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晴田芳清はなぜ殺されたのか(2)

―― コンコンコン……。


 それでもノックは続く。

 晴田芳清はるだほうせいは警戒心をあらわにして机の引き出しをまさぐると三段伸縮式の特殊警棒を取り出し尻のポケットに忍ばせた。防犯カメラに映らずドアをノックするという事は、カメラの死角に入り込んで針金のような細い棒でドアを叩いているか、何か小石の様なものを投げているのだろうか。

 どちらにせよカメラに映らないからといってドアの向こう側に誰もいないという事にはならない。


 だが現に今、ドアがノックされているのだ。

 晴田はるだは防犯カメラに映らない来訪者に対し、ドア越しに応えた。


「誰だ?」



 ガッ……チャッ



 ドアノブがゆっくりと音を立てて回転する。


 戦慄の瞬間、晴田芳清はるだほうせいは尻ポケットに忍ばせていた特殊警棒を取ると、振り出して伸ばし、防御の型で襲撃に備えた。身長185センチ以上、体重90キロ。軽くジムで鍛えたソフトマッチョといった体格だが格闘技経験者だ。身を守るすべは身に着けている。


 戦慄する空気がチリチリと体毛を刺激して産毛が逆立つ。ドアが開いて知らない男が現れたりしたらまずは前蹴りを放とうかと頭の中でシミュレーションを繰り返した。まるで空手の試合であった、開始線に立った時のように。


 だがしかし急激に怖気の立つ冷たい気配は背後から襲った。

 耳元でハアッと、なにやら呼吸すると息が聞こえてくると、髪の襟足に霜が降りたように氷結しはじめた。ドライアイスを素手で触ったときのように予想していなかった痛みが襲う。


「ぐあああっ」


 声にならない叫び声をあげ、振り返りざま構えていた特殊警棒を薙ぐように振った。

 風きり音もそぞろ、そこに立っていたのは少女? のように見えた、しかし誰も居ない、薙いだ警棒も空を切った。

 確か……どこかで見たような少女の姿が、幻でも見たかのように、後ろに立っていた。確かに見た、自分の目を信じるとするなら、確かにそこに少女がいたはずだ。


 背後でなにかの冷たい気配を感じたが、その感覚も幻のように消え去った。

 自分の目が正常であることを確かめるように平手で顔をバンバンと打ち据えると、振り返りまたドアに向き合う。



 ……っ!



 すでにドアが開かれている! そしてその向こうにはもう誰もいない。

 背後に気を取られた一瞬のスキを突かれ、ドアは開き、いまはギイイィィィと立て付けの悪い音が聞こえて、ゆっくりと閉まろうとしているところだ。


 何者か、得体の知れないものが事務室に侵入した。






~~~ 2017年 6月12日 曇り時々雨  ~~~~



 溢れ出た用水路の水が畑に流れ込み、運悪く作物がダメになってしまった農家の人には申し訳ないが、幸いにも床下浸水したのは街の場末の繁華街だけだった。午後になり、雨が小降りになると被害が大きかった繁華街の排水を流す幅60センチ、深さ54センチのU字側溝が詰まっているとの報告を受け、市役所の土木課が調査に行ったところ、側溝を詰まらせていたのは人の死体だった。


 警察は届け出のあった行方不明者との照合をしてみたが、行方不明者の2名はどちらも70歳代、80歳代の高齢者。側溝に詰まっていた遺体は髪を金髪に染めた20歳代の若い男だった。


 遺体には何度も殴られたような跡、検視の結果が出るまでは分からないが骨折も数か所あるようだ。そして深い刺し傷が1か所、胸を刺されていてこれが致命傷になったとみられる。

 他にも左足の甲が何かハンマーで叩かれたかのように潰されていたことと、脇の下の血管を切られていることから警察は殺人事件と断定した。


 遺体の身元は晴田芳清はるだほうせい25歳 遺体発見現場から水路を50メートルほど上流に遡ったところにある風俗店 "マリネラ" の経営者だった。情報では店の売り上げが金庫の中に残されていたらしいことからマスコミ、ニュース番組など元刑事など犯罪捜査に詳しい評論家が、強盗の線は薄く、怨恨が原因ではないかとコメントを寄せたが、警察の方からは正式な発表はなかった。


 一方警察では店の防犯カメラ、風俗店マリネラのの入っている風俗ビル入り口の防犯カメラ、その他歓楽街の各店舗に備え付けられた外向きに撮影されたデータをもとに捜査が進む。


 誰も好き好んで外出することがない大雨の夜、現場は客足の途絶えた場末のネオン街のさらに中心を外れたところにある風俗店。店を早じまいするママたちが多くいたが、こんな事件があったなど誰も気が付いていなかった。窓を開ければ見える場所でありながら目撃者はひとりもいない。強く降りしきる雨音にかき消されて、人が争うような物音を聞いた者も居なかった。


 そして、足跡を始めとする手がかりも、すべて流れてしまったことで捜査は難航する。



 警察の捜査はまず、怨恨の線を辿った。

 殺された被害者、晴田芳清はるだほうせいは数年前、大学に在学中、睡眠薬を飲ませて女性を乱暴したのではないかという容疑で警察の事情聴取を受けている。物的な証拠が出なかったことから任意聴取から捜査は進展しなかった。


 当時の担当刑事だった美星哲哉みほしてつやは、あの睡眠薬の事案は証拠が出なかっただけで、何度か任意で話を聞いたときの心象として晴田芳清はるだほうせいくろだと踏んでいた。問題はどんな薬を使って女性をの正気を失わせたかだ。


 こんなクソ野郎が殺されたのだから容疑者なんてゴマンといて、警察としても手がかりがない以上は動機の線で辿れないだろうと思われたが、晴田芳清はるだほうせいは高校時代、フルコンタクト系道場空手のシニア部門で出場し、近畿地方大会でベスト16まで勝ち上がるという成績を残している。加えてその遺体には格闘戦ので傷を負った痕跡が残っていて、司法解剖の結果、骨折が7か所、打撲痕が8か所残っていたという結果が出ている。


 そもそも晴田芳清はるだほうせいを良く知る人の証言では、相手がナイフを持っていたところで、右の正拳突き一発で倒せるのだから、黙って殴られたり、胸をナイフで突き殺されるなんて考えられないと言う。


 検死の結果、胸に深く刺さっていた致命の一撃から推測される凶器のナイフは、刃長約20センチ以上、刃厚は5ミリ、最大幅8センチにもなり、背部がノコギリのようになったサバイバルナイフであることが判明した。


 このような巨大な刃物は質量としておよそ500グラム前後となり、一般の日本人が片手で取り扱うにはいかんせん重すぎる。晴田芳清はるだほうせいのようなガタイのいい格闘技経験者と戦い、一撃で致命傷を与えることができたとするならば、それなりの訓練を受けた者であろうという見込みで捜査が続けられた。


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