これから
「おほん。ではこちらの目的について、召喚した理由、対…価についての擦り合わせも大体終わりましたが、何か質問はありますでしょうか?」
「何で対価のところで言い淀んだの?」
「う、うるさいですよ!わかってるくせにぃ!」
また怒られてしまった。さっきからイジっては怒られるを繰り返しているのだが、あまりやりすぎて嫌われるのも御免なので自重することにしよう。非常に残念だ。
ちなみにだが、ジオニスが茶を淹れて帰ってきた際に退室するまでの空気感との違いに敏感に反応し、訝しそうな瞳で奏翔を見てきた。
しかしながら、今の調子に乗っている奏翔はその程度で止められるはずもなかった。
おそらくジオニスは奏翔がある程度信用に足る人物か見極めるためにこの場に同席していたものと考えられる。
だが、最終的に奏翔を信用したのか、後のことはリリムに任せて自分の仕事を済ませるべく退室していった。
「質問か・・・そうだな、まずは目的のことについてだけど、最終的に俺は戦争に参加するだろ?まぁそれはいいんだけど、結局強くないと生き残れないだろうし、修練とかはどうすればいいんだ?後ずっと気になってたんだけど、魔法とかもあるよね?」
魔法の存在についてはほぼほぼ確信を得ている。何故なら魔法がないなら奏翔がここに呼ばれることはなかったはずだからだ。
「はい。レンジョウ様での世界ではどうか知りませんが、この世界では魔法が存在します。いい機会ですしまとめてお教えしましょう。」
そう言って何やら紙とペンを取り出すリリム。え?座学形式なの?と思ったがやはりそのようで、説明するから分からなかった部分などをメモして聞いてほしいそうだ。この時間だけ先生と呼ぶことにしよう。
「魔法には各種属性があり、属性系統は火、水、土、風、陰、陽、真の7属性です。基本属性である火、水、土、風は文字通り火を出したり風を操ったりできます。」
ふむ。そのままだな。
「陰と陽は、陰は敵の身体能力を低下させたり、状態異常を仕掛けたりですね。陽は逆に身体能力を上昇させたり体調を回復させるいわば回復魔法です。」
要するに陽はバフ・回復魔法で、陰はデバフ魔法ってことか。
分かりやすいな。
「あとは真に関してですが・・・この属性はかなり特殊な魔法が多く、またそれぞれ全く違う効果をもたらしたりもするのでこれと言って説明できることはないのです。
強いて挙げるとすれば、偉大な魔法使いとして名を馳せている者はこの属性を持っていることが多いということくらいでしょうか・・・。
また、この属性を持つ者は普通とは違った環境で育っていたり、どこかの王族の血が流れていることが多く、滅多に使い手がいないのでほとんど周知されていないと言っても過言ではありません。」
なんと、一番よくわからなかった真がこの世界の住人ですらわからないとは・・・よっぽど使い手が少ないらしいな・・・。
「誰もが生まれながらに何らかの得意属性をひとつは必ず持っており、全ての魔法にレベルが存在しています。このレベルが上がる毎に使用できる魔法が増えていきます。魔法レベル上限は未だ未確認であり、確認済みなのは8までですね。以上です。何か質問はありますか?」
「んーそうだな。真に関してもっと知りたかったけど魔王のリリムちゃんでさえ知らないんだったら仕方ないな。 あぁそうだ。自分の得意属性ってどうやって調べたらいいんだ?」
「それはコレです!」
ジャジャーン!と効果音がつきそうな動きでリリムが何やら一枚の鉄のプレートを出してくる。
「なにそれ?」
「これは『ステータスカード』といって、このプレートに血を一滴垂らすと肉体の情報がこのカードに登録され、登録者の身体状況や得意な魔法の系統などが表示されるんです!」
若干テンションが上りながら説明するリリム。しかしそうか、そんな便利なものがあるのか。
「じゃあ早速使ってみようか」
「えぇ、レンジョウ様の得意属性が何なのか気になりますね。」
そう会話しながら奏翔はリリムから借りたナイフで指を少し切り、血を一滴プレートに垂らす。すると血がプレートに吸い込まれていき、一瞬だけプレートが淡く光った。
「これでもう使えるはずです。手に持ってカードに意識を集中してみてください。」
言われるがままに奏翔はステータスカードを手に持って集中してみた。すると何も書かれていなかったステータスカードに文字が浮かび上がってきた。
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カナト=レンジョウ
Sex ♂
《属性系統》真
《魔法》 転移魔法 Lv1 《真》
{・部分転移
《称号》・異世界人
・召喚されし者
・勇者の卵
《状態》健康
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やはり魔法のレベルは1だったが、それよりも驚きなのは属性系統のところに真の属性があったことだった。しかもその魔法というのが
「転移魔法・・・?」
転移とは、あの転移だろうか?いわゆるテレポーテーション?え?強くない?それともこれくらい普通なの?
「レンジョウ様?得意属性は何だったのですか?」
黙りこくっている奏翔を可愛らしい顔で見つめながらリリムが質問してくる。どうやらステータスカードは登録した本人にしか読めないようになっているらしい。
「ん、真だってさ」
そう言った途端、リリムの顔がパァッと明るくなった。
「真属性ですか!流石は勇者様ですね!」
「でも魔法がよくわからないんだよね。いや、効果はわかるんだけど強いのかこれが普通なのかイマイチ判断がつかない。」
「どのような魔法なのですか?」
「転移魔法。まぁいわゆるテレポートマジックってことかな?」
「て、転移ですか?相当に便利そうではありますが、戦闘には不向きなのでは?」
リリムはそう言ってくるが、奏翔はそうは思わなかった。
「いや、そうでもないよ。例えば敵の後ろにでも転移すれば容易に隙を突いて攻撃できるし、そもそも相手を高高度に転移させることが出来るなら戦いにすらならない。これに関しては相手が翼を持っていないことが前提だけどね。」
「・・・言われてみればそうですね。ではやはり強い能力なのでしょうか?」
「それは分からない。どこまで出来るかは使ってみないとね。ていうか魔法ってどうやって使うの?」
一番肝心なことを忘れていた。てっきり感覚で自由に扱えるのかと思ったのだが、まずその感覚が分からない。
「魔法を使う時は、一度魔力を練り上げる必要があります。普通は成長と共に魔力の練り方を知っていくものなのですが、レンジョウ様にはわたしが直接お教えいたします。」
「至れり尽くせりですなあ」
好きな女の子に教えてもらえるという時点で奏翔にとっては非常に嬉しいので好意を素直に受け取ることにする。
「まずは身体の魔力の流れを知ることです。今からわたしが魔力を集中させた手でレンジョウ様の身体に触れていくので、外部の魔力と内部の魔力の流れを感じ取ってみてください。」
「はーい。お願いします。」
奏翔の了承を得て身体に触れていくリリム。触れられた部分の外側と内側に温かいお湯のようなものが流れている感覚がある。
(なるほどな。これが魔力か。・・・ん?ていうかなんか・・・)
その後も全身まんべんなく触れていたリリムだったが今は固定の場所を触り続けている。右手を奏翔の腰に添え、左手で奏翔の下腹部をさすり続けている。もしかして逆セクハラされているのだろうかと一瞬考えたが、リリムの真剣な表情を見る限り無自覚のようだ。
しばらくそのままされるがままになっていたが、だんだん変な気分になってきたのでこのままではまずいと考える。
「えっと、リリムさん?」
「なんでしょうか?」
「そこを触るのはちょっと・・・ですね?」
「・・・・何か問題が?」
キョトンとした顔で質問してくるリリム。どうやら本当の本当に無自覚でしかも鈍感なようだ。
(ちょっと意地悪してでも離れてもらうしかないか)
そう判断して実行することにした。なにせこのままでは奏翔の理性が保たない。
「確かに結婚してほしいとは言ったけど、いくらなんでもそれは早いんじゃないかな-って・・・」
その言葉を聞いてもしばらくキョトンとしていたリリムであったが、考えが至った瞬間に自分の左手の位置を見て、一瞬で顔が真っ赤になり、バッと奏翔から距離を取る。
「ち!ちが!違います!!魔力が生産されるのが、その位置なだけであって!!その位置が一番魔力を感じやすいからで・・・!!」
「急に積極的になるもんだからさすがの俺もビックリしたよ」
「違うって言ってるじゃないですか!!」
恥ずかしさのあまり両手で顔を抑えてうずくまるリリム。時折「うぅ~…恥ずかしいよぉ…」などという可愛らしい心の叫びが聞こえてきていた。
そうやって一通りイチャついた後、ようやく魔力を練り上げる実践である。
(え~っとさっき感じた内側のお湯のようなものを身体の中心に持っていって回しながら圧縮するイメージ・・・だったな)
魔力操作の訓練は困窮を極める・・・かに思えたが案外あっさりと成功した。漫画やラノベでイメトレをしていた成果だろう。
「何はともあれこれで魔法を使う準備は整ったわけだ。早速何かしら使ってみたいな・・・。」
「そうですね。転移魔法?というのも気になりますし。是非使ってみてください。」
その言葉を聞きながら奏翔は使える魔法に目を通してみる。現在使えるのは『部分転移』のみ。
詳細な情報を見られないかな?とちょっとした考えでステータスカードの『部分転移』の部分を触ってみると、浮かび上がっている文字が変わった。どうやら詳細情報も見られるようだ。便利すぎる。
『・部分転移
自分の身体の一部を任意の場所に転移させることができ、この時その部分に触れている物体も一緒に転移する。効果範囲100m』
(ふむ。大体予想した通りの内容だな。しかも範囲が100メートルもあるのか。)
これはつまり、単純に言えばリーチが100メートルあるということにも繋がる。やっぱりかなり強めの効果を持った魔法だと思った。何せリーチが100メートルもあるならばよっぽどの実力差がなければ一方的に攻撃できてしまう。
(これだけでもしばらくはやっていけそうだけど、なるべく早く魔法のレベルは上げたいところだな。)
使える魔法が増えればそれだけ戦略にも幅が広がるだろうから──と心に思いながら、『部分転移』を使ってみた。すると
「おお~、ホントに使えた。」
現在奏翔の右腕の肘から先は消失しており、断面は青白い光で覆われている。では消えた肘から先はどこへ行ったのかと言うと、奏翔から5メートルは離れた位置にある花瓶を掴んで持ち上げていた。
『部分転移』を使ってみて、新たにわかったことが二つある。
一つ目は、転移させた後も神経は繋がっているらしく手を自由に動かせるということだ。まぁ繋がってなかったら転移させる意味がないので当たり前なのだが。
二つ目は、転移した先で腕の位置を操作できないということだ。つまり空中に転移先を指定した場合そこから動かせないのだ。
(今のところ分かるのはそれくらいか。でもやっぱり戦闘にも向いてるし使い勝手の良い能力のようだ。)
これは素直に良かったと思えた。使い勝手の悪い能力だったり戦闘に不向きだったりしていたら目も当てられないところだった。
何せ奏翔はそのうち戦争に参加しておそらくはかなり強めの相手を倒さなければならなくなってくるだろうからだ。
「大体分かったな。後は実戦で使ってみるのとレベル上げが主目的になってくるかな。そういえばモンスターとかいるの?」
「いますよ。最初はこの国の王都から出て西にあるソマル草原あたりが出てくるモンスターも弱く丁度良いかと思います。」
「んじゃ明日からはそこに行ってレベル上げてくるか。剣とか借りて行ってもいいかな?」
「勿論です。武器だけでなく最高級の装備一式を揃えさせていただきますよ。」
自信満々に言ったリリムであったが、これには奏翔が難色を示した。
「あー・・・いや、初心者が使うようなものを用意してほしい。最初から伝説級の武器とか持ってても使いこなせないだろうし、何より装備の性能に頼って成長が止まりやすくなる気がする。」
「そ、そうですか?ですが、レンジョウ様にもしものことがあっては・・・」
リリムが悲しげな顔をして心配してくるが、奏翔にしてみれば今後「もしも」のことが何度も起きるだろうし、過保護に甘えていざという時に自分自身が頼りにならないという状況は避けたいのである。
勿論安全マージンを取ることはとても大事なことなのだが、時には危険な状況が大きな成長に繋がることもある。
ならば護衛を付けるとリリムは言うが、それも奏翔は断固として断った。魔法のレベルを上げつつ実戦経験を身につけるのが目的なのに護衛に守ってもらいながらでは意味がないからだ。
そういったことを順序立てて説明するとリリムは渋々了解してくれた。
「レンジョウ様がそこまで仰るのであればわかりました・・・。ですが本当に気をつけてくださいね?ある日突然戻ってこなくなるなんて嫌ですからね?」
「大丈夫だよ。未来の夫を信じてくれ。」
「わたしまだOK出してませんからね!?」
「ふふふ、丁度良くオチもついたところだし今日はこの辺でお開きかな?」
「もぅ・・・からかわないでください・・・。そうですね、大体話しは終わりましたし。本日はここまででしょうか。」
ふと外を見てみると、もう既に日が沈み暗くなっていた。召喚されたのが大体朝方くらいだったことを考えると、途中で寝たことを考えても割りと長い時間話していたんだなと考える。
「このまま休む前に身体の汚れを落としたいんだけど、お風呂とかあるかな?あと服はどうしたら良い?」
「浴場までは後で侍女たちに案内を頼むように言っておきます。服は事前に用意したものがございますのでそちらをお召しください。今来てる服も預けていただければ洗ってお返しいたしますよ。」
「ん、わかった。この部屋で待ってればいいかな?」
「はい。この部屋もレンジョウ様のために用意したものですので、今後はこちらを私室としてお使いください。」
どうやらこの部屋を使っていいらしいが、とんでもない広さの部屋をポンと貸すあたりやはり王族だなと思った。どれくらい広いかというと、学校の教室が3つは入りそうな部屋だった。まぁ勿論勇者ということで特別扱いをされている部分もあるだろうとは思うが。
「どうもありがとう。じゃあ俺はメイドさんが来るまでここで待ってるよ。」
「はい。ではわたしはお暇させていただきますね。本日は突然混乱を与えてしまったことに謝罪を、そして協力を誓ってくださったことに感謝を改めて伝えておきます。それでは、また明日。」
出会った時と同じように優雅にカーテシーをして、立ち去っていくリリムに、奏翔は最後に一言声をかける。
「おやすみ、リリムちゃん」
「はい、おやすみなさい、レンジョウ様」
その言葉を最後に、リリムは部屋から去っていった。