8.伊津の町(2)
さすが宿場町だけあって伊津の町の夜は賑わっていた。通りには多くの人が行き交い、立ち並ぶ店の半開きの戸からは料理の匂いと一緒に中の喧騒も漏れ出している。
「それにしても賑やかだなぁ」
「この町は街道沿いにあるから多くの旅人が立ち寄るんでしょうね」
提灯だからと言って薄暗いこともなく、灯りは辺りを十分に照らしている。
「なんでこんなに明るいんだ?」
「あぁ、それは力法のおかげよ。火創造系の力法に光制御系の力法で明るくしてるの」
俺は興味津々に普通ではありえない光量を放っている提灯について尋ねた。
「へぇー、そんなところにも力法が使われてるのか。茜は物知りだな」
「こ、これは別に師匠に教えられただけよ」
あまり褒められ慣れてないのか、照れ臭そうに言った。
大通りを歩いていると道の傍に小さな屋台が出ているのを発見した。暖簾には『おでん』と書いてある。
「お、あんなところにおでんの屋台がある! この世界にもあるんだな」
「おでんか、昔一度だけ食べたことがあるわ」
「それじゃ今晩の飯はあそこにしよう」
ということで晩ご飯はおでんに決定した。
屋台に近付くと先客がおり、二席が埋まっていた。いや、正しくは三席だ。どういうことかというと単純に1人の大男が一人分の席では足りず、2つ椅子を使っているのだ。
その大男とは先刻の男だった。大男はこちらに気付くと、両手に串を持ち口から食べカスを飛ばしながら話しかけてきた。
「おお、おめぇら! また会ったな!」
「う、奇遇ですね……。」
対する茜は先程のことをまだ気にしているのか、若干引き気味だ。
「ほれ、そんなとこ突っ立ってねぇでさっさと座れや」
「はい」
まるで自分の家かのように振る舞う大男の態度に俺も苦笑いするしかなかった。
座ろうとすると刀が邪魔だったので椅子の横に立てかけておく。
両手に串を持ちながら俺たちに話しかける大男に向かってもう1人の客が注意した。
「弁慶、お行儀が悪い……」
その人物はどうやら大男の連れらしい。フードを被っていて顔は見えないが、声の感じから少女だと分かる。ただ、その声からは感情というものが感じられなかった。
「おめぇが行儀良すぎんだよ、静」
「弁慶?」
「おっと、俺としたことが自己紹介がまだだったか!」
さすがの俺でも弁慶くらいは知っていたので驚いて、つい聞き返してしまった。
「俺の名は弁慶。そんでこっちのムスッとしてんのが静だ」
あの弁慶?と思ったが、どう見ても僧侶っぽい格好もしていないし、偶然だろう。
静と呼ばれた少女は紹介されても少々頭を下げたくらいで、こちらに興味がないようだった。
「俺は夜川柊といいます。こっちは秋月茜」
「……よろしく」
茜は弁慶の豪快さがどうも苦手なようでさっきからあまり喋っていない。
「おう! よろしくな!」
その後は弁慶が「今日は俺の奢りだ!」と言っておでんを大量に注文したり、「ほれ茶だ」とふざけて酒を飲ませたりと破茶滅茶だった。
まだ未成年で飲み慣れない酒と旅の疲れ、満腹感など様々な要因から俺はだんだんと深い眠りの世界に引き込まれていった。
* * *
梅雨だから仕方ないがここ数日は雨ばかりで気分も落ち込んでいた。
「ねぇ柊! 聞いてる?」
突然上目遣いに顔を覗き込まれて焦った。緋波はこの仕草をよくする。その度にドキドキするこちらの身にもなってほしい。
「あぁ、聞いてるよ」
ここ一週間の憂鬱さなど吹き飛ばすほどに、良いことが現在進行形で起こっている。
俺は今、緋波と相傘をして下校していた。
そもそも何故このような状況になったかというと、緋波が傘を忘れて玄関で困っているところに偶然傘を持った俺が通りかかった。という訳である。
「でね、その歴史の先生の授業が――」
楽しそうに学校の話をする緋波に適当な相槌を打ちながら、俺は絶え間なく見せる無邪気な笑顔に見とれていた。
緋波とは幼稚園の頃からの付き合いになるが、その頃からずっと天真爛漫という言葉がぴったりの少女だった。
「はぁー。それはそうと今日の部活は辛かったー」
「何やったの?」
「それがさ、ひたすら外周をグルグル走らされたんだよ!」
「それは大変だったな」
ようやく学校の話が終わり(終始緋波が一方的に話していた)なんとなく部活の話になった。
「柊は跳躍だから楽で良いよねー」
「跳躍だって何本も跳んでれば疲れるんだぞ! 1本1本集中しなきゃいけないし。そういう長距離はただ辛いだけだろ」
「そんなことないよ! 長い距離だからこそのあの楽さがわからないかなぁ」
緋波は長距離で俺は跳躍。お互い自分の種目の話になると熱く語ってしまう。
一通り競技の話をすると、話題は自然と部員たちの話に移っていった。
「望月先輩が部活来てないの、先週喧嘩して部停食らってるかららしいよ」
「本当に?普段は優しそうに見えるのにな」
「それは女子だからだろ。男子からしたらあの先輩結構恐いよ」
そして最終的にはやはりというか恋愛の話になるのだった。
「そうそう、菜々子と将太くん付き合ってるらしいよ」
「マジかよ! 相川、男子の間で結構人気あったんだけどな」
「何、狙ってたの?」
「違うよ!」
意中の相手から誤解を受けそうになり、慌てて否定する。
横を通り過ぎる車のヘッドライトが俺の間抜けな顔を照らしてなければ良いけど……。
「じゃあ、他に好きな人いるの?」
いきなりストレートな質問が飛んできて、
――俺が好きなのはお前だよ!
と心の中ではそう叫ぶけど、言葉にする勇気が俺にはまだなかった。
「いないよ別に。そういうの興味ないし」
結果、照れ隠しにそんなことまで言ってしまった。
「ふぅん」
「そう言う緋波はどうなんだよ」
「私は……いるよ?」
てっきり緋波はいないのかと思っていたが、予想外の答えに動揺を隠せない。
「え、誰?」
「それはね――」
――ブッブーー!!
そこまで聞いた後、突然クラクションの音とが鳴り響き、
――キィィィ! ガシャァン!
直後、凄まじい衝撃が俺を襲った。
何が起こったのか理解できなかった。衝撃と痛みとで揉みくちゃになり、そのままゆっくりと意識がブラックアウトしていった。
「柊! しゅう! しゅ――」
悲痛な声で叫ぶ緋波の声が木霊した。