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天羽遥風は頑張った(2)



~~~ 2015年 春  ~~~~


 全てを失った天羽遥風あもうはるかは、転校した先の中学校で2年生となったが、友達はできなかった。自ら進んで溶け込もうとしない、自ら進んで話しかけようともしない。クラスメイトは皆この少女はひとりが好きなのだと思っていた。


 天羽遥風あもうはるかは普通の女の子だった。しかし言わなければならないことはハッキリと言ってのける、いざとなったら母親に似た性格が出ることに一番驚いたのは、当の遥風はるかだった。


 実は遥風はるかは、引き取ってくれた大江田の家族と少し確執を抱えている。


 大江田の家に引っ越してきて、面倒を見てもらってることは確かに有難く受け止めていて、恩義も感じている。だがしかし、引っ越してきた翌年、つまりお父さんとお母さんが事故で死んでから半年もたたない冬の日、大江田の家に高級外車がやってきた。大江田の叔父さんがこれを買ったのだと言う。それからも家の家電製品が次々と最新型に更新され、テレビなどはどうやって部屋にいれたのかと勘ぐってしまほど大画面のものがリビングに据え置かれたにも拘わらず、大江田の叔父さんは、いつの間にか自宅で仕事をしているという。仕事をしているところなんて見たことがないのだが。


 大江田の叔母さんは洗濯や炊事をしなくなり、遥風はるかにコインランドリー通いさせ、自宅のリビングには大量のデリバリーメニューが置かれた。以来、食事は全て出前ということになり、叔母さんの服装や化粧が見違えるほど派手になった。有名なエステサロンに通っているらしい。


 イトコの久美香くみかも、いつの間にかブランド物のバッグやアクセサリーを身に着けるようになっていたし、何も知らない子供とは言え、これほど生活様式が急変したとなると、14歳の中学生にでもある程度勘ぐることぐらいできる。


 遥風はるかは、一念発起して大江田の叔父を問い質すため、居間にきた。


 叔父は60インチの大型液晶テレビでニュースを見ているところだった。そんな大画面テレビで実物大ほど大きな女性キャスターが読む原稿では、どうやら隣町で女子大生が殺された事件があったという。

 叔父は遥風はるかの視線を感じ取り、めんどくさそうに言い放った。


「ん? どうした? ちょっと見てみろこれ、隣町だぞ……んー、若い女を殺すなって、もったいねえなあほんと……。で、なんだ? 何か用か?」

「えっと、お父さんとお母さんのお金、どうなってますか?」


 遥風はるかの言葉はストレートすぎたか、叔父はテレビを直視しながら眉根を寄せ、あごの無精ひげを触りながら首をコキコキと鳴らす。露骨に不機嫌そうな態度だ。


「安心しなさい、ちゃんと管理してるから」


 遥風はるかの両親が亡くなったことで、天羽家の財産はすべて遥風はるかのものとなった。

 また、事故相手のダンプトラックにはきっちりと補償できるだけの自動車保険が掛けられていたおかげで、両親二人分の死亡保険金も、遥風はるかが受取人になり、合わせて6億円ほどの遺産があるのを知っている。


 だけど遥風はるかは当時13歳の中学生だった。未成年者には財産管理するための様々な書類に判を押すこともできない。莫大な財産などをなくしてしまわないよう、遥風はるかが成人するまで、責任ある立場の大人がしっかりと管理することになっている。それが未成年後見人という制度だ。


 そして自ら進んで真っ先に手を上げ、天羽遥風あもうはるか後見人こうけんにんとなったのが大江田の叔父こと、大江田治隆おおえだはるたかだった。


「この前、私の家に行ったの。だけど不動産屋さんの管理物件って書いてた。お父さんとお母さんの家を売ってしまったんですか?」


 叔父は悪びれもせず"ああ、バレちまったか"とでも言わんばかりに頭をバリバリと掻きながら言う。


「ああ、売っちまったよ。固定資産税の支払いとか、庭の手入れだとか、空気の入れ替えだとか、維持するのに人手もカネもかかるんだ」


「今すぐ買い戻してください。お父さんとお母さんの家を返してください!」


 叔父は遥風はるかと両親の思い出が詰まった家をこうもあっさりと売ってしまったという。それも遥風はるかにはひと言の相談もなしで。


 家を返せと言われた叔父は唸りを上げて吠える犬のような剣幕でがなり立てた。


「おいコラ! おまえ何か勘違いしてないか居候いそうろう、おまえの面倒みる奴がいねえってっから俺が面倒見てやってんだ。家賃、メシ代、学費だけじゃねえぞ? おまえがうちに来た事で狭い家がもっと狭く感じる。このストレスはどうしてくれんだ? ああ? 大人の世界にゃ迷惑料ってもんがあるんだよ、分かったかこのメスガキ」


 遥風はるかはその大声に委縮してしまって何を言われたかハッキリとは覚えていなかったけれど、それがどうした! と開き直ったのだなと理解した。


 小刻みに手が震え、足がすくんでしまって動けない遥風はるかに、叔父はさらに大声を重ねた。

 遥風はるかは大声でガミガミ怒れば黙らせることができると、本能的に理解したように。


「おおおい! いつまでそこにいるんだ! 部屋に入ってろ。ここじゃあ俺がルールだ! カネをどう使おうが、管理する俺の勝手だボケ」


 慌てて居間を出て二階の自分に与えられた部屋に逃げ込んだ遥風はるか

 まだ14歳、お金があっても自分一人で生きていくことは許されない。ひとりで生活していく力があっても、薄汚い大人たちの力を借りないと何もできないように、この社会全体が仕組まれている。


 それから遥風はるかはまるで心を閉ざした人形のように、ただ成人するまでの時間を淡々と過ごすことにした。しかし風当たりはずっときつくなり、最も安心できる場所である家の中が地獄のようになった。


 高校受験は同居するイトコ、大江田久美香おおえだくみかと同じ高校を受けさせられることになった。成績ではそんなところじゃなく、ランクで3つ上の高校を狙えたが、大江田の叔父が電車通学に難色を示したことから駅前からバスに乗って通学する、いちばん近くの高校を受験し、合格通知を受け取った。


 天羽遥風あもうはるか、灰色の高校生活の始まりである。



~~~ 2017年 春  ~~~~


 天羽遥風あもうはるかは中学校を卒業し、大江田の叔父の命令通り、家からいちばん近い公立高校を受験、学力レベルの違いにより遥風はるかは成績トップで合格したが、新入生の代表挨拶は丁重に辞退した。


 相変わらず友達はひとりも居なかったが、鬱積する不満とストレスを解消するため、ひとりでも身体を動かすことができる陸上部に入部することにした。どうせチーム競技だと浮いてしまうのだから。


 高校に入学してしばらくするとイトコの久美香おおえだくみかが、こんな子と一緒に暮らしてると思われるのがイヤだと言い出したことから、遥風はるかは大江田の家からほど近い距離にある4階建てのマンション(オートロックなし、エレベーターなし4階建ての4階)で一人暮らしすることとなった。


 遥風はるかとしても大江田の家から出て一人暮らしができるのだからまるで神様が願いを叶えてくれたように感じ、喜んで引っ越しに同意したが、その頃から学校の上履きが盗まれるようになり、教科書が切り刻まれていたり、机にひどい内容の誹謗中傷が書かれていたりと、陰湿なイジメが始まった。


 いや、今に始まったことではない。遥風はるかが叔父の使い込みを指摘したころから延々と続いてきた密かな嫌がらせが陰湿なイジメにエスカレートしただけだ。


 我慢すればいつか必ずこんな陰湿な嫌がらせ行為は止むはず、こんなことは長く続くわけがない。そう思っていたときも確かにあった。しかし現実には嫌がらせだったものが露骨なイジメへと変貌していて、なくしたはずの上履きを後ろから投げられた程度のものだったが、いつしかすれ違いざまに平手打ちをされたり、後ろから蹴られたりという実力行使へと変わった。相手は大江田久美香おおえだくみかの取り巻きたちで、死角から攻撃してくるものだから誰が直接手を出しているのか分からないよう巧妙に仕組まれている。


 大江田の家を出てマンション暮らしとなってから家での嫌がらせを受けることは無くなったが、相対して学校でのイジメは日に日にエスカレートしている。


 学校のトイレを使っていると敷居の上からバケツの水を浴びせられるといったことがあって以来、学級近くのトイレを使うことを避け、別校舎でひと気のない美術室と音楽室の並びにあるトイレに向かうため校舎端っこの階段を降りようとすると踊り場に大江田久美香おおえだくみかたちが居て、階段を上がってこようとしていた。珍しく久美香くみかたちグループが左右に道を空けたので、緊張しながらも取り繕うことをせず、久美香くみかの冷たい視線を敢えて無視し、その中央をまっすぐにすれ違おうとしたとき、トン……とこれまで感じたことのない浮遊感に襲われた。



----


 気が付くと目の前には良く知らない女性の先生? がいて、身体を揺すられていた。


天羽あもうさん? 大丈夫ですか? 痛いところはありますか? 頭は打っていませんか?」


 キョロキョロと辺りを見渡してみると、少なくない生徒が遠巻きに囲んでいて、英語の先生と音楽の先生と、だれだったか、顔だけ知ってる先生。それに大江田久美香おおえだくみかたちストレスの原因が4人。

 状況が何となく分かってきた。遥風はるかはこの階段から落ちて少しの間気を失っていたのだ。


 ようやく意識を取り戻した遥風はるかの手を引いて、身体を起こし、その場に座らせると、状況が飲み込みめていないことが分かったのか、女性教諭は親切にも何が起こったのかを説明してくれた。


「あなたは階段を踏み外して落ちたの。大江田おおえださんたちが見てないと発見が遅れていたかもしれないわ。運が良かったわね。階段を降りるときは足元に注意してね、そしてちゃんと手すりを持って降りましょうね。……、もう心配はないでしょけど、頭を打ってるみたいなので念のため病院に行きましょう。いま教頭先生が車の用意してくれてますから」


 座ってる姿勢から立ち上がったときの激痛が脳髄を突き抜けるように響いた。

 階段から落ちた時、左足の膝から落ちたらしい。骨折はしたことがなかったけれど、この激しい痛みが骨折じゃなければ、骨折とはどういう痛みなのだろうかと思うほどに骨折を確信した。


 教頭先生の車に乗せられ連れてこられた救急病院。あまり良くない思い出が頭の中をぐるぐる回る。

 お父さんとお母さんが事故に巻き込まれ、搬送された病院だ。

 両親を救えなかったような医者に診てもらいたくはなかったが、憎しみのぶつけどころが違うのだと理解していたので、言いたいことをぐっと我慢して飲み込み、ここの医者で診てもらうことにした。


 医者が言うには痛む膝の治療は後回しにして、まずは頭部CTスキャン検査からすることになった。

 頭を打って短時間でも気を失っていたせいだ。次にあちこち打撲したところをレントゲン撮影していると、順番待ちを含めて、たらいまわしにされた時間、合わせて2時間ぐらいかかった。


 複数の打撲はあったが膝蓋骨しつがいこつ骨折という診断になった。つまり膝のお皿が割れてしまったことで、唯一、気晴らしに走っていた陸上部の活動も難しくなってしまった。


 お父さんとお母さんの思い出も、残してくれた遺産も、そして気晴らしに走ることすら奪われてしまった。病院のベンチに腰かけて絶望感に打ちひしがれる遥風はるかに向かって教頭先生はひとつ言葉をかけた。とても言いづらそうに口ごもっているのが印象的だった。


天羽あもうさん、もしかするとあなたが学校でイジメられてるかもしれないと聞きました。正式な調査はしていませんが、天羽あもうさんと大江田おおえださんはイトコ同士だと聞いていますし、学外での確執があることも伺っています。何やらお金がらみなのだとか? 学校ではあなたたちの確執をイジメとは認定しません。できればそのような問題を学校内に持ち込まず、家で親御さんを交えて話し合いで解決してほしいものです。他の生徒たちに影響もありますからね」


 酷い言いようだった。

 学校なんてお花畑のど真ん中に建ってる組織に人間の仄暗い感情が起こすイジメなんて問題を解決できるわけがないことが分かったのだ。教頭はたったいま、イジメなんて問題が明るみに出ると面倒だから、遥風はるかの問題には触れたくないというスタンスを明確にした。要するに天羽遥風あもうはるかは学校からも見捨てられたのだ。


「私が突き落とされたってことも知ってるような口ぶりですよね?」

「突き落とされた? それは大変だ。そのようなことがわが校で起こったとは、あるまじきことです……大江田さんたちは4人とも、あなたが足を踏み外して落ちたんじゃないかって言ってます。誰かが嘘をついているということですね? 分かりました。天羽さん、あなたは誰に突き落とされたのですか? もしあなたたちの確執が原因で本当にそんな恐ろしいことが起こったのならば、それは事件です。学校では扱えない警察の領分です。今回の件で学校は、あなたが足を滑らせて階段から落ちたと認識しています」


 教頭は誰に突き落とされたのか、手で押されたのか? それは突き落として怪我をさせてやるという意志あっての事なのか、それともちょっと肩が触れ合っただけなのか、現時点では分からないと言っていて、これ以上調べる気もないという意味の事をいう意味の言葉を伝えた。


 学校なんて所詮はこういうものだ。

 イジメをなくしてしまう事なんて出来るわけがないのに、なくすよう上から命じられている。

 無理難題を要求された末端の教育現場では、こうやって "なかったこと" にされてゆくのだなと、遥風はるかは思った。学校にとって、突き落とした側の加害生徒も守るべき生徒なのだから、足を滑らせて落ちたという以上、その証言について最初から疑いをかけるようなことはないのだ。


 遥風はるかは病院の老人たちがたむろする検査室の前で、ぐっと声を押し殺して泣いた。

 自分の味方をしてくれるお父さんもお母さんも、もういない。この世界にはもう自分を守ってくれる人なんてどこにもいないんだと思うと、突然真っ暗闇に堕ちたかのような孤独感に苛まれ、目からは堰を切ったように熱い涙が溢れた。


 教頭先生に帰りはタクシーで帰るから送ってもらわなくて結構ですと丁重にお断りし、タクシーで帰り、足が治るまでは学校に行かない旨を伝え、学校とは一切の関りを絶った。

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