奏翔の考え
蓮生 奏翔は今、ベッドに入って今日あった出来事を振り返っていた。
まずは召喚されたことに始まる。この時点で予想外の出来事すぎて思考がストップしてしまったのだが、冷静になってみれば勇者召喚なんていうワクワクするものをされてしまったのだ。テンションが上がらないわけがなかった。
しかも召喚主であるリリムはとんでもない美少女で、気がついたら惚れていて、そして気がついたらプロポーズしていて───
(あああああ!!俺はなんて恥ずかしいことを!?)
今更になって思い返して恥ずかしくなってくる奏翔。
テンション上がって調子に乗っていた時はまだ良かったが、落ち着いてしまえばもうダメだった。
(・・・まぁ、リリムちゃんも満更でもなさそうだったし良いか。)
そういうことにして、さっさとこの羞恥心から立ち直ろうとする奏翔。
開き直りとも言う。
リリムと分かれた後、奏翔は宛てがわれた自室にあった本をなんとなしに開いてみた、そこに書かれていたのは紛れもなく日本語であり、奏翔が問題なく読める範囲のものであった。
おそらくだが、異世界言語翻訳みたいな機能が働いているのではないかと思う。
この世界の言語や文字を一から勉強しなければならないとなったら非常に困るところであったので、召喚時に翻訳機能をつけてくれた召喚主に感謝せねばなるまい。
リリムちゃんマジ最高。天使。
想い人を心の中で盛大に崇めつつ、今日のやり取りを思い出してニヤニヤとする奏翔であったが、ふいにその表情が真面目なものへと変わる。
「…戦争に、出るんだよな、俺」
そう、奏翔とて何も考えていないわけではない。
平和のためと願っているとはいえ、戦争が起こることは避けられない。戦争に出るということはどういうことなのか、それはつまり『人』を殺すということに他ならないのだ。
自分が、人を、殺す。
そう考えるだけで、少し動悸が早まる自覚があった。
奏翔とて聖人君子ではない。現に元の世界にだって人の死はありふれたものだったし、家族や知り合いじゃないならどこで誰が死んだところで大して何も思わないだろう。
だが、自分の手で、となると話は別だ。
奏翔が平和な日本で生きる一般人であった以上、人殺しはおろか、動物だってその手にかけた経験などない。
奏翔は自分自身がかなり淡白な考えを持つ人間だという自覚があった。だがしかし、だからといって人殺しに忌避感がないなんてことはありえない。
『人殺し』というものに対しては、やはり本能的な忌避感が根強くあった。
だが、だからといって汚れないままでいたい、という気持ちが通るものでもないだろう。
こうなってしまった以上は、この世界のルールに則って手をかけるしかない。それが例え、人殺しであっても。自分や初めて好きになった人を守るためにも、やるしかないのだ。
少なくともこの世界の住人はそうしているだろうし、何なら元の世界であっても誰もがそうしているはずだ。自分はたまたま平和な国に生まれたが、地球にも未だ戦争中の国はあった。
自分を、大事な人を、何かを守るために他者を害する覚悟を持つというのは、誰だって当たり前に持っている覚悟だ。
(って言っても、いざその時になってビビらずにいられるか…自信はないけどな。)
少々苦笑い気味に心の中で呟く奏翔。
それも当然である。覚悟を持ったからといって忌避感が消えてなくなるわけでもない。
人を殺して平気でいられる人間は、病気的なものでない限りはそういう価値観のもと育ったか、感覚が麻痺しているかのどちらかであり、少なくとも日本では得られるはずもない価値観なのだ。
要するに、今アレコレ考えたところで、いざその時になってみないと自分はしっかり行動できるかなど分かるはずもないのだ。
くすりと、やや自嘲気味な笑みを浮かべる奏翔。
今考える意味がないなら、考える必要もないはず・・・しかし考えずにはいられない。そんな自身の心模様が少し馬鹿らしく思えた。
…少なくとも、その瞬間になって足を引っ張るような無様さだけは晒さないようにと気を引き締めながら、奏翔は本格的に就寝についた。