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死の気配





 今、奏翔はレギアルメナス国の王都から出て西にあるソマル草原に来ている。


 草原と聞いてアルプスの少女ハ○ジに出てくるような草原を想像していたのだが、ところどころの草は奏翔よりも背が高く、あちらこちらに大きめの岩があり、結構急な勾配もあるまるでサバンナのような草原だった。




 「防虫スプレーとか持ってきた方が良かったかな・・・」




 そんなものがこの世界にあるのかは分からないが、もうここまで来てしまったので手遅れである。


 ちなみにここまではリリムから借りた馬車で来ており、城からこの草原まではそこそこの距離もあるのでこれくらいはさせてほしいとリリムに言われたのだ。奏翔としても移動時間が短縮されるのは願ったりだったのでありがたく借りることにした。


 御者を務めてくれている使用人の一人のスーさんとも移動時間中に軽く会話をし、仲良くなれたのでまたここに来る時は彼に頼むことになるだろうと思う。




 「さて、まずはモンスターとエンカウントしなきゃいけないわけだし、適当に歩いてみるか」




 そう気楽に言う奏翔だが、警戒は怠っていない。

 何と言っても現在の奏翔の魔法レベルは1であり、実戦経験も皆無。ちょっと強い魔物に囲まれたらジ・エンドの可能性もある。

 危険な状況を乗り越えれば成長に繋がるのは間違いないが、万全の準備をしていてなお危険な状況に陥るのと、危険に自ら突っ込んでいくのは全く違う。


 いつでも魔法が使えるように魔力を練り上げ保持しつつ、岩の裏や背の高い草の中などを慎重に覗いていると、大型犬くらいの大きさで頭にツノが生えている灰色のネズミが一匹いた。


 そいつに気づかれないようにそっと草場に隠れる。

 どうやらこちらの存在には気づいていない様子であり、これはまさにバックアタックのチャンスである。



 奏翔は借り物のロングソードを握り直し、思いっきり突き出しながら『部分転移』で自分の右手をネズミの首裏付近に転移させる。

 ズグッと肉に剣を突き立てる嫌な感触が手に響き渡り、思わず奏翔は顔を顰める。



 (でもこれでとりあえずある程度のダメージは与えただろ)



 見た感じまだ死んではいないみたいだが、明らかに弱っているのが見て取れた。すると不意にネズミがこちらの存在に気づき、「キイィ!」と鳴き声をあげながら突進してきた。どうやら怒りで痛みも忘れているらしい。



 (まぁそりゃいきなり剣で刺されたら怒るわなぁ・・・)



 そんな悠長なことを考えながら奏翔は剣を正面に構える。ネズミのスピードは弱っていることもあってそう速くない。これなら今の奏翔でも対応できそうだ。



 ネズミの突進を右に避けながら通り過ぎる瞬間に一歩踏み込み腹を切りつける。首の次に腹に致命傷を受けたネズミは苦しそうに呻きながら倒れ込み、絶命した。



 「ふうっ流石にちょっと緊張したな」



 相手は弱いモンスターではあったが、喧嘩もしたことがない奏翔にとっては初の実戦であり緊張するのも無理はないことと言えた。

 と、そんな風に考えていると唐突に全身を謎の浮遊感が包み込んだ。何事だと驚いているとすぐにその浮遊感は収まった。周りには特にモンスターなどはおらず、人もいないので何らかの攻撃を受けたわけではなさそうだ。



 (ということはもしかして・・・)



 少しだけわくわくしながら『ステータスカード』を確認すると──




-------------------------------------------

カナト=レンジョウ


Sex ♂




《属性系統》真

《魔法》 転移魔法 Lv2 《真》

    {・部分転移

 ・指定転移




《称号》・異世界人

    ・召喚されし者

    ・勇者の卵


《状態》健康

-------------------------------------------




 やはりレベルが上がっていた。まさかネズミを一匹倒しただけで上がるとは思っていなかったので嬉しい誤算というやつだ。



 「新しく増えたのは『指定転移』か、どんな魔法なんだろう?」



 一人でそう呟きながら色々と想像を巡らせていると、周りにいくつかの気配を感じた。慌てて周囲を確認するとハイエナのような見た目の明らかに肉食っぽいモンスターが3匹ほど奏翔を囲んでいた。どうやらネズミの血の臭いに誘われてやってきたみたいだ。



 「う、うわ・・・やっべえ・・・」



 血の気が引いていくような気分になる奏翔だったが、ここで取り乱したら間違いなく死ぬと判断し、冷静に周囲のハイエナモドキを観察する。どうやら相手も奏翔がどういう行動に出るか伺っているようですぐに手を出す気配はない。今のうちに奏翔は魔法を使う算段を立てる。



 (先に攻撃を仕掛けるべきだ・・・後手に回ったら手数で押し切られる。狙うのは・・・後ろにいるやつだな。死角から攻められるのはかなり不味い。)



 考えがまとまると、早速奏翔は動き出した。

 先程と同じように剣を突き出しながら後ろにいるハイエナモドキの死角に右手を転移させ、突き刺そうとする。しかし、



 「ガァウッ!」



 「うっそだろ!?」



 鳴き声を上げながら俊敏に奏翔の攻撃を避けるハイエナモドキ。そのスピードと危機感知能力に奏翔が驚いていると、前方にいた二匹が襲いかかってきた。



 「ぐっ!?」



 咄嗟に剣でガードし、致命傷は避けることができたがハイエナモドキの鋭利な爪で左肩を切り裂かれた。



 「─ッ!! 痛って!くそ!!」



 痛みに顔を顰めつつも二匹目のハイエナモドキに目をやる。このままではさっき考えた通りに手数でやられてしまう。そう考えた奏翔は事前に考えてあった戦い方を実行することにした。


 前方から襲いくるハイエナモドキを剣を使っていなしつつ、痛む左手でハイエナモドキに触れる。それと同時に『部分転移』で左手を上空100メートルの位置に転移させた。

 すると、奏翔に触れられていたハイエナモドキも一瞬で上空100メートルの位置に移動し、何が起きているのか分からないという顔をしつつ自由落下運動にしたがって物凄い勢いで地面に下りていき、バチュンという音を立てながら潰れて絶命した。


 これは『部分転移』の転移させる身体の部位に触れている物体も一緒に転移するという特性を見た時から思いついていた戦法だった。



 (あと二匹!!)



 残ったハイエナモドキの方向に振り返ると、一匹のハイエナモドキが大口を開けて奏翔の顔に噛み付こうとしていた。

 心臓が縮こまる思いをしながら、奏翔はほとんど反射的に『部分転移』を使用し、首から上を別の場所へ転移させる。



 「あっっっっぶねえ!!!」



 端から見たら空中に浮かぶ喋る生首と首のない身体がありかなり不気味なのだがそんなことを気にしている余裕はない。即座に転移を解除し左手で襲い掛かってきたハイエナモドキに触れ、上空に転移させた。



 (あと一匹!)



 飛ばしたハイエナモドキから意識を切り替え、残りのハイエナモドキを処理しようと首の向きを変えると、右足に激痛が走った。



 「ぐぁっ!?」



 痛みが走った部分を見ると、最後のハイエナモドキが奏翔の右足にギリギリと噛み付いていた。奏翔は剣を振りハイエナモドキを攻撃しようとするが、ハイエナモドキは即座に口を離し後ろにステップして回避する。



 (チャンスだ!!)



 現在ハイエナモドキは後ろに跳んでいる最中であり空中にいて上手く身動きが取れない状態にある。奏翔は右手に持っていた剣を捨て、ハイエナモドキに右手を突き出して触れようとする。

 それを見たハイエナモドキは上手く身動きが取れないながらも、奏翔の右手を弾く動きくらいは出来るらしく爪で攻撃してきた。しかし、わざわざそちらから触れてくれるのであれば好都合。と奏翔は思い、ニヤリと笑う。


 ハイエナモドキの鋭利な爪が手に触れた瞬間、またも100メートルの上空に転移させる。その直後、見えなくなった右手に鋭い痛みが走る。



 「ぐぅっ・・・! こ、これで・・・」



 転移させた数秒後にバチュンという音が聞こえてきて周囲を見るとぐちゃぐちゃにひしゃげた肉塊が3つあり、思わず嘔吐感がこみ上げてきた。



 (気持ち悪くなっている場合じゃない。さっさとやることをやらないと次モンスターに囲まれたら死ぬ・・・。)



 そう考えながら痛む身体を無理やり動かし、事前に貰っていた治療薬を服用する。すると、傷が少しづづ塞がっていき身体の痛みが引いていき、元の元気な状態に戻る。



 「はぁ・・・はぁ・・・し、しぬかとおもった・・・」



 思い出しただけで寒気がする。相手は完全にこちらを殺す気であり、こちらも相手を殺すつもりで魔法を使った。まさかこんなにも早く死ぬような目に遭うとは思っていなかったが、原因は分かっている。



 (ネズミの死体を放置して血の臭いを撒き散らしたまま、モンスターが出るような危険な場所で悠長にステータスを確認していたのが原因だな・・・。油断してるつもりはなかったけど、分かってなかった。ここは野生なんだ。危険がない日本とは全く状況が違う。)



 頭では分かっているつもりだったが、基本的に危険がない世界に馴染んでしまっていた奏翔は本当の意味ではわかっていなかった。だから油断して囲まれるなどという目にあった。



 (ゲームみたいな世界だけど、これはゲームじゃない。油断していると人は簡単に死ぬ。それを早めに実感できただけでも良い経験だったと言えるな。あくまで結果的にはだけど・・・)



 「ま、そうと分かれば撤収撤収~」



 頭の中で整理をつけながら移動の支度も済ませた奏翔。

 事前にスーさんに聞いたところによると、モンスターの死体をそのままにしていても特にゾンビ化するということはなく、血の臭いで他のモンスターが寄ってくるくらいのことしか起きないらしいので、遠慮なく倒した全てのモンスターを放置して行くことにする。



 「治療薬にもまだ余裕があるし、もうちょっとだけ狩っていくか。・・・今度は油断しないように。」



 そう自分を戒めながら奏翔は次の獲物を探すのであった。




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