勇者召喚?それよりも寝かせて?
「はじめまして!勇者様!我らがレギアルメナスへようこそ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んぁ?」
ドアを開けると、別の空間だった。
明らかに自分の家ではない。少し周りを見渡して、軽く瞬きをするが、特に目に映る景色に変化はない。
目に見えるものは古代の神殿っぽい場所と壁にズラリと並んでいる甲冑たち。中身入りだろうか?
そして目の前には、綺麗な赤い髪を腰まで流していてふんわりとした印象を与えるような。まぁ、絶世の美女とでも言えばいいのだろうか。そんな感じの少女が笑顔を振りまいている。
これは一体どういうことなのか?何が起こっているのか頭が軽くパニックになる。とりあえず迅速に現状を把握すべく、奏翔は思考の海に沈んでいく。
「・・・やっぱり混乱されているようですね。無理もありません。ですが、安心してください。わたし達は貴方様に危害を加えるつもりは毛頭ありませんし、貴方様の身に起きていることをしっかりと説明するつもりです。」
その少女の声はとても耳に心地よく、聞いているだけで安らぎを得られる声音だった。
というか、ヤバイ。寝そうだ。ついさっきの衝撃的な出来事で半覚醒くらいまで戻っていた意識が、少女の声を聞いていたらまた暗闇へと落ちていっている。ただでさえ限界まで眠いのを我慢していて、完全に気が緩んだところでこの状況なので、余計にヤバイ。
「まずは話を・・・っと。あぁ、いけない。そういえば自己紹介もまだしていませんでしたね。失礼いたしました。」
少女はスカートをちょこんと摘んで優雅にお辞儀をする。
カーテシーというやつだ。
「わたしの名前はリリム=ヴェレイ=レギアルメナス この国を治めている者で・・・・・へ?」
リリムと名乗った少女は驚いて目を見開いていた。無理もないだろう。未だ自己紹介の途中であり、しかも相手は混乱の極致にあるはず。
だというのに、リリムの目の前に立つ青年は。いや、立ったまま青年は明らかに眠っていた。
「すぴー・・・すぴー・・・」
「え・・・?あの・・・え・・・・・・っと?」
今度はリリムが混乱の極致に陥った。一体何が起きているのかわけがわからない。
何故彼は立ったまま寝ているのか。いやそもそも立ったまま寝られるものなのか?
いやいや、そんなことはどうでもいい。重要なのはこの状況で彼が寝てしまったということだ。勿論こんなことは今までになく、どう対処すべきか検討もつかない。
「プッ・・・姫様。どうやら勇者様はお疲れのご様子ですし。一度客室に連れていき目を覚まされた時に改めてご説明なさってはいかがでしょうか?」
「そ、そうね。ありがと。 ていうかジオニス。今笑わなかった?」
「滅相もございません。」
ジト目で追求してくるリリムをしれっとした顔でかわすジオニスと呼ばれる老紳士風の人物。どうやら彼は執事のような立場の人物のようだ。
「ではお前たち。勇者様をお部屋に運んでください。なるべく起こさないように優しくお願いしますよ。」
「かしこまりました。」
複数人のメイドのような姿をした女性たちに運ばれていく奏翔。しかし起きる気配は全くない。
(やれやれ・・・ どうやら随分変わった方が召喚されたようだ。)
未だ混乱が解けきっていない様子のリリムをチラリと見て、また「プックク・・・」とこっそり笑いながらジオニスは心の中で呟いた。
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目が覚めると、またも見覚えのない景色が広がった。
「知らない天井だ・・・」
定番のボケをかましつつ、身体を起こす奏翔。
どれくらい寝たのかは分からないが、すこぶる身体の調子が良い。
目を落とすと自分が今横たわっていたベッドが見える。かなり質が良さそうなベッドでありそれこそまさに西洋の王族が使いそうな作りであった。おそらく快眠の理由はこのベッドであろう。
「おはようございます。お目覚めですね。」
快眠の原因を究明していると、近くからそう声がかかった。
そちらのほうへ目線を向けると、先程意識をぶっ飛ばす寸前まで目の前に居た謎の超絶美少女がソファに腰掛けており、その近くには執事風の出で立ちをした老紳士が立っていた。
「あ・・・、えっと?おはよう、ございます?」
快眠特化のベッドのおかげで眠気はなくなったが、困惑は残ったままなために、語尾にちょいちょい疑問符が付いてしまう奏翔。
だが、奏翔がそんな心情になるのも無理はないとばかりに困ったようにリリムは微笑み、先程の続きをするべく話し出す。
「こほん、改めまして。わたしの名前はリリム=ヴェレイ=レギアルメナス この国を治め、女王という役割を担っています。こちらはジオニス=マークティル。わたしに仕える家臣の一人です。」
見る者全てを陶然とさせてしまいそうな微笑みを浮かべなからリリムはそう言った。
紹介されたジオニスという老紳士は、スッと頭を下げ礼をした。
奏翔はそれを見て「…どうも」と礼を返しはするものの、どこか心此処似あらずといった表情で辺りを見回す。
現在、奏翔は自分の身に起きた事件の内容を頭の中で処理しているところである。
といっても、状況から見て考えられる答えなどそう多くはない。
というか、「ありえない」とは思いつつも頭の中の予想で一番オッズが高いのは、そう
『異世界召喚』である。
改めて言うが、奏翔はオタクというやつである。
ならば当然のこと、ラノベやネット小説なんかで異世界召喚モノの話はいくつも読んだし、「もし自分が召喚されたら」なんて妄想もしたことはある。
だがしかし、実際に起きたとなると「信じられない」という気持ちがやはり強く、実はまだ夢を見ているんじゃないかと思うくらいで、さっきからほっぺや内ももを思いっ切りつねったりしている。超痛い。
「貴方様にご説明しなければならないことが多々あるとは思うのですが、その前によろしければ貴方様のお名前を教えていただけませんか?」
奏翔が急に自分を痛めつけ始めたのを見て止めに入るべきと思ったのか、リリムがそう聞いてきた。
「…いいですよ。俺の名前は蓮生 奏翔 あ、いやこっちだとカナト=レンジョウ・・・になるのかな?」
異世界なのだし。と奏翔はそう心の中で付け足した。
「カナト=レンジョウ・・・レンジョウ様ですね!では早速ですがレンジョウ様、現在、レンジョウ様の身に何が起きているのか、ご説明させて頂きたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いします。っていっても大体想像は付きますけどね。」
テンプレのパターンであれば、魔王やらなんやらの悪の存在からこの世界をお救いくださいー!という流れになるはずだ。
もちろん、絶対にそうなるとは言い切れないのでちゃんと説明は聞きたいところではあるけど。
「レンジョウ様は、既に現状をご理解されていらっしゃるのですか?」
リリムが少し驚いたように瞠目しながら問いかける。
「100%合ってるとは言いませんが・・・。ここは俺が居たのとは違う世界。俺をこの世界に連れてきたのは貴方か、もしくは神とかの超自然的存在。目的は魔王やら魔神やらの討伐。といったところかなって思ってます。」
話し終わったところでチラリとリリムの方を見るが、リリムも、隣に立つジオニスでさえ少々苦い顔をしていた。
大体合ってるだろうという自信の元、予想を発表したのだけど、もしかして大ハズレだったのかな?と超恥ずかしい気分になってくる奏翔であった。
「レンジョウ様はすごいですね。ほとんどレンジョウ様の予測通りです。」
リリムがパッと表情を変え、にこやかに肯定の意を示してくる。
ほとんど合っているらしい。じゃあなんでさっきは苦い顔をしていたんだろう?と気にはなったが、その辺りも後で聞けばいいかと一旦後回しにすることにした。
「レンジョウ様の仰るとおり、レンジョウ様をこの世界へ召喚したのはわたしたちです。そして、召喚した理由を話すと共に、レンジョウ様には深く謝罪しなければならないことがあります・・・。」
「謝罪、ですか?」
「はい、まずはこちらの勝手な都合で貴方様をこちらの世界へ連れ込んでしまい申し訳ございません。レンジョウ様にもご家族やご友人が居て、またレンジョウ様ご自身の生活もあったことかと思います。しかし我々はそんなレンジョウ様を無理やりこの世界へ引き込みました。これは最早誘拐だと罵られても言い訳のしようもありません。」
申し訳なさそうに、深々と頭を下げ謝意を示しながら話すリリムに、奏翔は少々呆気に取られる。
だが、確かに考えてみればそうだ。リリムの言っていることは正しく、本来であれば普通に生活してるだけの一般人をどこともしれない場所へ引き込むのは十分におかしな話ではある。
間違っていることがあるとすれば・・・
「俺はそこらへんはあんまり気にしてませんよ?」
「・・・・え?そ、そうなのですか?」
そう、奏翔は召喚されたことに対する忌避感は持っていなかった。
先程までは困惑が大きく借りてきた猫のような大人しさを見せていたが、大分落ち着いてきた現状もあり、奏翔とて一介のオタクである以上は『勇者召喚』という日本国民なら誰もが一度は夢想する出来事(※個人の価値観です)にテンションが上がってきている。
「えぇ、家族もいるにはいるけど、基本的に旅に出たまま帰ってこないのでずっと一人で生活してましたからね。友人も、まぁたまに遊ぶ奴は居ましたけど会わないなら会わないでそれほど問題でもないですし。」
「ず、ずいぶんとドライなのですね?」
「そうですね。きっと血筋だとは思いますけど。」
数年前に旅に出たっきり帰ってこなかった両親のことを思い出して奏翔は苦笑する。
生活費などは事前に知らされた口座にきちんと振り込まれていて少なくとも元気でやっているんだろうことは分かっていたのでそれほど心配でもなかった。
ちなみに、奏翔の家族構成は父、母、姉、自分であり、姉は家を出てひとり暮らしをしている。
強いて言うなら今後両親が帰ってきたり、姉が帰省した時家に誰も居ないのが問題ではあるのだが、その時はその時であろう。
(多分俺も旅に出た扱いになってんだろうな・・・)
あの家族ならそういう解釈をしてあんまり気にしないだろうなぁと思いながら遠い目をしていると、リリムが続きを話し出す。
「例えレンジョウ様が気にしていないと言ってくださっても我々がやったことが帳消しになるわけではありません。ですので、この世界でのレンジョウ様の生活などは全面的に保証すると共に、必ず元の世界へお戻りいただけるようにも致します。」
「え?元の世界に戻れるんですか?」
奏翔は心底驚いた。大抵こういう話では一度召喚されてしまうと二度と戻れないことが多いからだ。
「術式自体はあるのです・・・ただ、古代の術式でして、抜けている部分も多く、完成に仕上がるにはかなりの時間がかかるかと思います・・・申し訳ありません・・・。」
なんと、今すぐとは行かずとも、帰る手段も既に手に入っているという。召喚モノにしては中々に至れり尽くせりである。
「あぁ、さっきも言いましたが気にしてないですし、むしろ目的が済んだ後はこの世界を旅でもしてみようかと思ってるくらいなので頭を上げてください。」
超ド級の美少女に全力で頭を下げられているという状況にいたたまれない気持ちになってきておろおろとしだす奏翔。
ちなみに、先程から一言も発さず空気になっているジオニスだが、存在感がないというよりは会話の邪魔にならないように意識して気配を消しているという印象を持つ姿勢で佇んでいる。
「・・・ありがとうございます。お優しいのですね、レンジョウ様は。」
困ったような、でも少し救われたような笑みを浮かべるリリム。
そんなリリムの笑顔を見て、なんだかドギマギとした気持ちになってくる奏翔。美人に対する耐性はあんまりないので仕方ない。
「…まぁ、貴女みたいなめちゃめちゃ可愛い子にひたすら謝り続けられたら逆にこっちがいたたまれなくなりますからね。」
若干デレッとした格好でそう返した。
奏翔の返しを聞いたリリムは一瞬だけホケっとした後に、徐々に顔を赤くしていき
「も、もう!からかわないでください!」
と、まさに「照れています!」と言わんばかりの反応を見せた。
奏翔にからかっているつもりはなかった。こんなにも美人なリリムであるから、褒め言葉なんて言われ慣れているものだと思っていたが、違うのだろうか?
ふと、一瞬だけ首筋がチリッとした謎の感覚に襲われ、視線を巡らせると、先程までずっと空気だったジオニスが若干瞳孔が収縮した目でこちらを見ていた。地雷を踏み抜いたのかもしれない。
「あ、あ~、えっと、話を戻しましょうか。元の世界の話が終わったとすれば後はこの世界での目的の話ですかね?」
露骨な話題転換である。リリムが若干訝しそうにしつつも、話が脱線していたことを自覚し、先程の話題に戻るために一度深呼吸しつつ口を開く。
「そ、そうですね。・・・ふぅ。レンジョウ様を召喚した理由は、わたしたちに力を貸して頂きたいからです。」
「というと、勇者として召喚されたということからして、やっぱりこれから修行して強くなって魔王を倒したりすれば良いんですよね?」
サラリと言った奏翔だったが、リリムはその言葉を聞いて表情を曇らせる。また何かあるのだろうかと奏翔が訝しんでいると、リリムはその薄い唇を震わせ、話し始めた。
「それについてもまだ話してないことがあります。」
(話してないこと・・・とは何だろう?さっきも理由のところで苦い顔してたけど。もしかして魔王っていう存在はいなくて、もっと別の巨悪的なものと戦ってくださいってことなのかな?)
奏翔が頭の中で予想を立てていると、リリムは信じられない一言を口にした。
「魔王はわたしです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「魔王とはわたしのことなのです。ここは魔大国レギアルメナス。わたしは第44代目魔王リリム=ヴェレイ=レギアルメナスです。」