試練?
「お主はなぜ地獄に落とされたのじゃ、追放者」
むしゃむしゃと干し肉を噛みながらライラが話しかけてくる。
「俺が追放者ってわかるのか?」
追放者とは六道の世界において輪廻教会に歯向かった者の総称だ。追放者はステイタス、感情、記憶など様々なものを奪われ下の世界へと飛ばされる。大抵の場合、輪廻教会は不都合な存在を消したいので魂の壊れやすい、つまり存在の消滅しやすい地獄界に追放者を落とす。ライラは残った干し肉を一口で頬張る。
「ほんなもん、ほまえを見ればわかる」ゴクリと干し肉を飲み込み、「魂が改ざんされた跡が残っとるよ」
「――すごいな。ライラは人の魂が見えるのか!」
本来、他人の魂を見ることなど、神と呼ばれる上位種族の中でもごく一部の者しかできない。それを行使できるとはこの龍娘はとんでもない存在かもしれないと、レオニールは畏敬の念を抱く。ほめられたことが嬉しいのかライラは体の一部が龍化していて、尻尾を左右にブンブン振っていた。一方、アンナは一心不乱と言った様子で干し肉を口いっぱいに頬張り頬を膨らませていた。
「アンナ、それ美味しいか」
「ふご、ふごうう」
どうやら美味しいようだ。レオニールも一切れだけ頂いたが、あまり好ましくはなかった。オオトカゲの丸焼きも似たようなものだったが、この干し肉よりは肉感があって食事という感じがした。まあ、地獄に美味しい食べ物を求めるのは間違いなのだろう。
さてどうしたものかとレオニールは頭を悩ませる。超強そうな龍の少女と死神の姿の少女。この二人とは別れた方がいいのか。それとも協力を仰いだ方がいいのか。本音を言えば非常に力を借りたいところだった。レオニールは自分の能力不足を痛感していたからだ。攻撃手段がない現状では龍の手も借りたい。厳密には、ランダムウォーカーを使用しての体内への異物デリバリーという攻撃手段はあるのだが……。
「なあ、ライラ。お前はなんでここに家なんか建てて過ごしてるんだ? 上の世界に行きたいとは思わないのか?」
「ん? そうだなあ。別に困ることはないじゃろう。必要最低限のものは自分でそろえることができるしな。それにわしは龍種じゃ。地獄の洗礼を受けることもない」
確かに龍種であるライラにとって地獄も少し不便なだけの普通の環境と言うことなのだろう。協力を得るのは難しいか? レオニールは逡巡したあと、物は試しと聞いてみた。
「……なぁライラ」
「なんじゃ小僧」赤髪の少女は可愛らしい顔を向けてくる。
「俺は上の世界に用があるんだ。その……もしよかったら、力を貸してくれないか?」
その場の空気を重々しい圧力が押さえつけた。
「小僧……お前は何を求める? 金か? 女か? 権力か?」
「……お、おれ……は……かはっ」あまりの空気に上手く声が出せなかった。
次の瞬間、場を押さえつけていた圧力がふっと和らいだ。
「お前が何を求めるのかは知らんがやめておけ。無駄だ」
レオニールを見る赤い双眸は鋭かった。
「俺は、守れなかったものを、取り返しに行く」
次は言葉を発することができた。その言葉を聞いて、ライラはくはっと笑った。
「守れなかったものを取り返す? はっ、結局また守れずに終わるぞ」
先ほどからライラの様子がおかしい。上の世界の話をしてから明らかに機嫌が悪くなった。しかも、まるで自分が体験したかのように否定的な意見ばかりを並べる。
「いや、そんなことにはならない。絶対に取り返してみせる」
「はっ、どう取り返す? 上の世界へはどうやって行く?手段は?手掛かりは?」
「うぐっ……それは、これから……」
レオニールは決意の言葉を述べるが、ライラに一蹴されてしまう。
あきれた様子のライラは一連のやり取りを意に介さず干し肉に食いつくアンナの方を見てニヤリとし、人差し指を自身の眼前に突き立てた。
「ひとつ試練を与えてやろう。それを達成出来たら、上の世界へ行くヒントを与えてやらんでもない」
「ほんとか⁉」
「ああ、いいだろう。ただし! もし試練に失敗すれば……」
「失敗すれば……?」
「この娘を引き取ってもらおう!」
「なにいいいいいいいいいいいいいい⁉」
素っ頓狂な声が地獄に響いた。