第四話 神が探すトワの塔
「気にすンな、どうせオレの言うこと聞かないでいたら、おっ死ぬのはテメェだ」
「大丈夫ですーぅ。さっき見たでしょ、オレ、轢かれなかった」
「それが誰かの手引きでもか? 誰かが故意にお前を『殺したくない』のだとしたら?」
「有難いことなんじゃあないのー?」
一也は糸目を細めて、尊人の言いたいことを理解しようとしてみるが、一也には無理だった。
尊人の言うことは言葉が短すぎて伝わらないことが多い。言葉が足りないのだ。
あるいは、己の人生経験にないことだから理解力がおいつけない、ということだろう。
一也が暢気な声をあげると、尊人はため息をついて、河川敷まで着くと、漸く背中ではなく顔を己に向けてくれた。
「何かな、それでぇ。結果は?」
「テメェは百パーセントオレのことを信じられるか? 否、オレじゃなくてもいい、オレの言葉を、だ。テメェが気をつけてくれればそれでいい」
「――話による」
疑り深い一也でも、この世で真っ直ぐに信じられる人間は片手でも余るが居ることは居る。そのうちの一人が、尊人であり、尊人も己に対しては甘いのだ。
他の人間に対しての尊人を見てきているが――これでも少し短いというには長すぎる付き合いなのだ――、己に対しては必ず害をもたらすことは無いことを知っていて、悪魔祓いだからというのもあるが、だからこそ一也は尊人に相談した。
「バベルの塔を知っているか」
「バベルの塔は昔、ノアの箱船後、作られた何よりも高い塔。あまりに高すぎたから神は怒って、壊した。あってる?」
「流石。だがそれよりも高い塔が、その後出来、それは今でもある。神が怒り、くまなーく探しても見つからねぇ」
「え――」
「皆はトワの塔と呼び、トワの塔は『自ら』塔の場所を移動する」
一也は糸目を益々細くさせて、警戒の色を見せるが、表情はどことなく穏やかに見える。
この男の怖いところは一見何も考えて居なさそうなのに、頭の中では疑う材料を探しているところだ。
但し、今は尊人ではなく、話の何処か、だが。
それを判っているから、尊人も何も問いたださず、当然のように言葉を続ける。
「何故自ら移動するようになったか。トワの塔はな、最初に頂上に立つと世界の覇者になれるんだ」
「へー凄いね」
わぁと驚いたような驚いていないような顔で、拍手をして、その後に興味なさげの顔をする一也に尊人は少し、苛立ちを感じる。
『特別』なものは、そういうものに興味はない。
判りつつも、何だか少し悔しくなる。羨ましい自分の姿が浅ましく見えて。
尊人は『特別』な者に強く憧れて、悪魔祓いになった身だ。だからこそ、憧れない他の者の心境が理解出来ないとまではいかないが、苛つきはするのだ。
「テメェはな、一也。トワの塔へ行くための鍵なんだよ。
テメェ以外、誰にも塔は見えないように設計されている。塔は設計者しか受け付けない。
だから、お札が燃えたのはテメェが探されてることを誰かが教えようとしたため、テメェが何をしようと誰もが殺したくないのは運命がテメェの味方だからだ――以上ッ」
一息に尊人は口にした。
一也の疑う余地を無くすため勢いで誤魔化した。
だが一也は首を傾げて、話の一つ一つを脳内で処理していこうというので、無駄なことだった。
「何でオレが設計者なんだよ」
「――しらねぇ。前世かなんかじゃねぇの? 妖怪どもが噂してるのを、オレは聞いただけだ」
「何処で?」
「おっと、ココはテメェでも聞かせられない世界だ。否、聞いたら戻って来られない。だから聞くな」
「うん、判った」
一也はこくりと頷いて、ため息をつく。
いきなりの状況説明に、誰がため息をつけない強者になれようというのか。
だがそれでも尊人の真剣さからいって、そして『特別な者』への妬みの視線が絡まってることから、尊人の話を一也は信じることにした。
「困ったね。バイトとかあるんだけど、捕まったら時給でるかなぁ?」
「間の抜けたしゃべりで、間の抜けたことを言うな! 出るわけねーだろっ。テメェ、さっきあの変な奴に会ったときぼーっとしてたけど、どうしたんだ?」
「うん、あのね、声が聞こえたんだ」
「声?」
「運命を味方につけろーって。そうすれば間抜けな俺でも生き残れるってー」
「何処の誰だ」
一也が己を無能と称した瞬間の尊人の表情は流石に己でも、怖くなる。
そこまで過保護な情をもたれているのは、何だか同性としては納得がいかない。
それでも尊人は己が馬鹿にされるのを酷く嫌い、例え些細なことでも馬鹿にした者は尊人の手で、己の知らないうちに血祭りにされてるのだ。