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06 その吸血鬼、初めてのデートで求婚す

「いい朝だな」


 雲一つない晴天の下、イヴは太陽を仰ぎながらそう思った。

 吸血鬼なのに日光とか平気なのかよ――と思わなくもないが、今更だ。


 日光やニンニクに弱いのは、あくまで旧世代の吸血鬼であり、様々な種族と交わった末の、新世代の吸血鬼であるイヴにとって、それらは何の弱点にもならない。

 ニンニクとか大好物だし、日光浴とか超気持ちいい。


「絶好のジョギング日和だな。早起きは三文の徳とは誰の言葉だったか」


 時間は早朝七時――運動用のジャージ(店員に言われるまま買ったのでおしゃれ)に身を包んだイヴは、自宅から三キロほど離れた場所を、現在絶賛ジョギング中だ。

 スポーツキャップをかぶって、ペットボトル片手に、タオル装備で走るイヴは、どこからどう見てもスポーティな好青年である。

 その好青年が、まさかある意味ストーキング中だとは誰も思わないだろう。


「においからすると、あそこか?」


 イヴの見つめる先には、マンションの一室がある。


「うん、間違いない。俺の血はあそこからにおっている」


 昨夜の戦闘でついた自身の血液のにおいが、あの一室からにおっている。

 ベランダには勝負下着っぽいブラジャー(大きい)とパンツが干されている。


 においとブラジャーの大きさから考えて、間違いない。

 お目当ての人物は、あの一室に住んでいる。

 そう確信を持ったイヴは、ゴミ捨て場の状況を確認……よし、大丈夫だ。空っぽだ。彼女どころか、マンションの住人の誰一人として、まだゴミ出しに来ていない。


「状況確認完了。さて、どこに隠れようか」


 少し迷った後、イヴは近くの公園の遊具内に隠れた。

 半円形のドームに穴が開いてるアレだ。子ども以外だと家出少年だったり、ダンボールを自由自在に操り世界を渡るダンボールマスター(ホームレス)が利用するイメージがある。


 イヴはそこに隠れ、ひそかにゴミ捨て場を観察する。

 クロさんは、まだだろうか?――隠れてから十分も経過したころイヴはそう思った。

 クロさん、出てきてくれないかな?――隠れてから二十分後、イヴは警察官に職質されていた。朝っぱらからこんなところに隠れた大人がいたらそうなるよね!

 クロさん、もう出てきてくれよ――隠れてから三十分後、職質でメンタルをやられたイヴは疲れ気味にそう思った。

 っていうかクロはマジで大丈夫なの? もう七時三十分過ぎてるけど、そろそろ出さないとやばいよ? 回収車来ちゃうよ? 一週間ゴミ出せないとか汚部屋化待ったなしじゃない? イヴ呼べないじゃん、どうすんだよ?


「あ……」


 四十分が経過したころ、マンションの入り口から、眼鏡をかけた地味な女性がくるのが見えた。

 クロだ。見た目は地味だけど、中身のゴージャスさが滲み出ている。


 スーパーモデルのような高身長、服の上からでもわかる巨乳、そして何より、彼女の身体からにおう血のにおい。間違いない。

 イヴはペットボトルの中身を、軽く顔につけて汗を演出すると、遊具を出て彼女のもとへと向かう。


「クロさん」

「え。イヴさん?」


 やはりクロだった。

 突然名前を呼ばれたクロは、呆けたような顔でイヴを見ている。


「おはようございます、クロさん」

「あ、おはようございます、イヴさん。どうしたんですか、こんなところで?」

「日課のジョギング中です。たまたまいつもと違うルートを通ったらクロさんの姿が見えたので、思わず声を」

「まあ、そうなんですか? それはすごい偶然ですね。なんか運命感じちゃいます♪」

「ええ、俺も、そう思います」


 笑顔で顔話を続ける二人――傍から見ていい雰囲気である。


「あの、イヴさん、どうでしょう? 私の家すぐそこですし、よかったら寄っていきませんか? こ、今後のこととか、お話ししたいです」

「いいんですか? そんな簡単に部屋に上げてしまって」

「いいんですいいんです! だってイヴさんは私の、その……ね? ね?」


 言わなくてもわかりますよね――と、チラチライヴに視線を送るクロ。

 初々しくてすごく可愛い。


「そ、そうですね。では、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます」

「……はい、では、どうぞ」


 ニコニコの笑顔でイヴをエスコートするクロ。


「あの、イヴさん、よろしかったらなんですけど、その……」

「はい?」

「その、手を、つなぎませんか? よ、よかったらでいいんですけど」

「ええ、俺で良ければ、是非」

「わあ……」


 お願いを聞いてもらえて、クロさん感無量である。

 本当に嬉しそうにニコニコ笑っている。

 イヴは、その笑顔をこれから曇らせてしまうことに、若干の罪悪感を覚えた。


「それじゃあ、イヴさん。行きましょう」

「ええ、クロさん……痛っ!?」


 クロに手を引かれたイヴが、突然そんな声を上げる。


「ど、どうしたんですかイヴさ……え? ど、どうしたんですかその腕の傷!?」


 クロと手をつないだ側のイヴの腕から血が出て、ジャージの袖を赤く染め始めている。


「気にしないでください。昨日あの後仕事があって、そこでちょっとやらかしちゃいまして。引っ張られたときに傷口が開いちゃったみたいですね」

「ご、ごめんなさいっ! そ、その、大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫です」


 ――慣れていますから。


     †††††


「えーと、えーと……救急箱どこだったかな?」


(やっぱり、いい人なんだよな)


 救急箱を探してドタバタと探し回るクロを見て、イヴは素直にそう思った。


「あ、どうぞ上がって奥で待っててください。テレビ、つけておきますね」


 クロに言われた通り、イヴは部屋の中に上がり、奥の部屋で待機。

 朝の連続テレビドラマが始まったので、ボーッとそれを眺める。


 別の部屋から「あー朝ドラ始まっちゃった!? 見たいけど、でも、クロさんのケガのほうが先だよ! 見たかったら急いで探し出せ、私!」という声が聞こえてくる。

 やっぱり彼女、すごくいい人だなーとイヴは思った。

 そして少し――いや、だいぶ抜けている人だなーとも思った。


 昨晩、彼女が盗み出した絵が、無造作にテレビの下に置かれている。めっちゃ高い絵なのに扱いが雑! 怪盗的にこれでいいの!? せめて飾れよ!

 それに昨日着ていたボディスーツと仮面ちゃんとしまえよ! 救急箱探す前にちゃんと隠せよ! 部屋干しするのはわかるけど客に見せるな! バレるぞ!


(この状態で、俺を家に上げるか?)


 そうこう考えているうちに時間は過ぎる。


「あった! ありましたっ! お待たせしましたイヴさん! 腕を……あ、終わっちゃったんですね」


 クロが来た瞬間、ちょうど朝ドラが終わってしまった。

 よほど見たかったのか、少しだけ落ち込むクロだったが「ま、まあいっか! 昼の再放送を見ればいいし!」と、すぐに立ち直る。

 朝ドラが終わったテレビからは、ニュースが流れ始めている。


「それではイヴさん、腕を出してくださ――(昨晩、国立美術館から、近日公開予定だった絵画、【原初の晩餐】が【風害】によって盗み出されました)――あの、イヴさん?」


 イヴはクロの言葉に反応を見せず、じーっとテレビを見比べている。


「クロさん、この絵は? どこかで見た覚えがあるんですけど、気のせいかな?」

「あ、それはですね、その……あの…………わ、私が書きました! なのでそれは、えっと、絶対に間違いなく気のせいだと思いますっ!」


 ――ちなみに、盗まれた【原初の晩餐】がこちらです。


「……………………」

「……………………」


 テレビの下の絵と完全一致している。


「な、なるほど。では、そこに部屋干しているボディスーツと仮面、あれは何ですか?」

「や、やだなあイヴさん、知らないんですか? あのボディスーツは……うーんと、あ、ホットヨガに使う道具ですよ! 機密性が高いから発汗効果が期待できるんです!」

「仮面のほうは?」

「もちろんホットヨガで使います! 密着するから顔もしっかり汗が――」


 ――今回、偶然ですが、一枚だけカメラが【風害】の姿を捕らえました。その写真がこちらになります。


「……………………」

「……………………」


 部屋干し中のものと完全一致している。


「ひ、秘密を知られたからには殺すしか!」

「もうちょっと騙す努力しましょうよ! っていうか、他人を家に上げる前に片付けてくださいよ! 明らかに見られちゃまずいものですよね!? あれとこれ!」

「は、はい……」


 イヴの的確なツッコミにクロがしゅんとする。


「まったく、救急箱を探す前にやることがあるでしょう? どうして隠さなかったんですか?」

「だ、だって……イヴさんが痛そうだったから……。隠さなきゃいけなかったけど、頭の中からスッポリ抜け落ちちゃって……」


 やっぱり、すごく良い人だなあこの人。

 そんなことをイヴが思っていると、クロが突然泣き始めた。


「ク、クロさん? 急にどうしたんですか!?」

「う、ううっ……だ、だって、だってええぇぇぇ……イヴさんに、イヴさんに私の正体がバレちゃったんですもん……。絶対バレちゃいけなかったのに、誰にも知られちゃいけなかったのにいいぃぃぃぃ……」


 大粒の涙を流しながら、ボロボロと泣き始めるクロを前に、さすがのイヴも困惑する。


「うわあああぁぁぁん! せっかく、せっかくいい人が見つかったのに! この人となら幸せになれると思ったのにいいいぃぃっ! 私の、私のドジのせいでイヴさんを殺さなくちゃいけないなんてええぇぇぇっ! そんなの嫌! 嫌だよおおぉぉぉっ!」

「クロさん! ねえクロさん! ちょっと、ちょっと落ち着いてください! 俺は別に誰にも言いませんから! ね? だから泣き止んでください!」

「だ、だめなのぉ……オングルと約束してるからぁ……。約束は絶対裏切っちゃいけないのぉ……。イヴさんを殺さなくちゃいけないのぉ……うわあああああぁぁぁん!」


 感極まったのか、普段隠している耳と尻尾まで出して、わんわんとクロは泣き続けている。


「クロさん、大丈夫です。本当に大丈夫だから」

「だめなんです……だめなんですよぉ……」

「いいえ、大丈夫です。秘密がバレたから殺さなきゃいけない――わかりました。でもね、それは絶対にできないんですよ」

「え、どういう意味ですか?」

「こういうことです」

「イ、イヴさんっ!」


 突然、イヴはテーブルに置いてあったボールペンを自身の胸に深々と突き刺した。

 心臓の位置だ。普通の人間なら確実に死んでいる。


「いやああぁぁぁっ!? イヴさんが、イヴさんが死んじゃ………………あれ?」


 心臓を貫いたイヴは、先ほどと変わらぬ表情でピンピンしている。

 泣き続けるクロを、温かな眼差しでじっと見ている。


「ね。大丈夫でしょう?」

「どういう、こと?」

「クロさん、俺も貴女と同じ【青血種】なんです。種族は吸血鬼――なので、老い以外で死ぬことはまずありえません。このように心臓を貫かれようが、バラバラに切り刻まれようが、黒焦げになるまで燃やされようが、絶対に死なないんですよ」


 だから、俺を殺すことはできないんです。


「ちなみに、昨日の警備員、実は俺だったんです。変身能力を使った上に、変装していたのでわからなかったと思いますが……ほら」

「あ!」

「昨日、この姿でも言いましたけど、俺の仕事は荒事専門のエージェントです。このことは、本来誰にも言ってはいけないこと……なので、知られたからには俺もクロさんを殺さなくちゃいけない。でも、俺もそんなことはしたくない、絶対に。そんなことをしたら、あの戦場に逆戻りだ。また婚活から始めるなんてまっぴらごめんですよ」

「どういう、ことですか?」

「任務なんですよ。結婚して、幸せな家庭を築くというのが、今度の仕事の一環なんです。【バベルの果実】に潜入し、教団が行っている悪事を暴くためのね」


 打ち明けてはいけないはずの真実をイヴは語った。

 エージェントにあるまじき行為だが、そうすることが正しいと信じて。


「クロさん、すいません。実はあなたとの結婚は任務のためだったんです。黙っていて申し訳ない」

「いえ……私も、似たようなものですから」

「どういう意味ですか?」

「私、いえ、私たち【風害】も、【バベルの果実】への潜入を目的としていたんです。かの教団が持つ、【大天使の生き血】っていう伝説のお酒を盗み出すために、幸せな家庭を築こうとしていたんです。【バベルの果実】は、幸せな家庭を狙い、信者を増やすそうですから」

「そうだったんですか……。俺たちは、ある意味共通の目的で行動していたんですね」

「そうですね。またまた運命を感じちゃいます……」


 イヴとクロは見つめ合う。

 そのまま時間だけが過ぎ、やがてイヴが口を開いた。


「クロさん、俺たちはお互い、絶対に知られてはならない秘密を知ってしまった、故に、お互いの口封じをするべきだと思います」

「そ、そうですね…………」

「そこで、俺はこの上なく強固な口封じをしたいと思います。あ、もちろん、命のやり取り以外でですよ」

「こ、この上なく強固な口封じですか!? 命のやり取り以外で? それってどんな……」

「少し考えればわかるかと」

「え、そうですか? うーん」

「ヒントをあげましょう。クロさん、俺はさっき任務のためにあなたと結婚するつもりだったと言いましたが、実は、私情も少しだけ入っています」


 幸せになりたい。

 幸せな家庭が欲しい。

 この想いは、任務ではない。


「……貴女も、俺と同じだったら嬉しい」

「イヴさん……」

「もう、わかりましたよね。口封じがどんなものか」

「はい、伝わりました……」


 イヴがクロの手を取った。

 頬を赤らめつつ、クロがイヴを見つめ返す。


「クロさん、今すぐ結婚しましょう。仕事の一環ではありますが、俺は貴女と幸せになりたい」

「イヴさん、今すぐ結婚しましょう。仕事の一環ですが、私も貴男と幸せになりたい」


 二つの影が一つになる。

 イヴとクロ、二人はこの瞬間、少しだけ幸せになった。

ポイント、ブクマ等、応援よろしくお願いします。

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