5 <開拓者>
<魔王>
―――異世界のシステムは、中々に興味深い。
あの声と共に私の目の前に広がった<ステータス>は、今現在の私のことがほぼ全て書かれている。
見ればLvや称号、スキルなど、この世界独自のシステムは、しっかり私にも適応されているようだ。
それに加え、<魔王>になってから一度として使っていない私の名前……クロノが表記され、あまり口外していない実家の事まで詳しく書かれている。
この世界<ジルヴェニア>のシステムは、相当に優秀らしい。
この<ステータス>が開いたときと同じように念ずれば、これは予想通りに掻き消えた。
便利な物である。
……元の世界では、<魔界>の民のほとんどが私の実家について知らなかった。
皆一様に貴族か、歴代<魔王>の子孫かと思っていたようだった。
……こうして家のことを振り返るのも、一体何時ぶりか分からない。
実家のことに懐かしさを覚えると共に、改めて確信する。
(―――私は、きっとどこまでも農民なのだ……)
自分でも思うが、農業のために異世界へと渡った私が言うととてつもなく説得力がある言葉である。
私は改めて自身の周囲を見渡した。
―――木々が生い茂っているが、魔素が豊富な土地。
辺りを軽く均せば最高の農地になるだろう。
この土地を開拓せずに遊ばせておくとは、この世界の民の気が知れない。
急くような気を抑えて、これから広げる農地の範囲について考える。
いくら魔素が多くとも、最初は<魔界>の土壌に似た場所が必要である。
そして、あらゆる土壌で生育できながらも、その土壌を<魔界>の物に近づけることが出来るのは、私の持つ植物の中ではただ一つ。
―――泣き叫ぶ人根花だ。
彼等が農業初級レベルというのは、この育て易さだけでなくそういう訳があるのである。
とは言っても、<魔界>で雑草として扱われているように繁殖力が強く、他の植物の害にもなるのだ。
かつて私に農業のイロハを教えた祖父も、農地に植えた泣き叫ぶ人根花のことは先生と呼んでいたが、道端に自生した物は私が焚き火にしていても引き抜いても何も言っては来なかった。
農業に携わる者であれば、泣き叫ぶ人根花の偉大さがと厄介さが分かるというものだろう。
そして今回私が土壌整備のために持ち込んだ泣き叫ぶ人根花の種は、合計30個。
予定では、泣き叫ぶ人根花一つにつき1m四方くらいの範囲を整備させようと考えている。
農地の大きさは横5m、縦6mの長方形から始めるつもりだ。
まずはその範囲を軽く耕そう。
【スキル<異空間収納>】
システムの声がスキルの発動を告げた。
何気なく前方へ伸ばした手が、目当ての物を掴む。
腕を引くと、何も無い空間からそれが姿を現した。
―――鍬だ。
まだ真新しいそれは、この異世界における私の相棒である。
長く使う物であるため素材は惜しんでいない。
―――鍬平は神鉄と真銀の合金。
柄は世界樹の枝で作られた、伝説級の鍬である。
これで心踊らぬ農民がいるだろうか?
―――――断じて否である。
肥沃な大地に良い農具。
後は、育てる者の腕次第。
今ここに<魔王>はいない。
―――居るのは、一人の<開拓者>のみである。
伝説級の鍬は、備中鍬の見た目を想像しています