第七話 名付けられた愛称
「病院、行った方が良いと思うよん。本当にさぁ」
「やぁや。センセェは、怖いん。人間のセンセェは藪やし」
「そうはいってもねぇ、一般人にも出来る程度の治療ってのがあるよ」
「大丈夫! 治療術使える仲間おるもん。ほんまは余計な節介で鬱陶しいんやけど、この顔に免じて許してやるにゃぁー」
「じゃあ、仲間の所へ行けよ」
尊人がいつの間にか手当を終えて、少女に巻き付けた包帯を締め上げる。気のせいか、必要以上に力がこもっていた。
それに少女がにゃーと叫び、今度は指の爪で尊人を引っ掻こうとした。
かぎ爪はもう、部屋の隅に置いてある。尊人の血で汚れたので、少女は後であれを処理しないとと思いつつも、今は尊人に抵抗することで必死だ。
「あー、みっちゃん、服ごと包帯巻き付けちゃ駄目でしょう」
「あ、脱がすか?」
「にゃ!? 馬鹿ッ馬鹿ッ馬鹿ッ。猿には触らせへんわぁ! あたしに触ってええんわ、アオクラ様と、餌だけやぁ!」
またしても信じることは罪だということを、教えてやろう。
一也は出てきた名前に、にこりと微笑み、尊人のほうを見やる。
「はい、親玉の名前ゲットー。みーちゃん、アオクラさん調べておいてねん」
「あ! 卑怯やわぁ! 卑怯やないの、顔に似合わず! 油断したわ、フーッ!」
また尊人を引っ掻こうとする少女を止めて、尊人を見遣ると、尊人は一也に顔を顰めていた。
「その間」
「え」
「その間、テメェを誰が守るんだ? 調べるのはかまわねぇが」
今度はただの尊人の過保護な情とは言えなかった。
現実にこうして己をつけねらってるどう見ても人に見える妖怪が居るので、妖怪がもしも自分は人間ですと名乗って近寄られれても気づかぬ間に危険な目にあうだろう。
「あー……んー、ねぇ、あんたさぁ、返して、その布。でないと、俺危険なの」
「やぁや」
少女に向き直ってにこりと頬笑む一也の顔を、険しい顔と声と違って撫でてる少女。
その片手にはしっかりと、布が。
「これあると、あたしにゃ見えへんもん」
「だって、見えたらさー俺を捕らえようとするでしょう? みんなが、揃って、わーっときちゃったら、俺、わーっと逃げられないようー」
「……ええーー。ほんなら、アオクラ様が来るまでは、あたしが守ったるわぁ。それでええやろ?」
「誰が妖怪に任せられるか、クソ馬鹿」
「黙れ、帰れ御前!」
と、最初に戻る。
「二人ともね、守ろうって思ってくれてるのは、すごぅく嬉しいんだけど、もうちょっと仲良く……ね、一子ちゃん」
一也はこんなに五月蠅くては近所に迷惑だろう、ただでさえ薄い壁なのだからと心配しだして、声のトーンをさげるようお願いした。
一子と呼ばれて、少女はきょとんとし、それから首を傾げて用心深く一也を見つめる。
「誰のこっちゃ」
「あんただよ、一つ目小僧だから、一子ちゃん」
「センスねぇの」
「煩い! 珍しい人間やねぇ。普通、眼帯してるし、こっちに擬態あるから、二つ目やー嘘やー言うのに、すんなり受け入れるなんて。馬鹿正直にも、程があるにゃあ」
はぁと感心したような息をついて、一也を見つめてから少女は口元を頬笑ませ、抱きつく。
一也は抱きつかれて、目を見開き、それから困惑する。
可愛い少女に抱きつかれて嬉しくない男は居ないが、一也は女性不信なのだ。
「やっぱ好き! 好きや! ええなぁ、いっこ、いっこ、って可愛いなぁ」
「テメェにゃ似合わないな」
「煩い、帰れ! 凡人!」
「テメェ殺す!」
尊人の逆鱗に触れたので、一子と尊人はとっくみあいの喧嘩をし出す。
けが人なのにどうしてこんなに元気なのだろう。
ぎゃあぎゃあとわめき出す二人を見て、一子の頭をぱしりと撫でるような優しさで叩く一也。
「一子ちゃん、これだけは言っておく。みーちゃんを、凡人って言うのは、許さないからね?」
にこりと頬笑んでいるのに、何処か重い空気を背負っている。
それを敏感に感じ取った尊人は、何とも言い難い複雑そうな仏頂面をして、一子はただこくこくと頷いて、判ったーと叫んだ。
一也は一子に脱衣所で包帯巻いておいで、と、包帯を持たせて脱衣所へ向かわせた。
一子はぎゃあぎゃあわめいたが、最終的には大人しく脱衣所に入り、戸を閉めて包帯を巻いている。
それを満足げに頷いて、さて先日までの求人雑誌でも見ようかと思い振り返ったとき、尊人が目を少しだけ鋭くして此方を見ていた。