第六話 ある意味純愛
家に着けば暴れる二人。
「余計なことすんなやぁ!」
「だって、痛そうだったし……」
「餌に情けなんやかけられとうないわ!」
「餌……?」
ちゃき、と刀の鳴る音がした。わぁと呟いたわりには落ち着いた顔で、尊人を静める。
尊人は、未だに少女を助けたのに納得がいってない。その上に、少女はお礼も言わない。
更に言うと、たった今何よりも大切な友を、餌と呼んだ。
一也に対して異常なまでの過保護なこの悪魔祓いが、そんな呼び方を許すわけがない。
だが少女は何処も詫びれがなく、寧ろ何故そのように恐ろしい形相になるのかが理解出来なくて睨み付けてくるだけだった。
「まぁまぁ、落ち着きなさいな、みーちゃんよ」
「自分が貶されたんだから、ちったぁ怒れよ、テメェも」
「別に。無駄なエネルギーは使ったら勿体ないよん」
確かに訂正する気のない相手に怒るのは、無駄と言えば無駄だ。
尊人は、包帯だらけの胸を押さえて、座布団へ座り込む。幸い傷は浅くて病院に入院するほどではなさそうだ。
尊人は怪我が多い癖に保険に入ってないので、いざというときお金の首が回らない。だからいつも怪我で苦労をするのだ。
今回はそうはならずにすみそうで、一也は安堵する。
だが、少女の方は怪我が酷く、背中は夥しいほどの出血で一瞬でこのような傷を作りだせた尊人の腕に戦慄きつつも、味方であることを感謝する。
「フーッ! 餌ぁ、御前、何処におるんやぁ!」
そういえば腕の布をまだとってなかったと、腕の布に気づきそれから尊人に問いかける。
「あー怪我の手当するから、みーちゃん、これ取って良い?」
「……他人を見捨てる勇気を持てよ、テメェの得意技だろ」
否定はしないということは、了承ととっていいだろう。中々に頑丈な結び目を解くと、少女は虚ろな目をそのままに興奮した。
「餌ぁ!」
「うん? なぁに?」
「あたしと結婚してくれぇ! ごっつ好みの顔やわ、御前!」
世間一般で言うと一也の顔は美形ではなく、寧ろ平凡な顔だ。
一也はそんなことを言う少女を信じられはしなかったが彼女の目は本気で、マニアックだなぁと戦慄く。
「テメェは死ね」
一也に飛びつく前に少女は尊人に、足蹴にされ、尊人を少女は睨み付ける。
「っく、お舅さんはごっつ腹立つけんど、御前のためなら堪えられるやさかいに!」
「誰が舅だ、舅! ただの友達だ!」
「ほんなら、あたしらのことに口出す権利はあらへん」
そういうと、少女は脂汗をかいたまま、一也の手の内にある封印布を取り上げる。
それをすると、流石に困ったなぁと、全然困った様子のない顔で一也は呟く。
「顔、顔好きなんや。顔みていたいんや」
「じゃあ、俺の顔見てていいから、大人しくしてる?」
「うん!」
頷いた少女に、一也はにこりと愛想の笑みを向けてやり、信じることは罪だと教える。
「みーちゃん、手当してやって」
同時に息ぴったりと二人から不服の文句、否、相手への罵声が飛び交う。
それにけらけらと一也は笑い、罵声をそのままに少女の手を握り、座らせる。
少女は、生まれて初めての感覚だった。
自分の心臓が、これほど音を立ててくるような感覚は感じたことがない。
自分の顔が、これほど照れで朱に染まることはなかった。
ただ、彼の顔を見るだけで、惚けてしまい、彼の声で、彼に気づく。
自分が自分でない感覚。怖くもあり、楽しくもあった。
一也の顔は、戯言でもかっこいいとは言えない顔だった。
だから、今まで顔で自分を見てる女にふられる経験を何度もしている一也には、何故こんなにも自分に少女が懐くかが不思議だった。
故に一也は少女の思いは手当に利用しても、信じることはしなかった。