9.伊津の町(3)
今回短めです。
最後の部分でセリフを追加しました。
「――ゅう。しゅう! 柊!」
「緋波、俺は大丈夫だから……」
「何寝ぼけてんのよ、起きなさい!」
その言葉で、ようやく聞こえている声が緋波のものとは違うことに気付く。
「うーん、いつつー」
無理な姿勢で寝ていたせいか体の節々が痛い。
「こんなとこで寝てたら良い迷惑よ。帰りましょう」
夢を見ていたので時間の感覚が狂っているらしいく、さっきからまだ数十分しか経ってなかった。
「悪い悪い。あれ? 茜も寝てなかった?」
「ね、寝てないわ」
短い付き合いの中で薄々気付いてはいたが、どうも茜は嘘をつくのが苦手なようだ。
俺はじと目を送って無言の圧力をかける。
「私はほんの少ししか寝てないわ」
どうやら素直でもないらしい。
「じゃあ宿に戻るか」
そして勘定をしようとしてやっとそこにいるはずの人物達がいないのに気付いた。
「あれ? 弁慶さんと静さんは?」
「全員分のお代を払って帰ったらしいわ」
ということは茜も寝ている時に帰ったのだろう。
屋台の主人の話によると「疲れてるだろうから寝かせてやってくれ」と言って少し多めの代金を置いていったと言う。
「なんだか申し訳ないな。あれだけ飲み食いしたのに」
「元はと言えばあの男がそうさせたんだからいいんじゃない?」
「ごちそうさまでした」
俺たちは明日この町を発つので多分もう会うことはないだろう。
もし会うことがあったらお礼を言おうと思いつつ、どこかにいる弁慶に向かって手を合わせた。
主人にも「ごちそうさまでした」と言って屋台を出る時になってそれが無いことに気付いた。
「あれ? 『道化』が無い」
「何言ってるのよ、まだ酔ってるの?」
「いやいや、だったらいいんだけど本当に無い……」
屋台の椅子に座るために立て掛けておいたはずの『道化』は、綺麗さっぱり姿を消していた。
「よく探しなさいよ! あれは師匠の家に伝わる大事な刀なんだから」
普通に考えて自然に消えるわけも無いし、ましてや犬や猫の仕業でも無いだろう。となると盗まれたと考えるのが妥当だ。
「一体誰が……」
「そう言えば弁慶とか言うあの男が言ってたじゃない。最近盗賊が増えてるって」
「じゃあ、その盗賊の仕業なのかな」
にしても引っかかる。そもそも俺だって馬鹿じゃ無いし、置き引きを警戒しないはずが無い。あの時確かに下緒を服の帯に結んでおいたはずだ。
「それも外されてるとなると……」
「え、なに? もう犯人が分かったの?」
「あくまで仮定だけど、まぁ多分あってるんだろうな」
武蔵坊弁慶。俺がいた世界での彼は源義経の家来として有名である。そして、ここで問題なのはその2人の出会いだ。
詳しくは覚えていないが取り合えず重要な部分だけを抜粋すると、弁慶は千本の武器を集めていたということだ。
もちろん、歴史上の話なので、本当にそんな事をしていたのかどうかは分からない。
ともかく何が言いたいかというと、ここは異世界だし偶然同じ名前の人がいて、似たような事しててもおかしくないかな。という事である。手段は決闘じゃなくて窃盗だけど。
「もったいぶってないで、教えなさいよ」
痺れを切らした様子の茜は「気になる」と顔に書いてある。
「恐らくだけど、弁慶たちの仕業だと思う」
そこでやっと、俺は自分の推理を口にした。
「あの人のこと苦手だけど、いい人にしか見えなかったわ」
「俺だって疑いたくはないけど、状況から考えるとそうとしか思えないんだよ」
「まぁ、確かに言われてみると……」
直接出ないにしろ俺たちを寝かせたのは弁慶であるし、俺の下緒を外すような不審人物がいたら屋台の主人が気づくだろう。
「ご主人、弁慶は俺に何かしてませんでしたか?」
「あぁ、そう言えば苦しそうだからって帯を緩めてたかな」
これで弁慶たちへの疑いが一層増した。
「急いで弁慶たちを探そう。まだそう遠くへは行ってないはずだから」
「いや、闇雲に探してたら逃げられるわよ。それよりもっといい手があるわ」
* * *
「その刀、本当に価値があるの……?」
表情の変化に乏しい静は、同じく変化に乏しい口調で尋ねた。
「お頭がわざわざ盗らせるくらいだ、お宝に違いねぇ。それにこの溢れ出る妖気、恐らく妖刀だろう」
一見してみると普通の刀のようだが、妖しく光るその刀身の輝きは間違いなく妖刀のそれだった。
数多の武器を収集してきた弁慶にはそれが感じ取れた。
「早く出ないとやばい……」
「あいつらもそろそろ起きた頃合いだな」
さっさと町を出れば良いものを、何故そうしなかったかというと、宿に荷物を取りに戻ったのと、とある準備のためだった。
「どうだ、十分に“力”は溜まったか?」
「あとちょっと。だけど移動中に溜まると思う……」
「そうか。んじゃ行くぞ」
そして弁慶は大量の武器が入った籠を背負い、肩に静を担ぐと走り出した。
弁慶はその巨体からは想像できないスピードで時に裏道を使いながら、町の中を走り抜ける。
しばらく走ると目的地が見えてきた。
町中とは違いそこだけ殊更明るく照らされているその場所は、この伊津の町の正門だった。
最後のスパートで正門前の大通りを走っていると、
「弁慶、前……」
静の言葉に弁慶が前を見ると道を遮るように2つの影が立っていた。
「ちょっと話を聞かせてくれませんか?」
「止まりなさい!」
そこにいた人物とは夜川柊と秋月茜だった。