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もう1人……?
朝、新品の靴を履いて家を出た。
履き慣れるまで多少の違和を感じるが、靴擦れさえ起こさなければ問題無い。
駅のホームへと向かい、いつも通りに電車に乗る。
黄色の派手目な靴は珍しいのか、たまにチラチラと視線を向けられていた。
いくつかの駅で止まりながら、会社のある終点へと向かう。
各駅で結構な人数が乗り込んでくるため、電車内は窮屈になっていく。
そして終点に着いたその時、不意の揺れで身体をよろめかせてしまった。
その際に、後ろにいた人に背中からぶつかってしまう。
俺はすぐに振り返って謝ろうとした。が、振り返ろうとしたその瞬間に、近くで「ドサッ」という音が聞こえた。
乗客に遮られてイマイチ確認できないが、どうやら人が倒れたようだ。
少しだけ気になったが、下車の流れに押されてそのまま改札口まで流されてしまった。
何者かは知らないけど、無事ならいいな。
誰かに謝りそびれたことすら忘れ、倒れた誰かを少しだけ気にかけた。
数日後。
今日は祖父母の家から出勤するため、いつも利用している駅よりいくつか先の駅から乗車した。
車内はすでに人が混んでおり、乗り込むのもやっとな状態だった。
そのまま電車に揺られながら、会社のある終点へと向かう。
そして終点に着いたその時、不意の揺れが起きて誰かが背中からぶつかってきた。
そのせいで体勢を崩してしまい、床に手をついて倒れ込む。
何だよまったく……などと文句を思い浮かべながら上半身を起こす。
そして……、乗客達の足の隙間から、異様に目立つ黄色の靴を見つけた。
履き慣れていなさそうな新品の靴は、記憶に新しい自分の靴と酷似していた。
いや……、酷似なんてレベルではない。俺の履いている靴そのものだった。
その靴の持ち主は、下車の流れに乗ってそのまま姿を消した。
あれが誰かは確認できない。
けれど、もしかしたらあれは…………。
答えの得られないワンシーン。
不思議は明かされないからこそ、不思議なのです。