6 或る意味、侵入者
<魔王>
農地の範囲内に茂る木々を風刃で切り倒し、異空間収納へと放り込んでおく。
この辺りの物の特性なのか魔素への親和性が高く、それを差し引いても良質な木材であったからだ。
これなら小屋一つくらい建てても良いだろうし、人手が足りない場合は木人形を作ることが出来るだろう。
切り倒した木々の根も無駄にはしない。
他の場所にまで広げない程度の還元の魔法を掛ければ、この土地の栄養素で育った木々を余さず肥料としてこの土地の糧にできる。
……早速鍬を地面へと突き立て、そこを基点に還元を掛けていく。
木々の切り株がその姿を保っていたのは一瞬のみ。
それらは瞬く間も無い内に、ボロボロに崩れ去った。
そしてそこに残ったのは、障害を取り除いた平坦な土地。
逸る感情のままに、私は相棒の鍬を振り下ろした―――
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―――新たな相棒の働きは、素晴らしいの一言に尽きた。
そもそもある程度の重量を持つ鍬は、耕すという行為を通して農民に負荷をかける。
……頭上へと振り上げ、勢いのまま振り下ろす。
土地が固ければより苦労するだろう。
だが、実際はどうだ。
―――告白するならば、私は少々相棒を見くびっていたらしい。
希少金属や希少素材を使い、ただ頑丈さのみを追求した鍬であった相棒。
しかし、実際に相棒を振るうと、想像以上の恩恵が宿っていた。
農具特有の重さは感じず、振り下ろした際の反動は全く無い。
―――正に、農具の王と呼ぶべき代物だ。
耕され、もう植物を植えられる状態の農地を眺めながら、そんなことを考える。
―――しかし、私の感動の余韻は長くは続かなかった。
「―――貴方かしら?この森を荒らす悪い子は」
敵意を隠さない声が私へと向けられた。
人間以外の何かが近づいてきているのは把握していたが、その相手の姿に多少の物珍しさを覚える。
現れたのは、人間族の女に似た姿の何か。
長い緑髪に桃色の瞳を持った、二十歳くらいの外見をしている。
その容姿の善し悪しは分からないが、気配から察するに、精霊系の存在だろう。
珍しさを覚えたのは、元いた世界の人間族以外の存在は大体異形だったからだろうか。
とは言っても、この世界に訪れてから初めて接触する人外であったため、手早く鑑定を掛ける。
―――瞬きと同時に展開した鑑定によると、眼前の存在は古樹の精と呼ばれるものであった。
この古樹の精というものについて詳しくは知らないが、字面から察すると長い年月を過ごした木々に宿る精霊なのだろう。
「―――………聞いているの?」
痺れを切らしたのか、警戒したままの古樹の精が再度私へと声を掛けてくる。
だが、私は口を咄嗟に開けなかった。
―――この時、私は衝撃を受けていたのだ。
自身の住処に余所者が侵入したのであれば、理由も聞かず警告もせずに殺すのが普通である。
だと言うのに、目の前の古樹の精はわざわざ私という侵入者に声を掛け、自身の存在を明かしたのだ。
私が彼女の接近に気付いても何かしなかったのは、異世界だからと好き放題だった私に非があったために過ぎない。
この森の住民が何かを訴えに来たのだと思ったからだ。
勿論、この古樹の精が襲ってきたら殺していただろうが。
実際に私の元いた世界で同じことをすれば、私が<魔王>とて相手は殺しにかかってくることは間違いない。
部下たちであっても、私が似たようなことすれば反旗を翻すだろう。
私とてそうだ。
それが生きる術であり、普通なことであろう。
………この古樹の精はどうなのだろうか。
何か考えがあるのか、それとも―――
「―――掛かって来ないのか?私は侵入者だろうに」
―――即座に殺すという発想が無いのだろうか?
ドリアード姐さんへの対応って……
普通の人「綺麗な人だなぁ……」
魔王「こいつ戦わねぇのか?」