無法者たち①
エレルロッド領のおよそ中央に位置する首都バルマース。そこからアルソンの町へ続く街道は、いまだ人の手のつかない森をはしる道だった。しかしながら道幅は広くよく整備されており、双方の商人たちは限られた護衛をつけて、この道を行き来していた。
日は高く、あたりは陽気につつまれている。
「おい、君。もう少し急げないかね?」
ヘイドリン=ゲルは荷馬車から顔を出し、御者を急かした。もう何度目かの催促である。
「旦那、先程から申し上げているように、これ以上早足になれば回りがついてこれねぇですぜ。」
ヘイドリンたちの乗る馬車を筆頭に馬車がもう一台、こちらには貢ぎ物が満載されている。そして彼らの回りは、ハンターズギルドより遣わされた屈強なハンターたちが目を光らせていた。
「それはわかるが、先方を待たせるわけにはいかんのだ。大事な取引を不意にしてしまう。」
「そうならないために早くから出立したのでしょう。さあさ、もうしばらくしたらバルマースの城壁が見えてきます。大人しくしとってくんさい。」
ヘイドリンは「うぅむ」と唸る。そして荷馬車へは戻らず、御者の横に腰かけた。
「あっしの横へ来たって、町は近づきませんぜ?」
「見えないと余計に落ち着かんよ。」
御者はそばで腕組みするヘイドリンを見て、それ以上は何も言わなかった。
(この旦那は頑としたら聞かんからなぁ。)
ヘイドリンとしては、今回の商談はなんとしてもまとめたいところだった。
相手はバルマースのレイバーズキルドをまとめるチーフ=タウンバットである。
レイバーズキルドはハンターズギルドと違い、主に人足斡旋を生業にしている。ハンターが町の外での仕事を主とするように、レイバーと呼ばれる者たちは城壁の中にあって大工や荷運び、城壁の補修工事などありとあらゆるものを請け負った。
必然、腕っぷし自慢の者ばかりが集まるが、そういった荒くれ者ばかりだといってどこそこに派遣するわけにもいかない。
チーフという男は、そこを見極めるのが非常に上手かった。また顔も広かったため、馬鹿者に勤まらないデリケートな依頼も、どこそこから人を見つけては上手く立ち回らせて見事に成功させてしまうのだ。
「チーフ殿に気に入られれば、我が家も安泰すること間違いない。そうなれば都に住むことも出来るだろう。」
二人娘を持つヘイドリンとしては、彼女らには是非とも都会の学校で勉学に励み、いずれは自分の跡を継ぐものと結婚してほしいという夢があった。
「お嬢さんらが良くなるのは、あっしとしても望むところですがね。しかしあのチーフって男、もとはハンターだって噂ですぜ。のしあがるために随分汚ねぇ真似もしたとか・・・。」
「根も葉もない噂だよ、彼の成功を僻む者のな。それに・・・。」
御者へ顔を寄せた。
「ハンターに見切りをつけたという一点にしても、彼は評価に値するよ。」
辺りへ聞かれないように、そう囁いて自分達を囲むハンターへ目線を走らせた。
傷だらけなのは顔だけでなく、その装備も使い古された物だということがわかる。肌は浅黒く、目はギラリと鋭かった。
彼らのこういう風貌を見ると、本当に言葉の通じる連中なのかさえ疑わしく思える。
「・・・止まれ。」
ヘイドリンの馬車のそばに立つハンターが静かに言った。
「なんだ、ありゃ?」
御者も前方を見て呟いた。
彼らの進む先、街道の一部の色が変色している。
よく見るとそれは、丸太を四角く組んだなにかだった。道の至るところに点在したそれを、馬車で避けることは不可能たろう。
「あれは・・・。」
「待ち伏せだ!」
叫ぶと同時に全員が抜刀した。
丸太で組まれた馬止めの柵が持ち上がり、ヘイドリンたちの進行方向を完全に塞いでしまった。
森から黒装束の集団が現れ、わっとハンターたちへ群がった。
「この人でなし共が!!」
怒号を上げ、ハンターたちが迎え撃つ。
「『蠍』だ!!」
黒装束の衣装には、まさしく真っ赤な刺繍で蠍が施されていた。
近隣を騒がすこの連中は、商人や村を襲っては皆殺しにする悪党として有名だった。
それがいま目の前にいる。ヘイドリンは恐怖に震えた。
「ば、馬車を・・・!」
「あれじゃあ、どうにもできやせん!」
柵はしっかりと上げられ、もはや彼らの馬車が抜けられるような隙間は皆無だった。
「な、なにを・・・!?」
ハンターがばたりと倒れる。
その背に刺さる剣がずるりと抜け、血に染まった刀身が剥き出しになった。
見ると黒装束ではなく、ハンター同士の殺し合いが始まっているではないか。
「ぎゃっ!」
不意をつかれたハンターたちの断末魔が飛び交う。生き残ったハンターもなんとか応戦するが、もはや多勢に無勢だった。
決着はあっという間につき、血まみれになったハンターたちの骸が地面を染める。
血まみれ剣を手に持ったハンターが、ヘイドリンたちへ迫る。
「な、何故・・・なぜ、なぜ・・・。」
何故、裏切ったのか。
何故、殺すのか。
何故、自分は殺されねばならないのか。
何故、自分はここにいるのか。
様々な疑問が出てきては消えていく。
そのひとつにも納得のできる答えは見つけられず、それでも思考し続けねばならないという性が、ヘイドリンを支配する。
「・・・何故。」
御者の叫びを、どこか遠くに感じながらなおも呟いた。
1話くらい考えたから投稿しろって話ですわな。