第五話 子猫のような仕草で
「何処の誰だっていーじゃん」
「そうだな、問題はそうじゃない。もう一人、異形がテメェに関わり――」
尊人は何か布を取り出して己の腕に巻き付けて、それから刀を鞘ごと取り出して、鞘を捨てるように地面に置き、刃を抜く。
そして己をじぃっと見やっている。
それを一也に向ける。一也は一瞬自分が切り捨てられるのかと思ったが、すぐに誤解だと判る。
「もう一人テメェを察知した奴がいることだな、馬鹿野郎!」
一也を押しのけて、尊人は背後に迫っていた真っ赤な髪の少女を斬ろうとしていた。
少女は間一髪で尊人の斬撃から逃れ、曲芸のように宙回転を三回して地に、猫のように四つんばいになりかけながら、降り立つ。
真っ赤な長い髪の毛に、金色の虚ろな片目。もう片方は眼帯をしていて、見えない。女の子らしく、眼帯にはハートマークがついていた。
だぼだぼのベージュのワンピースのように長いセーターに、膝小僧の見える黒いスパッツ姿。寒くはないのだろうか。しかも、裸足だ。
少女は愛らしく、ふーっふーとまるで一也のように警戒心を高くして、一也達を見やっている。
否、正確には尊人だけを、だ。
少女には一也が見えていないのか、首を左右にふって、悔しそうにそして傍目からは痛そうに地団駄をする。
少女の必死に揺らめく髪の毛が面白いな、と思い一也は吹き出しかけたが、己を尊人が何かの術で――恐らくはこの腕の布で――隠してくれたのだろうと察知し、声を押し殺す。
「にゃーああああ!! ど、どこやぁ、さっきまで匂いしとったのに! おまえぇ、何処に隠したんやぁあ!」
少女は美少女に入る部類の外見をしていたのだが、きっと彼女に一目惚れした者は余程の愛がないかぎり、彼女のしゃべり方に幻滅するだろう。
まともに喋ったら可愛いであろうに、一言口にするだけで台無しだ。
動作が猫のようだと思ったが、彼女は口癖も猫の鳴き声のようだった。
「うるせぇ! 中途半端な関西弁喋るんじゃねぇ! にゃーとか、変な泣き声あげやがって、この雌猫が!」
「あははー、今時昼ドラでも言わへんで、雌猫なんてぇ。あたしはぁ猫ちゃうもん。ばぁか、猫は喋らんわぁ! あたしは、一つ目小僧や!」
「小僧っつっても、女じゃねぇか、このブス!」
一也は尊人はもしかして己以上に女性に対して、トラウマがあるのではないかと思った。
見かけは可愛いのになぁ、と思い一也は少女をもう一度よく見つめる。
赤い髪の毛は艶やかでおしゃれなのに服装には気を遣って無くて、この寒い空の中、スパッツとセーターだけで居られる相手に拍手。
「生足、えろいなぁー」
「誰や!? 声がしたで!? それもおっさんのような文句が!」
少女の言葉で己の心で漏らした声が聞こえたのだと気づき、一也は身を凍らせる。
――後で尊人の説教を覚悟しておこう。
尊人は一也の言葉に反応してつられて少女の生足を見ることもなく、黙れ、と一喝する。
「気のせいだ!」
「気のせいとちゃうもん! 確かに声がしたもん!」
「気のせいにしてやる、テメェという存在を――ッ!」
その瞬間、尊人はぼろぼろの切れ味はよくはない筈の刀で少女の、無防備にも向けていた背中を切る。
少女はぎゃあと叫びながらも、反射的に手にあったかぎ爪で尊人の胸を浅く切り裂いた。
血を見るのは一也は実は少なくて、思わずうひゃぁと声を漏らして、首を縮めた。
一也は尊人に駆け寄り、大丈夫かどうかと問うと、尊人は大丈夫だと答え、少女に向き直る。
少女はふらふらと立っていて、それでも必死に己を探そうとしている。
まるで飼い主を捜している飼い猫のように、必死に虚ろな目を彷徨わせて、「何処にいるんやぁあ!」と叫ぶ。
その様子が、何故だか緊張感を無くさせて、一也は尊人の首根っこを引きずり、文句を言う尊人も無視して、少女の首根っこもつかみ、ずるずると自宅へと戻る。
「なんや!? なんや、めっちゃ引っ張られとる! あたし、そっちにいきたぁないんやぁ。離せ、建造者!」
「うっせ、オレだってテメェ連れて行きたくねぇよ!! テメェ、どういうつもりだ!」
前者は少女、後者は己あてのテメェ、だろう。
名前を呼ばなかったのは、敢えて、だと判ると後が怖いなぁと思いつつも、一也は半笑いで、ずるずると二人を引きずり、自宅に着く。