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~鍋の中に~

秋さんは、2組の女子高生が注文したのを見たあと、一息つこうとコーヒーを飲んだ。

瞬間に吹きそうになった。

なぜなら、次の注文客が手にしていたのが鍋だったからである…

えーっと。どういう状況、いや、このOLらしき女性は、なぜこのパン屋さんで鍋を手にしているのだ??

普通はいらない、よな…??


私は慌ててほかのお客の持ち物を確認する。


誰も、鍋を持っている者はいなかった。


今、この店内で鍋を手にしているのは、この女性1人だけだった。


当然だ。だってここはパン屋さんだ。お豆腐屋さんではない。何を頼むつもりなんだろうか。

若干、ゆみさんも困っているように見える。

そんな中、みんなの視線を集めた女性が注文しようと口を開いた。

みんな、ゴクリと固唾を呑んで見守る。


「お」


お?

お豆腐か?


「美味しいチョココロネ、焼き目は薄目で。あとアールグレイをホットでください。」



ふっつーーの注文だった。

みんな、無意識に息を止めていたようで、安堵したために、そこら中から息を吐く音が聞こえた。

ゆみさんは、いつも通りの笑顔とハキハキした声で「ありがとうございます!」と言い、レジをして整理番号の付いた札を渡した。


私も息を吐き、コーヒーを一口すすった。

良かった、普通の注文で。だが、この女性が鍋を持っている謎は、未だ解明されていない。

随分と重そうにしているが、既に中に豆腐か何かが入っているのだろうか…。


その女性が注文を終えて、札と鍋を持ちながら、ちょうど私が座っている席の近くに座った。鍋は空いた椅子の上ではなく、テーブルの上。やはり、なにか入っているはずだ。空の鍋なら、椅子の上でも構わない。しかし、何か食べ物か(やはりお豆腐か?)それ以外に、目の届く場所にないとダメなものが入っているのか、いずれにしろ何か入っているから、彼女はテーブルの上に置いたのだ。


「あの、何か?」


その女性は、私に尋ねてきた。あまりにも私が食い入るようにじっと見ていたからだろう。迂闊にも、不審がられるほど見てしまっていたようだ。


「いえ、なんでも。」


咄嗟に私は何もないと返してしまった。(おお)ありなのに。

この小説始まって以来の、私の初めての発言なのに。

「そのお鍋には何が入っているんですか?」と聞けば、このお話はあってなかったようなものになる程のことなのに。やってしまった。

今からでも間に合うか?私はそう思い、もう1度彼女の方を向いた。彼女は首をかしげてみせた。

「そ、その。注文で、焼きチョココロネ頼みましたよね!焼き目は薄い方が好みなんですか?」


あぁ。私の意気地無し。まるで、「好きです。」の4文字が言えなくて、遠回りしてる気分だ。


女性はきょとんとして、いやしかし、些か私の発言に不審に思いつつも、親切に答えてくれた。

「ええ、私はあまり焦げみたいな香りは得意ではないので。でも、少しは焼き目がある方が好きなので、薄目でお願いしてるんです。」


「確かに、そのくらいの焼き目でも美味しそうですね。」


あはは、とお互い笑い合う。うん、なんて和やかなんだ。心地よいな。このまま世間話でもしながら、残りの焼きチョココロネを食せれば、なんて優雅なんだろう。


…やはり肝心なところまで行きつかない。さて、どうしたものかと思いつめながら、私はコーヒーを飲む。そろそろ、コーヒーもなくなりかけてきた。おかわりでもまず頼むか。

段々、注文カウンターに待つ行列もなくなってきた頃合いだし、と思いコーヒーのおかわりを頼んだ。


新しく並々と注がれたコーヒーに映る自分の顔を、見たくもないが視界に入れながら、同時に鍋の女性のことも視界に入れていた。女性は自分の注文の品が来るのを待っていた。


鍋を見つめながら。


やはり、それだけ見入るということは貴重な鍋なのだろう。そういうことかと思い、私はコーヒーを飲んだ。


しかし、妙にひそひそ、ぶつぶつと呟いている。さっき話した時は変なこと言う人ではないと思ったのだが。変な行動はしてるけど。


「長老、いい匂いしても動いちゃダメだよ。さり気なく分けてあげるから、それまでは待て、だよ。」


待て??待て。

動物か。いいのか、飲食店に連れてきて。

いいのか、そんな所にいれてて。


良くないだろっ!ダメだろ!でも、バレたら大変なことになるし、できるだけ冷静に努めよう…。


そんなこんなで、内心冷や汗をかき、慌てふためいている自分のそばに、ゆみさんが女性の注文の品を運んできた。焼きチョココロネと、アールグレイのいい香…て、そんな場合じゃない!どうかバレずに済んでくれ!


女性は、「ありがとうございます!わあ、美味しそうー!」と言い、全く動じてない。肝が据わりすぎている。

焼きチョココロネと鍋の距離は近く、鍋の中にいるであろう長老という名の動物には、その香りがもう届いているはずだ。


「ごゆっくりどうぞ!」

と、ゆみさんが立ち去ろうとした。

そのとき。

「にゃー。」

と、微かに聞こえた。



読んでいただきありがとうございます!

この鍋の女性の回は次に続きます!!

感想等よろしくお願いします|´∀`)

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