チョロ魔王とチート勇者
ジオニス=マークティルはもう幾度目か分からなくなってきた溜め息を吐いた。
何故そんなにも溜め息を吐くのか、その理由は現在公務中の自身の主であるリリム=ヴェレイ=レギアルメナス女王陛下が公務に集中してくれないからだ。
どうにもこうにも一人でレベル上げに赴いた勇者のことが心配で仕方ないようで、1時間に1回は「レンジョウ様が危険な目にあっていたらどうしよう・・・?」などと涙目で言い出すのである。
その度に「手は打ってあるし、そもそもそんなに奥まで入ったりしなければ出てくるのはほとんど下級の魔物ばかりだからほとんど危険はない」と宥めて、一応はそれで納得して引き下がってくれるのだが、しばらく時間が立つとまた同じような内容の会話が始まってしまう。
(変わった方だとは思っていましたが、まさか姫様をここまで手懐けるとは・・・)
ジオニスとリリムはかなり長い付き合いである。
というのも、リリムが幼少の頃はジオニスが教育係を務めていたので、かなり気心の知れた仲なのである。
故に、奏翔からの「協力する対価としてリリムと結婚したい」というぶっ飛んだ要求もジオニスは既に聞いており、一番最初に聞いた時は思わず聞き間違いかと勘違いして聞き直し、同じ言葉を話すリリムに「聞き間違いじゃなかった!!?」という返事をした。完全に主と同じである。
そしてかなり照れながらそのことを話すリリムの満更でもなさそうどころかかなり嬉しそうな様子を見て、小声で「落ちたか・・・」と呟いた。勿論リリムには聞こえていなかった。
まぁそのことは良いだろう。嫌々結婚というなら止めにも入ったが、相思相愛なのであればむしろ応援したい気持ちだ。実際に応援するかどうかは奏翔をもっとしっかりと見極めてからにするつもりではあるが。
問題なのはその奏翔のことが気になりすぎて公務に集中できないことであり、今の状況から考えてもこれは良くないことだと思えた。
(ここは一つしっかりしていただく為にも、私が叱りつけねばなりませんかね・・・。)
そう意気込みジオニスは口を開く。
「姫さ──」
と、そこで執務室のドアがコンコンとノックされた。
邪魔が入ったことに多少苛立ちながらも、ジオニスは黙ってリリムに目を向けると、リリムは一度頷いて「入りなさい」とドアの前にいる人物に入室許可を出す。
「ハッ!失礼いたします!」
騎士風の格好をした人物が部屋に入ってきて、リリムたちの前まで行って停止し、口を開く。
「ご報告があります。朝方出かけた勇者様ですが、つい先程ご帰還なされたようです。」
「レンジョウ様が!?」
それに即座に食いついたのはリリムであった。一方のジオニスは若干苦い顔をしている。既に嫌な予感を感じているのだ。
「分かりました!すぐに向かいます!」
そう言って立ち上がり走って部屋から出ていこうとするリリムにジオニスは声をかける。
「姫様!公務の途中ですよ!!」
「後でやります!」
即座にそう切り替えされ、顔を顰めるジオニス。そして一瞥もせずにバタバタと部屋から立ち去っていくリリム。唖然とする騎士風の男性。執務室に形容しがたい微妙な空気が流れた。
「あの・・・宜しかったのでしょうか・・・?」
「よろしいも何も、静止も聞かずに行ってしまわれたではないですか。」
質問してくる騎士風の男性にジオニスは溜め息を吐きながらそう返す。
男性は「そ、それもそうですね・・・はは」と乾いた笑いをあげている。どうやら普段の王族らしいリリムしか見たことがなかったようでかなり驚いている様子だ。
(はぁ・・・全く困ったお方だ・・・。)
今までのどれよりも深い溜め息を吐いて、ジオニスは心の中でそう呟いた。
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「カナト様、到着致しましたよ。」
「お、もうですか?流石スーさん仕事が早い。」
「恐縮です。」
クスリと笑いながらそう返してくるスーさんに微笑み返す奏翔。
現在奏翔は治療薬の所持数も底を尽いたということで「今日はこのくらいにして帰ろう。」と決め、ソマル草原から馬車で帰ってきたところであった。
ちなみに以前にも説明した通り奏翔とスーさんは仲が良く、奏翔のことを名字ではなく名前で呼んでくるのはスーさんだけであった。
(リリムちゃんですら名字呼びなのにな・・・)
奏翔としてはリリムには「奏翔くん」と呼んで欲しいという気持ちがあった。今度頼んでみようか・・・?
城内の通路で突然立ち止まってうんうんと唸り出す奏翔を奇妙なものでも見るかのような目で見ているスーさん。
そうして停止してしまった二人の側にバタバタと近づいていく一人の足音。思わず奏翔は思考の海から抜け出し、音のする方向に目をやると、そこには少しだけ息を切らしたリリムの姿があった。
「あ、リリムちゃん。ただいま~」
「レンジョウ様!おかえりなさ・・・」
ある程度近づいたあたりでリリムの動きがフリーズする。
一体何事かと訝しむ奏翔とスーさんであったが、直後、リリムが小さく悲鳴を上げた。
「レ、レンジョウ様!?血まみれではないですか!?」
「ああこれ?折角用意してくれた服汚しちゃってごめんよ。でも洗えば多分落ちると思うんだけど・・・」
「い、いえそのようなことを言っているのでは・・・だ、大丈夫なのですか?」
どうやらリリムは奏翔の服についた血を見て奏翔がかなりの重症なのではないかと思ったようだ。
「うん。レベル上げ中にちょっとヘマしちゃって死にかけちゃったんだけど、リリムちゃんがくれたポーション使って治したから大丈夫だよ。」
そう言った途端リリムの目からポロッと涙がこぼれ落ちるのが見えて、奏翔はかなりギョッとする。
「リ、リリムちゃん!?どしたの!?」
「あっ!?ご、ごめんなさい。やっぱりレンジョウ様が危険な目にあっていたのだと思うとつい・・・」
手をわたわたと動かしながら驚いている奏翔。
手で涙を拭うが、次から次へとこぼれてくる涙に困惑するリリム。
完全に空気と化しているスーさん。
城内の通路の一角は実に人が立ち寄り難い魔境と化しており、特にスーさんなどは「誰かどうにかしてくれないかな・・・」と天を拝む。
そうしていると、その通路にとある人物が現れる。
その人物とは──
「勇者様、姫様は勇者様のことが心配で仕方がなかったのですよ。」
そう、誰あろうジオニスであった。思わずスーさんは天に祈りが通じたことに感謝しガッツポーズを取る。
「あ、ただいまですジオニスさん。そ、そうだったんですか?」
「えぇそれはもう。公務が全く手につかない程には。私が何度宥めてもすぐに『レンジョウ様、レンジョウ様』と・・・」
「ちょ、ちょっとジオニス!?わたしはそんなこと・・・!」
目を潤ませたまま真っ赤な顔で否定するリリムであったが、奏翔はもっと詳しく聞きたいところだと思い、口をはさむ。
「そうなのリリムちゃん?」
「だ、だからちが・・・!わ、わたしはただレンジョウ様のことが心配だっただけで・・・!」
奏翔とは目を合わせずに顔を真っ赤にしながら俯き、左手で頬を抑えながら右手をフリフリと振って否定の意思を表すリリム。
「か、可愛い・・・じゃなかった。リリムちゃん!心配かけてごめん!次からはヘマしないように気をつけるから!このとおりです!!」
前半でうっかり心の声が漏れてしまったが、両手を合わせてしっかりとリリムに謝罪した。
「本当に気をつけてください・・・。レンジョウ様がいなくなったらわたしは・・・」
「わたしは?」
「っ! な、何でもありません!」
続きが気になったので少し追求してみると、即座に言い直し会話を寸断された。というかなんか・・・
(気のせいか・・・?昨日まではただ照れてるだけって感じだったけど今はもの凄く好意のようなものを感じるんだけど・・・?)
これはもしや脈アリなのではと考え、思わずニマニマと頬が緩んでしまう。そうやって喜んでいる奏翔をリリムは見咎める。
「何笑ってるんですか!わたしは怒っているんですよ!?」
「あ、ごめんなさい。リリムちゃんがあまりにも可愛くてつい。」
「か、かわ・・・!?」
サラリと褒められしどろもどろになるリリム。
と、そこへジオニスが「おほん」と咳払いを一つして口をはさんだ。
「お二人の睦み合いに付き合っていては一向に話が前に進みませんね。勇者様、見たところによるとかなりの大怪我をしたご様子ですが、一体何があったのですか?あの辺りには慎重に相手をすればそうそう遅れを取るような魔物は出ないはずですが・・・」
「ネズミのモンスターを倒した後に血の臭いを撒き散らしたまま放置しちゃいまして。その臭いにつられて来た肉食獣っぽいモンスターに囲まれてこのザマです。油断はしてないつもりでしたけど甘かったみたいですね。」
「ほう・・・それはご無事でなによりでございました。」
そう言ってジオニスはちらりとスーさんの方に目を向ける。
一方見られたスーさんは額に冷や汗をかきながら目をそらしている。
何やら訳ありのようだが、大体の予想はつく。
「ところで勇者様、いつまでもその格好のままでは気分が悪いでしょう。侍女を手配して着替えと浴場の準備をさせますので、少々お待ちいただけますか?」
「はい、助かります。ありがとうございます、ジオニスさん。」
「いえいえ」
ニコリと笑ってジオニスはそう返礼する。実はもうひとつ用件があるので、それも今言ってしまおうと思い奏翔は口を開く。
「風呂からあがったらこの世界のこととか色々と教えてもらいたいことがあるんですけど、スーさんに頼んでもいいですか?」
「ほっほ、勇者様は実に勉強熱心でございますな。ですが、残念ながらスーベリアにはこれから少し仕事がありますので。私の方で適任の者を手配致しましょう。」
「あ、えっと、わたしがお教えしましょうか?」
「姫様は公務です。」
リリムが挙手して提案してくるが、それをジオニスが一刀両断する。ていうかジオニスが怖い。顔は笑ってるけど目が笑っていない。
「リリムちゃん、また今度ね。」
微笑みながらそう言ってみると、リリムはパァッと顔をほころばせて嬉しそうに「はい!」と返事をした。
その姿を見て、思わず奏翔は息をつく。もはや好意を感じられるというよりは好意しか感じられない。
自分としては少しずつカッコいいところを見せていってリリムを攻略していくつもりだったのだがどうやらかなりチョロい子だったみたいだ。
(だがしかし、そんなところも可愛い・・・!)
奏翔は既にリリムに首ったけ状態であるのでリリムから好かれることに関しては何の問題もない。むしろ某ノート漫画の主人公のように「計画通り」と悪い顔で笑いたい気分であった。
「では、私は準備と教師を手配してまいりますのでこれで失礼いたします。姫様はちゃんと執務室に戻り公務の続きをやるようにお願い致しますよ?」
「うっ・・・分かりました・・・。」
そう言ってジオニスは立ち去っていき、リリムは少々名残惜しそうにこちらを見ながら去っていく。それを見た奏翔は苦笑しながら手を振っていた。
「カナト様はすごいですね。あんな陛下は初めて見ましたよ。」
二人が去った後、スーさんがそう言って茶化してくる。
「いや、俺がすごいってよりはリリムちゃんがチョロすぎる気もするかな・・・嬉しいけど」
「ハハ、良かったですなあ。」
快活に笑いながらスーさんはそう言って祝福してくれた。
「では、他にもまだ仕事がございますので、自分もこれで失礼します。」
「はい。今日は送ってくれてありがとうございました。」
「いえいえとんでもない。カナト様のような面白い方と知り合えただけでも非常に良い仕事でした。では、また後ほど。」
そう言ってスーさんは礼をして去っていった。
一人取り残された奏翔はとりあえずやることもないので、浴場の準備が出来るまでステータスでも確認していようと思い、『ステータスカード』を取り出し念じる。
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カナト=レンジョウ
Sex ♂
《属性系統》真
《魔法》 転移魔法 Lv3 《真》
{・部分転移
・指定転移
・条件転移
《称号》・異世界人
・召喚されし者
・勇者の卵
・剣士見習い
《状態》健康
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魔法のレベルが上がり、使える魔法が3つになった。
しかも、なんと『部分転移』の性能も向上していた。
それぞれの詳細情報は以下のような感じである。
『・部分転移
自分の身体の一部を任意の場所に転移させることができ、この時その部分に触れている物体も一緒に転移する。
一度に転移させられる範囲と数が増え、転移後でも転移位置を自由に動かせるようになった。効果範囲200m』
『・指定転移
任意の物を一つ指定して、任意の場所に転移させることが出来る。
指定するものにそれほど制限はないが、自分自身を指定することはできない。自分以外であれば何でも可能である。効果範囲1km』
『・条件転移
任意の物質、あるいは空間に特定の条件をかける。
その条件が達成された場合にのみ、転移が発動する。』
どれも使い勝手が良すぎてヤバい。
『部分転移』に関して言えば、今までは腕の先くらいまでしか転移させられなかった範囲が腕全体まで広がり、数も増えて動かせるようにもなった。このまま行けば某海賊王の漫画に出てくるバラバラ人間のように身体をパーツごとに切り離して動かすことも出来るかもしれない。
グロいのであまりやろうとは思わないが。
『条件転移』は少し分かりづらいと思うが、具体例をあげるならば「朝○時になったら桶の中の水を俺の鼻の穴に転移させる」という条件をつけておけば朝寝坊もせずに済むというような感じだ。
・・・最悪な目覚めになりそうである。
とまぁ、他の能力もすごいのだが、一番汎用性が高いのは『指定転移』だと思われる。
この魔法で『指定』できるものは物質に限らず、空間はもちろん現象が起こる時に発生するエネルギーも選ぶことができる。
簡単に言えば、剣で切られたとして、切られた部分にかかった圧力を『指定』して、角度や位置はそのままに方向だけ正反対に転移させてやれば相手の剣戟をそっくりそのまま跳ね返すこともできるし、自分の周りの重力を『指定』して転移させれば、簡単に無重力状態を作ることも可能なのだ。
(これが異世界チートか。明日が楽しみだな。早く新しく増えた魔法を試してみたい。)
そんな風に考えていると、浴場の準備が出来たらしく侍女が呼んできた。奏翔はその侍女についていき身体の汚れを落とすために浴場へ向かって歩き出した。