わたしのことり
季節は春へと近づいているためか、風は暖かく庭先も春の花を咲かせているのか春の匂いで溢れていた。
とある公爵家の庭に一人の絵師とその向かいに座る白銀の髪を風になびかせる少女が座っている。
陽の光にて輝く少女の髪はとても神秘的で、まるで女神をこの手で絵がている気分だと絵師は思った。
不意に少女の肩にとまっている、小さな小鳥が少女の頬に擦り寄った。
羽毛のくすぐったさに、いままで微かに微笑みを浮かべていただけの少女が、無邪気に笑いながら小鳥を撫でた。
いままで神秘的な女神から年相応の少女へと姿が変わって絵師は驚くも、その少女と小鳥の仲の良さに微笑ましげに言葉を零した。
「その小鳥は、よほどお嬢様のことが好きなんですね」
ふと零した言葉に少女はパチパチと瞬きをした。
その表情に絵師は発言を得た訳でもなく、気軽に話しかけれるような存在ではないことを思い出しサッと青ざめた。
だが、その不当を少女はなにも言わなかった。
それどころか、満面の笑顔でこう告げた。
「えぇ、わたしの大事な家族なのよ」
絵師は少女の画を完成させた後、こう語った。
その笑顔で、いままで多くの人間を描いてきた人の中で、もっとも慈しさを込めた美しい笑みであった、と。
* * *
大学の新歓での帰り道。
慣れないアルコール摂取と場の空気に流されて、ハイテンションに騒いだ所為なのか思考が上手く働かない。揺れ心地の良いバスの中、残ったレポートの処理や取得単位のことを頭の隅に考えていたと同時に大きな浮遊感に襲われた。
その後の記憶は全くない。
一体、どうなったのだろうか。まだ自宅付近の停留所につかないのだろうか。
きっと酒の所為で上手く思考がまとまっていないに違いない。
(もう誰でもいいから起こして~)
重い瞼はいっこうにあがろうとはしない。
このまま酒の魔力に身を任せ、寝落ちしてしまうべきかと思った矢先に肌寒い風が体を直撃した。
その寒さに思わず身震いをしてしまう。
(さむ!?え!だれか窓開けて換気してんの!?いま真冬だからやめてよね!)
どこのだれかわからない相手に罵倒しながらも、壁際に逃げようと身を捩った瞬間、壁にぶち当たるどころか自分の体が傾き出した。
傾く体と重力にようやく、重い瞼をハッと開いた瞬間目に飛び込んできたのは、一面の緑。
そして…
(え?え?えぇぇえぇぇぇぇえぇーー!!?)
枝先ギリギリで落ちるか落ないかの瀬戸際にいる自身の状況に内心悲鳴をあげた。
慌てて枝に捕まろうと手を伸ばしたが、それは毛先が若干黄色がかった真っ白な羽の手が前に出てきたことで更にフリーズしてしまう。
(はねーー!?ってか、うそ!やだ!?なんで私鳥になってるの!?)
既にパニック状態になってしまった彼女は自分が今どのような状態であるのか、すっぱりと忘れてしまいパニックになったことにより体が傾き、ついいに枝から身を投げ出してしまった。
本来鳥であれば、飛んで落下などしない。
だが、人間であったはずの自分が突然鳥になり、飛び方などもわからない彼女にとってはギャー、ギャー、と泣きながら羽をばたつかせ落下する他なかった。
が、不幸にも幸にも、彼女が落下した先は泉だった。
助かったと思ったが、羽を水が含んでしまい、より一層危険度が増した。
(いやぁああ!急に鳥になったと思ったら落下して!今度は溺れるとか、もういやぁああああ!)
バシャバシャと何度も水の中で暴れながら、必死な想いで這い上がろうとするも鳥の体になれない所為か中々這い上がれず。
このまま溺れ死ぬのかと、疲れで体の抵抗が失われ始め、体も沈みだした瞬間、ザバリと大きな手が彼女をすくい上げた。
「だ、だいじょうぶ?」
頭上から聞こえる声はとても幼く、震え声であった。
その声を聞きながら、彼女は“助かったー”と声を漏らすが、鳥になった彼女の声は「ピィーョ…」となんとも情けない掠れた声が出ただけだった。
助かった、その想いだけで既に脳内がキャパオーバーしている彼女はそのまま意識を落としてしまう。
助けてくれた幼い声は「え?やだ!小鳥さん、死なないで!!」と泣きそうな声で叫んでいるが、既にキャパオーバーした彼女にこれ以上の対処は出来なかった。
(ごめんね、たすけてくれた見知らぬお嬢さん。お礼は今度枕元にたってお礼に言いに行くよ)
そう心の中でつぶやきながら、彼女はまた暗闇へと意識を落とした。
* * *
謎の浮遊感、人間だったはずが鳥になり、溺れかける一件から数日。
鳥になってしまった彼女は、とある少女の元に保護…もとい飼われていた。少女の名は“ユーフィリア・ローズ・バレンティア”、名前からして日本人ではないのは明らかだ。
(これが、噂の異世界転生ってやつ?そして、生まれ変わったら~なヤツですか)
小鳥へと転生をした少女は、窓ガラスに映る自分の姿を今一度見つめる。
体長5cmほどの小さな小鳥の姿、ふわふわとした真っ白な羽毛、だけど羽先と尻尾の先は若干黄色になっていて。またしっぽ先がくるりと内巻きになっている。
目の色は、青い瞳で鼻の色は白色。足は羽先やしっぽ先と同じ黄色、だ。
彼女の知る鳥は、スラリとスタイリッシュなのだが、なぜかテニスボールみたいな丸いフォルムに愛らしさはあるものの、まるでデブ鳥みたいで複雑だ。
思わずため息をついてしまえば、キィと扉が開く音が聞こえ、振り返れば白銀の髪がさらにと揺れ、青い瞳が小鳥の姿を映す。
「あら、ことり。やっと起きたのね」
(おはよう、ユーフィリア)
ことり、と小鳥を呼ぶ少女、ユーフィリアはあの時、泉で溺れていた小鳥を助けた少女である。
泉から救い上げてくれただけではなく、気絶した小鳥を家に連れて帰り気が付くまで看病してくれた。献身的な介護により見事目を覚ました小鳥は、ここが自分が住んでいた地球ではないことを即座に把握した。
異国語なのに何故理解ができるのか、自分が死んで小鳥に生まれ変わったのはなぜか、疑問は尽きない。
だけど小鳥では調べようにも調べることはできない。
さらに一番不可解なのが、ユーフィリアにだけ自分の思念が届いていることだ。
(思考駄々洩れですね、解せぬ)
「げせ?ことりは不思議な言葉を使うのね」
クスクスと上品に笑うユーフィリアに、ことりは眼福だと内心癒される。
だが、この大きな屋敷でことりはユーフィリアとメイドさんや執事さん以外、家族の姿を見たことがない。しかもこの屋敷は都の付近ではなく大自然の山の中、地球にいたときで例えるなら避暑地みたいな場所だ。
きっと訳ありなのだろうが、いまのことりではそれを調べる術もなく、また知ったとして小鳥な自分になにかできるわけではない。
ただ、ことりと会話をするときのユーフィリアが嬉しそうな顔をするから、ことりは今日もユーフィリアと会話を楽しんだ。
保護をされてから、一月の月日が流れた。
今日のユーフィリアは朝から忙しそうに身支度をしていた。鏡とにらめっこしては、またクローゼットへと戻り、服を照らし合わせては、今度は引き出しの小箱から髪飾りと照らし合わせたりと大忙しだ。
(ユーフィリア、なにをそんなに慌ててるの?)
「あら、おはよう、ことり。昨日話したでしょ?お父様達が、こちらの別邸に来るって」
ユーフィリアの言葉に、ことりは思い出した。
この世界では七五三の祝いを7歳と15歳と20歳でお祝いを行う。特に15歳には、また特別な意味もある。地球では20歳が成人とされていたが、この異世界では15歳が成人とされる。
ユーフィリアの成人のお披露目とも言えるバレンティア伯爵家主催の夜会にて社交界デビューを果たす。要は大人の切符を手に入れるようなものだ。
だから、こんなにもソワソワしているのだろう。
(ユーフィリア、髪飾りはそっちの方が似合うよ)
「ほんとう?ことりがそう言うなら、これにするわ、ね?どうかしら?」
(すっごく可愛いよ!ユーフィリア可愛い!)
ことりの言葉に、ユーフィリアはとても輝しい笑顔で微笑み返した。
だが、すぐにその表情は引っ込んだ。
「でも、ことり。この集まりにあなたを連れていけないの…ごめんなさいね?」
(大丈夫!ちゃんとお留守番してるよ!)
ことりは胸を張って答えれば、ユーフィリアは再び嬉しそうに笑って「ありがとう」と告げた。
その笑顔だけで、ことりは純粋に嬉しかった。
ユーフィリアの家庭事情は、なんとなくだが察している。ユーフィリアには兄と弟と兄弟がいて、2人は母親と父親の4人が王都で暮らしているそうだ。だが何かしらの理由でユーフィリアだけ王都から離された避暑地に隔離されている。
けど、ユーフィリアはそのことを一度も恨むこともなく、いつも悲しげに諦めの顔で受け入れていた。
正直、ユーフィリアの家族に対し本気で殺意が芽生えた。
許されることなら、研ぎに研ぎ澄ましたこの足の爪で飛び蹴りを顔面に食らわせたいぐらいに。だけどネグレクトされながらも家族を恨まないユーフィリアは本当にいい子だ。
この子が笑顔になれるのなら、どんなことでも我慢できる。
本当はことりも一緒にユーフィリアの成人の儀をお祝いしたい、だが彼女の大事な家族の時間を邪魔するのは嫌だ。いささか不安があるけど、目の前で嬉しそうに髪飾りをつけるユーフィリアを、ほっこりと眺める。
時間が近づいてきたのか、ユーフィリアの部屋がノックされメイドが支度の手伝いを始めるのを静かに見つめていた。
朝食後、部屋にて家族の到着を待っていた、ユーフィリアはノックされた音に、読んでいた本を閉じ、ことりに「行ってくるね」と言葉を残し部屋を出ていった。
残されたことりはと言うと最初は昼寝をしていたが、そこまで眠くないのか直ぐに目が覚めてしまいボーッ窓から見える晴天を眺めていた…
(ヒマだなー…ちょっと外にでも出ておこうかな)
窓辺に近づき、窓を軽く羽で押せば簡単に隙間を作り出す。
その隙間から体を捩らせて出れば、気持ち良い春の風がそよそよと、ことりの体を撫でた
(ふふぁー、気持ち良いなぁ……ん?)
暖かい陽だまりに、思わず日向ぼっこし始めたことりだったが、不意に庭先へと顔を向けた。そこには見知らない男が白いキャンパスに向かって座っている。
それだけであれば、ことりも特に気にせず再度日向ぼっこを再開させたであろう。
だが、キャンパスの向かいには、ことりが誰よりも見知った姿があった。
(ユーフィリア?)
陽だまりの光を浴びてキラキラと白銀の髪が反射している少女、もといユーフィリアの姿があった。
ユーフィリアなのは問題ない、先ほどユーフィリア自身から今日の予定を聞いていたのだから問題はない筈だ。ではなにが問題なのかといえば、キャンパスの向かいにいるのがユーフィリア1人だけなのだ。
(なんで?今日は家族と王都に向かったはずじゃあ…)
ユーフィリアの成人の儀。
王都でユーフィリアの実家、バレンティア伯爵家主催の夜会にて社交界デビューを果たすと聞いていた。なのに何故彼女はまだここにいる?
ことりはふと側でピチチ、と無く鳥達の存在に気づいた。
(みて、みて。おかしいね)
(1人で絵を描いてもらうなんて変わり者だね)
(変わり者だ)
微かに届く鳥達の声に、ことりは鳥達への方へと近づいた。
彼等は、ことりが話しかけても言葉を返してくれないから基本ことりも話かけないが、もしかしてら事情を知ってるかもと思い、勇気を出して話しかけた。
(ねぇ!なぜ、あそこにユーフィリアが1人でいるの!教えて!)
ことりの声は間違いなく鳥達に届いたハズだ、なのに鳥達は気まずそうに身を寄せあい始めた。
いつものことりであれば、そこで諦めただろう、だが今は何故あそこにユーフィリアしかいないのか緊急事態な出来事なのだ。
(黙ってないで、答えてよ!なんで、ユーフィリアはあそこに1人でいるの!)
ギャーッと威嚇するように声を出せば、鳥達は一斉に肩を震わせたと同時にそこから飛び去った。
(あ!逃げた!あんの鳥ども!許さん!!)
くちばしをカチカチ鳴らしながら飛び去る鳥達を睨むことりだったが、再度ユーフィリアへと視線を向けた。事態が把握できていないが、ユーフィリアの元に向かっても良いのだろうかと、ことりは一歩踏み出す事に躊躇していた。
もしこれが余計なお世話で、ユーフィリアを困らせる事態にしてしまったらと考えると、どうしても一歩が踏み出せなかった。
(オレ様が教えてやろうか?)
不意に響いた声に、ことりはハッと振り返った。
真っ黒な毛並みと金色の瞳でことりを見下ろす一匹の猫がいた。
(このオレ様が特別に教えてやっても良いぜ、ちっこい鳥よ)
ニヤリ、と牙を覗かせて笑う猫。
突如現れた猫の存在に、ことりは暫く思考を停止させてしまい瞬時に最悪の事態だと気づいた。
(…………く、食われる!?︎)
(なんでそうなる、オレ様は**を食う趣味なんざねぇよ)
ことりの言葉に呆れたようにつぶやく猫。
その言葉に、えっとことりは言葉を漏らした。一瞬だけ猫の声がなにかに妨害されたのだ、その様子に猫も気づいた様子もない。
ことりの見た目は鳥そのものだ。
餌だと思って魅惑の言葉を放ち、気を抜いた瞬間カブリ、ごくんをするのではと警戒していたのだが。
(この猫、いまなんて言ったの?)
(だから、**を食う趣味なんざねぇと言っただろ。お前さん猫の言葉をちゃんと理解しろや…)
(す、すみません…)
(じゃあ、お詫びとして……後でその丸い体を口の中に入れさせろ)
(やっぱり食べるのが目的じゃないかぁー!!)
猫の言葉に再びギャーッと叫びながら威嚇することりに猫は再び意地悪そうに笑い「冗談だ、お前なんぞ美味そう所か、食ったら頭が悪くなりそうだ」と冗談なのか、貶しているのかわからない返事が返ってきた。
(じゃあ理由を教えて、なぜユーフィリアはあそこな1人でいるの?)
(いいぜ、オレ様は親切な猫だから、教えてやるよ。あのお嬢様は…)
* * *
春風が優しくユーフィリアの髪を撫でる。
その耳元には、朝ことりが選んでくれた髪飾りが陽だまりの光に反射してキラキラ輝いている。目の前には家族が雇ったであろう絵師が困惑の表情を未だ露わにしつつ仕事をこなそうと筆を滑らせている。
ユーフィリアはそっと瞼を伏せた。
本来なら彼女の側には家族共々に王都に向かい、バレンティア伯爵家主催の夜会で社交界デビュタントをするハズであった、だが朝方ユーフィリアに届いた知らせは今日の15の儀の祝いは延期とする、という報告と祝いの品だけが届けられていた。
まず、父様は緊急の会議により出席が出来ず、兄は偉い騎士様の指導により出席出来ず、母は弟のセディスが体調不良を起こしたことにより幼い弟を残して夜会に出席など出来ない、と言っているそうだ。
みんなワザとユーフィリアを避けたのではなく、来ることが出来ない事情があったのだ。
頭では、理解している。理解できている。
それでも、心が追いつかない。
せっかく、ことりが選んでくれた髪飾りも家族に見せることなく、ただ画に残されるだけ。
なんて滑稽なんだろう。
どこまで私は神にも家族には縁がないのだろうか。
フッと自分を笑うかのように笑みを零したユーフィリアは不意に聞き慣れた声が届いた。
(ユーフィリアぁぁぁぁあ!)
「え?こ、とり?」
声のした先を見上げれば、バサバサと必死に羽根をバタつかせて、落ちてくることりの姿があった。
ことりは、ユーフィリアが14歳のとき泉で溺れているのを助けた小鳥だ。
初めは、ただの鳥としか思っていなかったが意思疎通が出来て、不思議な知識を持っていることから、ことりは精霊ではないかと考えた。精霊はおとぎの話に出てくるが、この世界でも精霊の存在は照明されている。
だが精霊を見て話すことができるのは、王族のみとされている。
ではなぜ、ことりとユーフィリアが意思疎通できるのかは、専門家ではないのでユーフィリアにも理解できない。
だけど、孤独であったユーフィリアにとって、ことりの存在は救いのようなものであった。家族から遠ざけられているのは幼いユーフィリアでも理解していた、だが理解しているからといって寂しくないわけではない。
もしかしたら、このことりは神様がユーフィリアのために落としてくれたのではと幼いながらに考えた。ことりは精霊なのに全く飛べない、鳥の容姿をしているのに飛ぶ事が出来ない変わった精霊だ。
飛ぶより落下していることりにユーフィリアは慌てて椅子から離れ、落ちることりへと手を伸ばした。
「お嬢様!!」
後方で絵師の叫ぶ声を聞きながら、ユーフィリアはギリギリのタイミングでことりを捕まえる事に成功した。
だが勢いよくキャッチしたためか、芝生に倒れてしまうも、ユーフィリアは直ぐに手の中のことりを見た。
「ことり!あなた、何を考えてるの!あなたは飛べないって自分で知ってるでしょ!もし、もし私が受け止めなかったら…」
ことりを失ってしまったら、そんな想像だけでも耐えれないとユーフィリアは唇を噛み締めた。
ユーフィリアの手の中で、ことりはモゾモゾと動き、よくやく手の間から顔だけを突き出せば、ゴメンねとユーフィリアに謝った。
(ユーフィリア、心配かけてゴメンね?でも家族でのお祝いに私遅刻しちゃったから、つい慌てちゃった)
「…ことり?」
(私は、ユーフィリアの家族だもん!家族なら一緒に絵を残さなくちゃね!)
ユーフィリアは、ただことりの言葉に目を見開いた。
今朝ユーフィリアは言ったのだ、ことりは参加させることが出来ないと、ことり自身もわかったと返事を返していた。
なのに、なぜ。
「……ことり」
いや、何故など疑問にすら思う必要すら、ない。
ことりにはユーフィリアのためにウソを吐いたのだ。遅刻してゴメンねと、家族だから一緒に画を描いてもらうのだと。
家族が此処に来ないことを知って、ユーフィリアが悲しまないように、ことりなりの優しいウソを言ったのだ。
目頭がひどく熱い、もしいま口を開いたら嗚咽が出てしまいそうで、ユーフィリアはただグッと感情を抑えこんだ。
そんなユーフィリアを見上げながら、ことりは手の中でパタパタ羽を動かした。
(ユーフィリア、絵を描いてもらおう!私とユーフィリアの絵!)
「……ッ…え、ええ。そうね、私達の絵を描いてもらいましょうね」
(ついに私の自慢の羽毛を見せびらかせると思えるとドキドキするよー!)
「ふふ、そうね。私もことりの羽毛、大好きよ」
顔を近づけて互いに笑いあうユーフィリアとことり。
遠目にみていたメイド達と絵師が、走ってユーフィリアに近づくも先ほどまで消えてしまいそうなほど儚い顔をしていたユーフィリアは、春の妖精のように美しく笑いながら掌に乗せたことりと一緒に微笑みながら告げた。
「この子は、私の家族なの。この子と一緒に絵を書いてちょうだい」
「え、あ、はい!承知いたしました!!」
「お願いしますね」
ユーフィリアはことりを掌に乗せたまま、先ほどまで座っていた位置へと座りなおす。
ことりは、ユーフィリアの掌から肩へと移動し、満足げな顔で座り込んだ。その姿にまたユーフィリアは笑みをこぼす。楽し気に笑うユーフィリアに先ほどまで気まずそうであったメイド達からも和んだ空気が流れる。
「お嬢様、お茶を淹れなおしますね」
「えぇ、お願い」
(あ!ついでにお菓子も!!)
「ふふ、メリッサ。お菓子も用意してくれる?」
「はい、お嬢様」
心得てます、といわんばかりにメリッサと呼ばれたメイドは笑顔で頷き返し、いつの間にか用意されていたクッキーの皿が用意されたテーブルに並べられる。
クッキーの姿に目を輝かせて羽をばたつかせることりにユーフィリアは再び笑いを零した。
ユーフィリアの笑いに気付いたのか、ことりもまた嬉しそうに「ピューイ!」と鳴いて、ユーフィリアの頬に擦り寄った。
羽毛のくすぐったさに、いままで微かに微笑みを浮かべていただけのユーフィリアが、無邪気に笑いながら、ことりの頭を撫でる。いままで神秘的な女神から年相応の少女へと姿が変わって絵師は驚くも、その2人の仲の良さに微笑ましげに言葉を零した。
「その小鳥は、よほどお嬢様のことが好きなんですね」
ふと零された言葉にユーフィリアはパチパチと瞬きをした。
対する絵師は、まるで失言をしてしまったかのように青褪めていたが、ユーフィリアとことりは互いを見つめあい、そしてユーフィリアは満面の笑顔でまるで自慢をするかのように告げた。
「えぇ、わたしの大事な家族だもの」
その言葉を聞きながら、ことりもまた同意するように力強く頷いた。
なぜ、自分が小鳥に生まれ変わったのか。
どうして、ユーフィリアとだけ意思疎通ができるのか。わからないことが沢山あって、もどかしい。
だけど、小鳥という存在に彼女が笑ってくれるなら、なにも分からなくていい。
(ユーフィリア!大好きだよ!!)
「私も大好きよ、ことり」
この笑顔を守れるなら、ことりはどんな試練や展開が待ち受けていようと、ユーフィリアへの愛で蹴り飛ばしてやるとことりは誓った。
だから、ことりは全く想像していなかった。
――この後、王都での因果。家族との溝の原因。そしてなぜ自分が小鳥として生まれ変わったのか、明らかになり巨大な事件の渦へと巻きこまれるのだが。
美味しそうにお菓子を貪り、ユーフィリアのドレスに菓子くずを落とし、メリッサ筆頭のメイドから笑顔で威圧され髪の毛の中へと隠れる小鳥は知らない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。