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04 その吸血鬼、しぶしぶ任務に出る

「たっだいま~♪」


 家に帰ったクロは踊りながら自分の部屋に移動すると、服も着替えぬまま思いっきりベッドへとダイブした。


「うふふふふふ♪ むふふふふふふふ♪」


 笑顔の先にあるのは、先のパーティーでイヴからもらった名刺である。

 クロはそれを眺めながら「やったー、やったよ私―」とか、「人生初彼氏ゲットだよー」とか、言いながら、そのたびに枕に顔をうずめてキャーキャー言いつつ足をバタバタさせている。


 初彼氏に喜ぶ中二女子か。

 畜生、かわいいなこの二十七歳。


「こんな、地味で冴えない大女な私でも彼氏ができるんだなー。くぅ~嬉しいっ! この世のすべてが輝いて見えちゃうよ~♪」


 嗚呼、素晴らしきかな我が人生!――と言いながら、ベッドの上で転がりつつ、一人二役でミュージカルまで始めてしまう勢いの二十七歳なオフィスレディさんである。

 貴女のことをもっとよく知りたいと言っていたイヴがこの姿を見たら、いったいどう思うのかな?

 たぶん「やっぱりこの人可愛いな」としか思わないだろうね!


 最も、見られた時点でクロはパニックを起こすのでその想いは届きそうもないが。

 黒歴史を見られると人は精神的に死にます。


「オォ~、イヴさ~ん♪ オォ~、イヴさ~ん♪ 愛し~の、貴方~はぁ~(TRRRR……)あ、電話」


 いよいよテンションが最高潮になり、一人オペラを始めたクロのもとに一本の電話がかかってきた。

 電話の相手はオングル。

 職場の同僚にしてクロの親友、そして……いや、今はまだ語るまい。


「聞いてオングル! 私、彼氏ができたよ!」


 電話に出るなり、クロは前のめり気味にオングルに伝えた。

 もちろん、この時のクロの顔は若干のドヤ顔である。


『え、マジかよ? いったいどこで?』

「この前言った婚活パーティーだよ。数百人規模の、すっごい大きなやつ」

『ああ、そういや行くって言ってたね、お前。マジで行ったんだ』

「そうだよー。そのパーティーからさっき帰ってきたところなの」

『で、彼氏ゲットできて絶賛浮かれてるってわけか』

「うん、そういうこと。オングル……恋って素晴らしいね!」


 恋なんて、男なんて!……と、クロが言っていたのはいつだったか?

 オングルは親友の変わりっぷりに苦笑するとともに、少し心配になった。


『そっか、まずはおめでとうクロ。お前の人生初彼氏ができたことを心からアタシは祝福する』

「えへへ~ありがとう。オングルも早いところ見つけるといいよ~♪ オングルって胸は小さいけどスタイルいいし、美人だし」

『一発殴るぞ。この色ボケデカ女』


 調子に乗ったクロにオングルは少しキレた。

 胸が小さいのを気にしているらしい。


『ったく、初彼氏ができて浮かれるのはわかるけど、その彼氏、変な男だったりしないよな?』

「失礼な! いくらオングルでも許さないよ!? イヴさんはちょっと背が低いけど、赤毛で高収入なイケメンです! パンツとかかぶってませんっ!」

『そういう意味じゃねーよ』

「絶対真面目な国家公務員ですーっ! 国のお金をちょろまかして、SMクラブで豪遊とか絶対してませんーっ!」

『だからそういう意味じゃねーって言ってるだろ!』


 国の金でSMクラブ――もしも本当だったらこの国やべえなとオングルは思った。


『クロ、あんたそのイヴって男に騙されてないだろうね?』

「うーん、たぶん大丈夫。イヴさんすっごいいい人だし」

『今日初めて会った人間が、どうしていい人だってわかるんだよ?』

「それはそうだけど……でも、なんとなくいい人だってわかるの! 私の感がそう言ってるの!」

『お前の感ほど信じられないものってないんだけど……。この前仕事中に道に迷って、行き止まりに行きついたのって誰のせいだっけ?』

「あれは、その、結果的になんとかなったし、いいじゃない!」

『行き止まりの壁をぶち抜いてな。お前は自分が頭脳キャラじゃなく、パワーキャラだということを自覚しろ』


 オングル、容赦ない。


『とにかく、いい人だと思うのは勝手だけど、全面的に信用するんじゃないぞ。アタシらにはデカい秘密があるんだから、それを忘れるんじゃないよ?』

「わかってるわかってる。この秘密だけはイヴさんにも言う気はないよ。なにか聞かれても上手くごまかすつもりだから」

『それならいいけど……でも心配だな。お前、嘘つくの下手だし、騙されやすいし』

「た、たしかにそうだけど、バカにしないでよね、オングル! ちゃんと騙してみせるんだから!」

『はいはい、ま、そうなったらせいぜい頑張ってくれ』


 オングルが電話向こうで手をヒラヒラさせているのがわかる。

 親友のリアクションに、イヴは不満そうに頬を膨らました。


「ところでオングル、何で電話かけてきたの? 今日は会社休みでしょ?」

『はぁ!? なにってお前、忘れてたのかよ!?』

「忘れてた? ……えっと、ごめん。今日って何か約束してたっけ?」


 思い出そうとするが、何も浮かんでこない。

 何だろう?

 ご飯の約束かな?


『予告状だよ、予告状! この前出しただろ!』

「あ!」


 クロの口が真ん丸に開く。

 ヤバイ、マジ忘れてた、どうしよう……。

 クロが金魚みたいにパクパク口を動かす。

 これはヤバイ、マジヤバイ……いや、まだ希望はある。


「……オングル、予告状の時間まで、あとどのくらい? 一時間?」

『十分だよ』

「ああああああああ!?」


 イヴは急いで服を脱ぎ棄て黒装束に着替えると、隠れた引き出しから仮面を取り出し、窓から外へと躍り出た。


     †††††


 夜――美術館。

 芸術を鑑賞する場にふさわしくない人間が、ふさわしくない装備を用いて、ふさわしくない自分たちを待ち構えている。


『おーおー、アフターファイブは過ぎているってのに、ご苦労なことで』

『あの人たちってちゃんと残業代出てるのかな? サービス残業とかじゃなければいいんだけど』

『安心しな。この国の警察は八時間交代制が徹底されているよ。シフト決めて出勤しているから、そもそも残業がないんだ。……アタシらの会社と違ってな』

『うう……少しでいいから残業代出ないかな?』


 ホワイトな就業環境にある国家公務員たちと、自身の表の仕事を比較し、オングルとクロは軽く落ち込んだ。

 やる気とか根性とかで、サービス残業を奨励するブラック企業は滅べばいいのに。


『ま、それはそれとして、こっちの仕事の話をしようか』

『……そうね。表の話なんて気が滅入るもん』


 眼下に広がる警察官の海を見下ろしながら、二人は情報整理を始めた。

 今回のターゲットは明日展示予定の名画――【原初の晩餐】。


 この絵はもともとモスク連邦の資産家の家に飾られていたが、一年前にその資産家の一家が不審死してしまい、遺産がオークションに出品されていたのをリバーランドの美術商が買い付け、この美術館に持ち込んだとされている……表向きは。

 真相は、件の資産家に買い取りを断られた美術商が、腹いせ&希少価値の高い絵画を手に入れるために一家を始末し、幾多のカムフラージュを経てここに持ち込まれた――。


『そういった経緯で持ち込まれた曰くつきのブツだから、儲けられる前に盗み出して天罰を下そう――ってわけね』

『そういうこと。クロ、説明は以上だけど、何か質問は?』

『特になし』

『よし、それじゃ行こうか。……ったく、どこかの誰かさんのせいで予告時間ギリギリだよ』

『ごめんごめん。オングルに今度イヴさんの友達を紹介してもらうよう頼んでみるから許して?』

『クロ、あんま調子こいてるとぶん殴るぞ?』

『すいませんでしたっ!』

『それはそれとして、そのイヴさんとやらに打診はしてもらえる? アタシも国家公務員の彼氏欲しい』

『おい、相棒』


 実はクロが羨ましかったオングルさんである。

 恥を忍んで正直に本音を告白するも、件のイヴさんに友達がいないことを、この時の彼女はまだ知らなかった。


 国家公務員の彼氏、イケメン高収入――そんな妄想に頭の片隅を支配されながらも、速やかに、スマートに。

 オングルとクロは影となり、風となり、誰にも気づかれずに美術館の屋上へと移動する。


 闇に紛れて暗躍する、正体不明の怪盗団――それが彼女たち。

 巷では【風害】と呼ばれている。


『今の私は力に満ちている! 最近はわりと力技で盗むことが多かったけど、今日こそは華麗に、スマートに、荒野を駆ける一迅の風のように盗んで見せるんだから!』

『遅刻ギリギリで、すでにスマートじゃないけどな。ま、頑張りなさい』

『もちろん! 今日は私に任せなさいっ!』


     †††††


 一方そのころ――。


「なんとか間に合ったみたいだな」


 イヴである。


「婚活パーティーから帰ったばかりというのに仕事、か。一息くらいつかせてほしいもんだがな」


 帰宅するなりボルドーから連絡が入り、イヴは休む間もなく出勤となった。

 同じ国家公務員でも、警察と違いエージェントは完全にブラックのようである。


「クロさんにメールくらい送りたかったんだけどな。まあ、仕方ないか」


 時計を確認しながら、そんなことを考えるイヴ。

 気を取り直して本日の仕事に集中する。

 ボルドー曰く、本日の仕事は、『怪盗団から絵画を守ること』。


 その怪盗団とはもちろん、【風害】のことである。

 イヴは一般警備員を装い、獲物の前でただ一人、現在絶賛警戒中だった。


「しかし、要人警護ならともかく、対泥棒の警備なんてショボイ仕事、いくらブツが名画とはいえ、わざわざ俺がやる必要なんてないように思えるんだが」


 そう反論はしたのだが、ボルドー曰く、


「怪盗団にはとんでもねえ腕利きがいる。俺の予想じゃあ、メンバーはたぶん【青血種】だ。俺やお前のお仲間だな」

「………………本当か」


【青血種】とは、イヴやボルドーたちのような亜人族が、同じ亜人を指すスラングのこと。

 吸血鬼、人狼、淫魔、その他大勢の亜人種を、人の姿を持つ仲間――青い血を持つ(人とは違う)別種族――という意味の、彼らだけに伝わる共通の言葉だ。


「たぶん、お前クラスのエージェントじゃなきゃ、何もできずに終わるだろうよ」


 もしも本当にそうだとしたら、ボルドーの言う通りだろう。

 この場を囲む警察や、自分以外の警備員など、何の意味もない。

 ボルドーの言葉を思い出し、イヴは気を引き締めなおした。


「えーと、今回の敵はたしか【風害】。何で【風害】って呼ばれているんだったか……」


 絵画の前に立ち、ボルドーとの会話を思い出してみる。


『イヴ、気をつけろ。今回お前の相手になる【風害】だが、俺が調べたところかなりヤバいぞ』

『ヤツらの二つ名、【風害】は伊達じゃない』

『ヤツらは盗みを働く際、必ず――』


 ――バゴオオオオォォォオオオォォッン!


「ッ!?」


 考え事の途中、目の前にあった厚さ三十センチはあろうかという金属製の扉が、ド派手な衝撃音とともに弾け飛んだ。

 続いて、気絶した十数人の警備員、および警察官が、次々と室内に投げ込まれていく。


『必ず、とんでもない速さと馬鹿力で、現場を滅茶苦茶にして、お目当ての宝をかっさらっていくそうだ』


「……ボルドーの言ったとおりだな」


 瞬時に作られたこの世の地獄を見て、イヴはそう呟いた。

 気絶した人の山の向こう側、ぶち壊された扉から仮面をつけた黒装束の女が入ってくる。


『華麗に、スマートに』


 どこが華麗でスマートなんだ。

ポイント、ブクマ等、応援よろしくお願いします。

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