笑顔で家に入った。


 



構想一晩(寝ながら)、書き上げ半日なので、勢いで読んで頂けたら幸いです。

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