現実世界でスキルポイントを手にしたら
スキルポイント。
それは何の努力もなしにスキルを手に入れる事が出来る不思議なポイント。
もしある日突然それを手にしたら、あなたならどうするだろうか?
尚、スキルポイント使用に関するルールは次に記す通りである。
・ポイントの使用可能期間は十日間
・期間内に手に入れたスキルは永続的に使用可能(※例外あり)
・初期ボーナスポイントは100ポイント
・ポイントはお金で購入可能
・ポイント購入にかかる金額は使用者により異なる
・ポイントをお金に変換する事は出来ない
・取得可能スキルやそれにかかるポイントは使用者の知識や願望等、様々な要因により左右される
・スキルポイントを手に入れた事は、生涯に渡り口外する事が出来ない
・使用期間が過ぎて余ったポイントは消去される
・スキルポイントの使用者は完全なる無作為で選ばれる
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「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
コンビニ店員の挨拶を聞きながら自動ドアを抜ければ、冷たい風が体に当たる。坂本亮太はブルッと身体を震わせて足早に車に乗り込んだ。
高卒で就職して早三年。学生の頃にしたアルバイトとは違い、正社員としての仕事は亮太が思っていた以上に大変だった。ようやく仕事にも慣れてきたが、正直な所すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。それでも辞めずにいるのは、転職してもそんなに変わらないだろう事を予想しているからだ。
働かなければ暮らしてはいけない。だったら少しでも楽な方が良かった。今の会社は給料は少ないし、面倒臭い事も多い。それでも残業はほとんどなかった。それは亮太にとって今の会社に勤める唯一のメリットだった。
家に着いた亮太は、ガサガサとビニール袋から買ったばかりの弁当を取り出した。電子レンジで温めている間に手洗とうがいを済ませ、冷蔵庫からビールを取り出した。
いつの頃からか、晩酌をするのが日課になっていた。アルコールで寂しさを誤魔化しているのかもしれない。
ビール片手にコンビニ弁当を食べる。
実に虚しい。内心ではそう思っていてもそれを変える術を亮太は知らない。
彼女が出来れば何かが変わるかもしれない。そう思って告白してくれた相手と付き合った事があったが、上手くいかずに数か月で別れてしまった。付き合っている当時も気を遣うばかりであり、亮太は自分の生活に一切のプラス要素を見つける事が出来なかったのだ。
「好きでもない相手と付き合うからだ」
友人からは、そう言われた。
しかし亮太には人を好きになるというのが、いまいち良く分からなかった。
学生の頃は単純にヤリたいが為に何人かと付き合ったりしたが、相手の機嫌を取るのが面倒だとしか思わなかった。社会人になって風俗の存在を知ってからは、彼女を作ろうとはしなくなった。ヤリたければその時だけ金を払って風俗に行けばいいのだ。
でもそんな人生は正直虚しい。そう思って頑張って付き合ってみればこの有様だ。
何か面白い事はないだろうか。
食事を終えたら急に眠くなってきた。ビールのせいかもしれない。
テーブルの上に広げられた空になった弁当の容器もそのままに亮太は眠ってしまった。
気づけば亮太は真っ白い空間にいた。目の前では女神が慈悲深い笑みを浮かべて立っている。
「おめでとうございます。あなたは見事当選しました」
「当選ですか?」
ぼんやりした頭で亮太は女神を眺める。
「はい。あなたにスキルポイントを差し上げる事になりました。自由にポイントを使ってください」
女神がそう言うと亮太の身体が光に包まれた。
「え?」
呆気に取られている間に光は治まった。亮太の頭には、まるで元からあったかのようにスキルポイントに関する知識が存在していた。
「これで目を覚ませばポイント使ってスキルを手に入れられるようになります。それではこれで」
女神の足元から光の粒子が天に昇って行く。それに合わせるように女神の姿は亮太の前から消えていった。
「夢?」
眠りから覚めた亮太は今見た夢がまるで現実の事のように感じられていた。そんな事はあり得ない。そう思いつつも、スキル取得のメニュー画面を開こうと意識する。すると目の前には夢で得た知識と同様の、半透明の画面が開かれていた。手で触ろうとしても当然触れない。その画面の操作は亮太が意識するだけで行われるのだ。
「すげぇ……」
思わぬ所から沸いた幸運に亮太は感謝した。
これで退屈な日常から抜け出せる。そんな気がした。
スキルポイントを手にした亮太は早速、取得できるスキルの一覧を表示させた。
表示されたスキルは実に様々で、あまりの種類の多さに目移りしてしまう。
例えばネット小説等で定番の〈鑑定〉だけでも〈物品鑑定〉〈人物鑑定〉〈状態鑑定〉〈スキル鑑定〉〈真偽鑑定〉〈熟練度鑑定〉等、実に様々だ。そしてそれらを取得するにはどれも100ポイントが必要になる。
そして鑑定系全てを統合した上位鑑定は500ポイントとなっている。
どう考えても手が出ない。
スキルポイントは1ポイント一万円もするからだ。三年間コツコツと貯めて来てようやく百万円を超えたばかりなのだ。それを十日で三百万円以上も稼ぐ手段を亮太は知らない。
今の自分でも取得出来そうなスキルはないか見てみる事にした。
流し読みをしながら適当にスライドさせていくと、あるスキルが目に留まった。
それは〈スキル取得〉必要ポイントは1000と高額だが、十日の制限をなくす事が出来るらしい。亮太はこれが欲しいと思った。
しかし500ポイントの上位鑑定でさえムリだと諦めたのに、その倍のポイントが必要なのだ。一体どうすれいいのだろうか。可能性があるとすれば、今のままでも取得出来るスキルを利用してお金を稼ぐ事だ。
亮太は金策に走る為に、何か良いスキルがないか必死で探した。
そして亮太がピックアップしたスキルは次の五つだ。
一つ目は〈詐術〉スキル。これを使ってお金をだまし取る。
二つ目は〈強運〉スキル。ギャンブルでお金を稼ぐ。
三つ目は〈予知〉スキル。同じくギャンブルでお金を稼ぐ。
四つ目は〈透過〉スキル。透明になって強盗する。
五つ目は〈魅了〉スキル。魅了した相手に貢いで貰う。
「どれも微妙だな」
本音がこぼれた。選んでは見たが〈詐術〉〈透過〉〈魅了〉は良心が咎めた。ではギャンブルに賭けるべきかと言われればどちらの効果もいまいちに感じる。
なぜなら運に関しては〈幸運〉〈強運〉〈豪運〉〈天運〉の四つが存在していて、下から順に10、100、500、1000ポイントとなっている。候補に挙げた〈強運〉も下から二番目なのだ。その効果の程が正直言って疑わしい。
そして予知も同様だ。予知系のスキルもいくつか存在しており、全てを統合する〈未来予知〉スキルなら良いのだが、それは500ポイントもする。それ以外に関しては100ポイントで取得出来るが、タイミングや知りたい事を自分で選べなかったり、見える未来が数秒先だったりと使い勝手が良くないのだ。
亮太は溜息を吐いた。一体どうすれば十日以内に一千万円を手に入れる事が出来るのだろうか。
煮詰まってしまったので、ポイントに関係なくスキル一覧を眺める事にした。
やはり高ポイントのスキルは凄いモノが多い。
例えば次のようなスキルがある。
・一回限りの使い捨てスキルではあるが、24時間以内に口から命を吹き込む事で死者を蘇らせる〈蘇生〉
・同じく一回限りのスキルで、記憶をそのままに自分の望む時間に戻れる〈やり直し〉
・一時間以内なら何度でも自由に遡れる〈巻き戻し〉
・何もしなくても毎月非課税の百万円が手に入る〈入金〉
・自由に自分以外の時間を止める事が出来る〈時間停止〉
さすがは1000ポイントもするだけの価値がある。
しかし、どれもが絵に描いた餅。今の亮太には手が出せないモノばかりだ。ちなみに〈巻き戻し〉等を使っても、取得したスキルは消えないし、スキルポイントが使用できる十日という日数が巻き戻る事もない。
そう後十日しかないのだ。すでにカウントダウンは始まっている。悩んでばかりいて時間を消費してしまうのは避けなければいけない。
亮太は一晩悩んだ末、結局〈強運〉スキルを取得した。
翌日、仮病を使って会社を休んだ亮太は朝からスロットを打ちに出かけた。
結果は〈強運〉スキルのおかげなのか大勝利。一日で約二十万円を手に入れた。亮太はこの事に歓喜したが、すぐに冷静さを取り戻した。どう考えても足りない。毎日同じだけ勝てたとしても十日で二百万円にしかならず、一千万円には程遠い。
服に付いてしまった煙草の臭いと、若干聞こえ辛くなった耳に顔をしかめながら亮太は帰路についた。
風呂に入ってスッキリした亮太は再び作戦を考える。
競馬や競艇と言ったレースならもっと大きく儲けられるかもしれない。
次の日、電車を乗り継いで競艇場へとやって来た。昨日と違い煙草の臭いもしなければ、音も静かだった。そして表示された賭けの倍率を見てほくそ笑んだ。ここなら大儲け出来るかもしれない。
しかし残念ながら、そんなに甘くはなかった。
一日トータルで見れば十万円程のプラスになったが、何度か負けを繰り返してしまったのだ。やはり〈強運〉スキルは完璧とは言えないらしい。それでも勝てたのだから良しとする事にした。
三日目、四日目。
土、日を利用して再び競艇場へと挑戦した。
結果は二日合わせてプラス十万円程。どうやら先の二日はよっぽど運が良かったらしい。
通常ならこれでも喜べるのだろうが、亮太は不満だった。
帰りの電車の中、窓から景色を眺めていた。ほんの数秒だけ見えた海は太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。綺麗だななんて考えながら、スキルの一覧に目をやれば〈視力〉なんてスキルがある事に気付いた。片目に着き、5ポイントで0.1上げる事が出来るらしい。
何でもあるんだなと亮太は苦笑した。
五日目。
月曜日のこの日は真面目に出社した。少し頭を冷やして考える事にしたのだ。
会社の人と何気ない会話をしているとローンの話が出て来た。亮太はなるほどと思った。借金というのには抵抗があるがスキルがあれば返済に苦労しないかもしれない。
しかし、亮太は踏みとどまった。やはり借金はダメだ。
会社帰りに何となく目に留まったスクラッチを引いた。五万円が当たった。一等ではないのが残念だが運が良いのは間違いないようだ。
六日目。
仕事をしながら、どうするべきか必死で考えた。
やはり犯罪を犯すしか方法はないのだろうか。亮太の思考は危険な方向へと傾きだした。
会社帰りにスロットを打って二万円負けた。やはり〈強運〉スキルは万能ではない。
七日目。
ここまでで稼いだ金額は四十三万円。
普通に考えれば十分過ぎる成果ではあるが目標には遠く及ばない。
仕事中に必死で考えるも良案は浮かばなかった。
結局この日も帰りにスロットを打った。結果的に前日の二万円を取り戻した。
八日目。
真面目に仕事をして真っ直ぐに家に帰った。
亮太はギャンブルに嫌気が差していたのだ。数万円勝ったところで目標には到底及ばないのだから。
晩酌をしながらのんびりと思考を巡らせた。
何気なくスキル一覧を見ていると〈譲渡〉なんてモノを見つけた。しかも100ポイントも必要だった。わざわざポイントを支払ってまで誰かにスキルをあげる奴なんているのだろうか。
もしいるとするなら見てみたいと亮太は思った。きっと、とんでもないお人好しに違いない。
九日目。
亮太は再び会社を休んだ。実行するには今日が最後のチャンスだ。何度も何度も昨日立てた計画を反芻する。成功率はそれなりに高いだろうと踏んでいる。
亮太は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、大きな賭けに出る事にした。
亮太はナイフを持って銀行へとやって来た。
順番待ちの紙をとって、亮太はしばらく中の様子を観察した。結果、行けると判断した。
そして……。
近くにいた白杖を持った女性を人質にとり、受付に鞄を投げて現金を要求したのだ。
人々の悲鳴が銀行内に響く。
「うるせー!黙れ!」
「ひっ!」
人質の首筋にナイフを押し当てれば、一気に静まり返った。人質の女性は涙を溢して震えている。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
内心で謝りつつも亮太はやめない。もう今更引き返せないのだ。
銀行員の緩慢な動作が亮太をイライラさせる。
「あの、これ……」
ようやく銀行員が差し出した鞄を受け取り中身を見る。百万円の束が十ちょっと。足りない。
亮太はもう一つ持っていた鞄を受付へと渡す。
「足りない。もっと出せ」
「は、はい……」
緩慢な動作で動く銀行員に更にイライラを募らせながら、こっそりと鞄の中身をポイントへと変換した。ポイントを確認すると1300ポイントと表示された。
これで最悪は逃げ切る事が出来る。内心で安堵の溜息を吐きながら受付を睨みつける。
すると突然、外からサイレンの音が聞こえてきた。亮太が唖然としているとあっという間に出入り口が包囲されてしまった。
「早く寄越せ!」
出した声が震えていた。やはりこんな事やるべきではなかった。だが今更後悔しても遅い。亮太は必死で自分を落ち着かせながら人質の女性を掴んでいる手に力を込めた。
外から拡声器を通した声が聞こえてきた。大人しく人質を解放して投降しろと叫んでいる。
犯人を刺激しないようにとか考えないのだろうか。焦っている癖に頭の隅で亮太はそんな事を考えていた。
ようやく銀行員から鞄を受け取り、中身をポイントに変換した。表示されたポイントは2200ポイント。ギリギリだったが仕方がない。諦めて時計を見る。時間はすでに銀行を訪れてから一時間近くが経過していた。
亮太は〈巻き戻し〉スキルを諦めて〈やり直し〉スキルを使用した。
次の瞬間真っ白い空間に亮太は立っていた。
目の前には西暦での年数、月日、時間を入力するタッチパネルのようなモノが存在していた。ここに戻りたい時間を入力すれば良いのだろう。
犯行を行う前、同日の朝へ戻る事にする。
僅かな浮遊感の後、気付くと自宅で座椅子に座っていた。
目の前のテーブルには先程まで使用していた鞄とナイフが置かれている。
亮太は無事に戻ってこれた事に安堵の溜息を吐き、ポイントを確認した。表示されたポイントは1200ポイント。
「成功だ……」
脱力感からズルズルと座椅子を滑り落ち、完全に寝そべった姿勢になった。
天井を見上げて亮太は一人、腹の底から笑った。
落ち着きを取り戻した亮太に罪悪感と後悔の念が押し寄せて来た。
なかった事にしたとはいえ、亮太がやった事は犯罪だ。ナイフを突きつけた女性の顔が脳裏に蘇る。亮太はポイントを使う気分になれなかった。
何となく先程の銀行へ行ってみたくなった。
今度は鞄もナイフも持たずに亮太は出かけた。
銀行から道路を挟んで、反対側にある歩道に並べられた椅子に座って空を眺める。
綺麗な青空だった。あの時の自分は完全に余裕がなくて今日の天気すらわかっていなかった。パックのジュースを飲みながらぼんやりと景色を眺めていると、白杖を持った女性が銀行から出て来た。
先程人質にとった女性だった。
「さっきはごめんなさい」
聞こえない事を分かっていながら亮太は小さな声で謝罪した。
良く見ると女性は綺麗な人だった。健常者ならばさぞモテたであろう。そんな事を考えていると女性の脇を自転車が通り抜けた。そして女性がよろけて車道へとはみ出してしまったのだ。
そこへ絶妙なタイミングでオートバイが突っ込んできて女性を撥ね飛ばした。
「えっ」
まるでスローモーションのようだった。
撥ね飛ばされた女性はそのまま歩道側へと戻され、民家の壁にぶつかった。至る所で悲鳴があがり、救急車がどうのといった叫び声が聞こえる。
亮太は何も考えずに走り出した。
無我夢中で横断歩道を駆け抜けた。青信号なのは〈強運〉スキルのおかげだろうか。
女性の元に辿り着いた時、誰もが数メートル離れて遠巻きに女性を眺めていた。亮太は周りにいる人達を押しのけて女性の元へと歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
抱き上げ、声をかけるがぐったりしていて動かない。震える手を女性の首筋に当てる。
脈がなかった。
亮太は心臓マッサージを始めた。素人考えなのは分かっている。でも助けたかった。
だけどやっぱり、女性は息を吹き返さない。
「おい、あんた!ムリだ……」
見知らぬ男性に肩を掴まれた。
「もう死んでる」
女性はぐったりしていて、どう見ても顔に生気がない。頭から血が出ており誰が見ても手遅れだった。
「なんで……」
亮太は女性を抱きしめた。先程は亮太のせいで人質になって怖い想いをして、今回は原付に撥ねられて死ぬなんて……。あんまりだと思った。一回目は確かに自分のせいだ。でももし今回も同じ事をしていたら、少なくても女性は死ななかったかもしれない。そんな考えが頭を過る。
そして、亮太はようやくスキルの事を思い出した。
すぐに〈蘇生〉スキルを使用して女性を寝かせて軌道を確保する。
「だからもう諦めろって!」
先程の男性が叫ぶ。しかし亮太はそれを無視して、そのまま人工呼吸へと移る。唇を合わせた瞬間、二人を淡い光が包んだ。周りにいた人々からどよめきが起きた。
そして亮太が離れるタイミングに合わせてゆっくりと光が治まり、女性が意識を取り戻した。
それは幻想的な光景だった。
周りにいた誰もが呆気に取られていた。
「奇跡だ……」
誰かがポツリと漏らした言葉があっという間に周りに伝染していった。
ほとんど間をおかずに救急車が到着した。予想以上に早い到着に驚きながらも救急隊に女性を引き渡した。
周りの人から状況を聞いた救急隊員が訝し気な顔をしていた。それはそうだろう。奇跡なんてモノがそう簡単に起こる訳がないのだから。
そしてどうゆうわけか女性の関係者と勘違いされた亮太が、一緒に救急車に同乗する事になった。亮太の行動は明らかに一線を越えていた。他人に対する善意というには無理がある。そんな訳で、亮太が関係者ではないという事を説明しても一切信じて貰えなかった。
「ありがとうございました」
病院のベットの上で上半身を起こしながら女性が頭を下げる。検査が終わり問題ない事が分かって安心した。
「たまたまです」
亮太は居心地が悪そうに頬を掻いた。確かに助けた事には違いないが、女性に対する罪悪感は未だに消えない。
「どうして助けてくれたんですか?」
女性の素朴な疑問が胸に刺さる。本当の事を言っても信じて貰える訳がない。でも嘘をつく気にもなれなかった。
「償いです」
「償いですか?」
女性が首を傾げる。
「はい。あなたに良く似た人に酷い事をしてしまったんです。でも、もうその人に会う事はできません。どうしようもない気持ちでいた時、あなたを見かけたんです。だから……」
亮太の本心だった。
なかった事にしてしまったあの時の彼女はもういないのだ。
「そうですか。じゃあ私はその人に感謝しなければいけませんね」
女性が微笑み、窓から入る風が長い黒髪を揺らした。
その瞬間、亮太の心臓が大きく跳ねた。理由は分からないが、目の前の女性から目が離せなかった。
十日目。
亮太は〈スキル取得〉を諦めた。
*****
一か月後。
寒空の下で亮太は一人で立っていた。カイロでも持って来れば良かったと後悔しながら手をすり合わせて、指先に息を吹きかける。一瞬だけ暖められた指先はすぐに熱を失って、却って冷たさが強調されるような気さえした。
「お待たせー」
声のした方を振り向けば一月前に出会った女性が駆けて来るところだった。
彼女の長い黒髪が風に揺れ、出会った日の胸の高鳴りを思い出させる。
「大丈夫、俺も今来た所。何の映画にしようか?」
何でもない会話をしながら、二人は手を繋いで楽し気に歩き出した。
繋いだ手はカイロなんてなくても温かかった。