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第八話 人でない声

「何時からだ」


「……んー?」


「何時から、オレが『凡人』を厭うのを知った?」


「結構前から。だから、色々俺の知らない世界に入ったんでしょう?」


 ずばりと言い当てられた。尊人は益々居心地悪そうな顔をして、それから「気遣うな」とぼそりと呟いたのを、一也は確かに聞き取ったので判ったと頷いた。


「アオクラって、聞き覚えある?」


「ねぇな。俺のブラックリストから外れている。小物か…大きすぎるから、手から溢れたのか。稀にあるんだ、大物過ぎると誰も言わない名がある」


 後者だと、密かに勘が働いた。それを尊人に伝えると、一子が脱衣所から出てきた。

 出てきた一子は一也に抱きつき、首にぶら下がるが、尊人によって首根っこを掴まれ、離される。


「何するんやぁ、フーッ!」


「うざいんだよ、テメェ!」


「さっさと去れ! 此処はぁな、もうあたしらん新居なんにゃあ! なぁ、餌!?」


「うーん、どうだろう」


「餌ぁー、あたしのこと嫌いなん?」


 ぐすっと鼻を啜る音が聞こえた。泣きそうなのだろう。

 幾ら妖怪でも流石に女の子を泣かせることが出来ない、そして好意を利用するため一也は、嫌いじゃないよと苦笑して頭を撫でてやる。

 その様を見て、尊人は、阿呆くさいと一子を手放した。

 一子は、ふーっと尊人を威嚇する。


「オレはテメェがこいつを信用するんなら、調べに入るが、どうする?」


 視線を一也に戻して、決定権を一也に任せる。


「うーん、信じられないなぁ」


「にゃ!? 何で信じられへんのぉ!」


「あんたを信じて、助かる保障がないからさぁね」


 あはは、と笑う一也に、一子は頬を膨らませて拗ねる。


「あたしはなぁ、餌ぁ」


「うん」


「アオクラ様が塔に相応しー思うねんよ。せやから、アオクラ様以外の除去なら任せときぃ」


「とかいっちゃって、そういう作戦だったりして?」


「餌ぁ!」



 今にも泣きそうな声を出されても、一也は笑うだけで信じようとはしなかった。

一也はこう見えても、結構用心深い。少しでも疑う隙があるならば、とことん疑う。まぁ、それも酒に飲まれれば、それもあっさりと揺るぐのだが。

 二人を見ると、尊人は自分を信じさせるまでの経緯を思い出すのだった。


 何年も昔のことだった。

 尊人が酒に溺れて、足腰がふらふらになってたときだった。

 その頃の一也はまだ人を信じやすくて、疑うこと何て知らないよくある世代の無垢な少年だった。ただ時代が時代故に、現代じゃ希有な存在だったかもしれない。今は今で希有だが。

 故に、ビルとビルの隙間にあるゴミ捨て場で項垂れて座ってる己を見て、少し躊躇いながらも大丈夫ですか、と声をかけてきたのだ。




『――るせぇ、ほっとけ』


『うわぁ、酒臭いねぇ、にーさん。もしかしてホームレス? その容貌』


『勝手に勘違いしてろ』


 一也はふぅんと呟くと鞄から何かを取り出して、それを尊人に見せつける。何かの景品なのか、よく見かける子供向けキャラクターの小さなトランプだった。

 一也はそれを見せて、にこりと微笑む。


『俺が勝ったらぁ、お酒をやめること。俺が負けたらぁ憂さ晴らしに、ぼこってもいいよ』


 鬱憤が溜まってるのは確かだった。

 その時期は確かに弱っていたし、何よりとある悪魔を殺したことにより、己の望んでいたのに気に入らない形で手に入った悪魔祓いの名声が広がっていた時期で、苛々としていた。

 だから八つ当たりする機会が欲しかった尊人は、頷き、試しに五回勝負をするが、その全てに負けた。

 卑怯だ、いかさまだ、という声に相手は聞く耳持たず、『いかさまだってばれなければ、真実だよ』という一也の言葉にむかついて、もう一度勝負だと言うと、今度はもう時間だから帰る、と言われた。



『何だよ、勝ち逃げかよ』


『違うの。彼女を待たせてるんだよ。気むずかしい子だからねぇ?』


『っけ、青春してるなぁ』


『若者ですから』


 一也はにこりと微笑み去っていく。

 それから同じ通路で待ち、またあの不思議な少年に会えないかどうか待っていた日が過ぎる。

 毎日待っていたわけではない。勿論、悪魔祓いや妖怪退治をしたりもした。

 だがどれも鬱憤が晴らせず、不思議と少年と居たとき少し心が穏やかになった気がして、あの時の時間がもう一度欲しかった。


 二回目の邂逅、またしても負けた。三回目の邂逅、一度は勝てた。四回目の邂逅、また負けた。そして、五回目の邂逅――その時、一也にとっての荒れる時期がやってきていた。


 一也はいつもと同じ笑みなのに何処か違和感を感じ、そして何もかもを疑っていて、理由は聞かないで、そのまま見過ごした。

 後に完全に人間不信になった一也に気づき、そこで尊人は見過ごしたことを後悔する。

 己も疑われる部類に入っていたのだ、悲しいことに。


 だからこそ、根気強く一也に理由を聞き、原因を血祭りにあげてみた。

 その事は一也には教えてないはずなのだが、何処か気まずそうな顔をして会ったときには気づいていたのだろうな、と思った。

 それでもそれが己の害ではなかったので、一也は己を利用することを覚えたのだろう。

 利用でも良かったのだ。


 一也は、二回目の邂逅の時、己を救ってくれたのだから。


『――俺ね、偶に人でない者の声が聞こえることがぁあるんだけどさぁ、信じるかなぁ』

『――……まぁ信じてやるよ』

『あのね、あのね。あんた、間違えていい人殺しちゃったんでしょう? でも、そのいい人は天国からずっと気にするなってあんたに言い続けてるんだよ』

『――あ?』

『――……罰を与え続ける、己の弟を守れって――』


 それは普段なら笑える言葉だったが、その時期は身に覚えがありすぎることで――確かに、確かに己は殺したのだ、良き悪魔を。

 改心したばかりの悪魔を、改心したのだと気づかず先輩が止めてもきかないで、己の腕を試したいが故に弓矢を放った。

 ――その悪魔にも弟がいて……その弟は――。




「っち、やなこと思い出した――」


「みーちゃん?」


「一也、テメェ、今でも人でない者の声は聞こえるか?」


「え、ああ、どうだろうねぇ? こんな人間だしねぇ俺。でも今日聞こえたなら聞こえるのかな」


 そうだ、彼は『声』を聞けるのだった。

 尊人はそれを思い出すと、一也に声が聞こえるのか、と問うた。


「うん、まぁ、一子ちゃんは騙すような人じゃないって『誰かが』が言ってるけど、一目会っただけだし……」


「ほんなら、百回会った奴は騙さへんのか? ちゃうやろ? 一回あった奴かて、信じてもええと思うんや、ごっつ。餌ぁ、頼むわぁー」


「うーん……」


 悩んでいる。揺るいでいる。あの一也が。酒が入らない限り、他人を一目で信じないあの一也が。尊人は、それだけでも信用に値するのでは、と思い……むかつくから、口では一子には教えないが、もう一度、どうする?と一也に訊いた。

 一也は大分揺るいでいる。すぐには返答は返ってこなかったが、また信じないと口にした。


「一子ちゃんが帰ってこない上に、俺の居所がその布で隠されないなら、向こうから接触してくるよ、そのうち」


「じゃあ、調べるのはやめておくか?」


「あー。あー。どうしようー!!」


 こういうときに決断できない、優柔不断なところが、『特別』らしくなくて尊人は苦笑しかけたが、笑みを一子に見せるのは惜しいと思い、表情と気持ちを引き締めた。


「オレは正直なところ、こいつは信用出来ない。こいつだって、覇者になりたいはずだ」


 わざとそんなことを口にする。企みを成功させるために。企みなどと物騒な程度ではないが。ただ相手の馬鹿なところを利用するだけだ。


「なんやぁ! 御前に信用なんかされとうないわ! あたしを信用してええんは、餌とアオクラ様だけやぁ! フーッ! それに、それに、……はしゃってなんやの?? 頂点に立つって、どないな意味なん? 村を救う人なんやないの?」


 口に半笑いを浮かべて、首をかしげる彼女を見て、覇者を知らないのなら自分を謀って塔を見つけさせないのだろう、ただたんに攻撃戦闘員なのだろうと一也は納得して、判った、と頷いて笑った。


「一子ちゃん、あんたを信じてみるよ」


 尊人の企みは成功したようだ。これで、安心して自分は後の敵を調べられる。

 それどころか、他の狙っている奴らも探せるかもしれない…一也を泳がせておけば。


 ――それにうまくいけば、トワの塔にも……否、何を考えているのだ、自分は。尊人は自分を窘める。


 一子は口元だけ頬笑ませて、こくこくと頷いてから有難うと叫ぶように抱きつく。

一也は苦笑して、猫のような一子の頭を、猫を撫でるように撫でた。



「じゃあ、みーちゃん、宜しく」


「ん。そいつが何かしてきたら、携帯にかけてくれ。あと、何か判ったことがあったら。最低三十分で行けると思う。最近は便利だな? 金さえ払えば、『道』が造れる」


 出かける準備をして、手当有難うなと尊人は刀やら持ってきていたものを持つと、部屋から出て行く。

 行き先は聞かないのが、あのビルの隙間で出会った日以来のルールだ。『声』から聞かないのも。

 こうして、先ほど再会したばかりの友人は、またしても行方不明になるのだった。

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