7 <古樹の精>の愚痴
遅くなりました……
<魔王>
「―――貴方、何を言ってるのか分かっているの?」
私の言葉に、古樹の精は驚いた様子を見せた。
……驚きたいのはこちらも同じなのだが。
いや、この世界では話し合いよる解決を是とする風潮があるのかもしれないな。
それらにいちいち反応していては身が持たない。
さて、この古樹の精は「分かっているのか」と言ったが―――
「理解した上で言っている。逆に聞くが、私を見逃すという選択は無いだろう?」
古樹の精は一瞬面食らったようだったが、すぐに表情を取り繕う様を見せた。
「―――当たり前でしょう?現状の貴方は不審に過ぎるもの。」
一種の凄みを乗せた笑みを浮かべ、古樹の精は歌うように私へと告げる。
「私はこの森の支配者にして女王。貴方を逃がすなんてことは有り得ないと思いなさい。」
当たり前のことを、声高らかに。
返す言葉にしては、<支配者>としても<女王>としても程度が知れた物ではあったが。
「―――で、貴方は何処から来たのかしら?人が訪れた形跡なんてこっちでは確認して無いのだけど」
声に警戒と僅かな傲慢さを滲ませた古樹の精が、私と視線を交えた。
偽りも誤魔化しも見逃さないと言わんばかりの眼光である。
まあ、それも当然だ。
自身を<支配者>と称するほどの者が把握せぬ侵入者とその経路。
それらを知るのに強引な手段へと移らない古樹の精は、良心的だが甘過ぎるほどだ。
私とは根本的に違うのだろう。
私がこの事態に直面した場合であれば、対象は確実に拷問にかけている。
とは言え、今の私にはこう答えるしかないのだが。
「―――異世界からだ」
―――一見すれば荒唐無稽、そんなことを。
しかし、古樹の精の反応は私が思い描いていた物とは違っていた。
却って私の方が驚いたほどに。
「……貴方、あのいけ好かない<転移者>とか<転生者>の奴らの仲間ってワケ?」
つまりは、私の他にもこの世界へと訪れた異邦人がいるのだろう。
それはこの世界では珍しくは無いことのようだ。
ただ、先の古樹の精の発言に気になる点が一つある。
「『いけ好かない』とは……私以前の異邦人は何か仕出かしたのか?」
純粋な疑問である。
まあ、異世界だからと逸った気持ちはよく分かるが、けれどこの森は人里から離れているのは確実だった。
その上で、この森にまで悪評が届くとはどういったことだろうか。
問うた古樹の精は、眉根を寄せて黙した。
それらと同郷かもしれない私に余計な情報を明かしたく無いのかもしれない。
暫く、私と古樹の精の間に沈黙が降りる。
そして、折れたのか考えがあるのか、口を開いたのは古樹の精だった。
「……異世界から来た奴らはね、人間以外の種族を差別しては殺したり、顔が気に入ったとか言って乱暴したりするの。……現に、この森を守ってるエルフ族の娘もそうなったわ」
その異邦人らのことを話す古樹の精は顔を顰め、吐き捨てるように告げた。
「……まるで獣よ、あいつらは」
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―――聞いた私が言うのも何だか、余りにも長いので要点だけ纏めることにした。
曰く、人間以外の種族に対しての差別が酷い。
曰く、この世界の者の大半よりも強いために歯止めが効かず、あまつさえその武力をひけらかして略奪を行う。
曰く、人間やエルフらと共存する無害な魔獣さえ殺す。
……他にも多数あるが、大体はこれくらいだった。
私はこれらの前提から当てはまらないから大丈夫である。
「―――ってワケよ。分かったかしら?」
丁度古樹の精の長話も終わった所だ。
後半はほぼ愚痴であったので聞いていない。
こっそり泣き叫ぶ人根花の種まきをしていたくらいである。
古樹の精は説明の途中から随分熱が篭り、見えない何かと戦っていたために息が上がっている。
恨み辛みが高じたのだろう。
……大変だな、とは思うが。
適当に相槌を打っていたのを雰囲気で察したのだろうか。
古樹の精の眦が釣り上がった。
「……貴方、随分他人事じゃない?同じ人間族のお仲間でしょうに」
―――本日2度目の衝撃である。
<転移者>故に聞かされた愚痴と思っていたのだが、まさか人間だと誤解されていようとは……
私が元いた世界の人間族は総じて茶髪に茶目であり、それ以外には居なかった。
そのため、理解が遅れてしまったようだ。
……この世界では黒髪赤目の人間は珍しく無いのだろう。
まあ、人間族と同列に思われていたとは侮辱以外の何でも無いのだが。
早急にこの誤解を解かねばならない。
「……古樹の精《 ドリアード》。誤解しているようだが私は人間ではない。魔族と呼ばれる種族の者だ。」
事実を伝えると、古樹の精はぽっかりと口を開けた色々と残念な顔になった。
……仮にも女王と名乗るならば、その顔は問題だろうと思うのだが。
長々としてしまった……