6.初めての遭遇
《支配》→《制御》
3種類→3系統に変更しました。
主人公の服装が和服である描写と、雪村が見送る描写を追加しました。
賑やかな喧騒が飛び交う中、大通りを歩いているといろいろな人に話しかけられる。
「兄ちゃんたち新婚さん? 今ならナベ負けとくぜ!」
「あら可愛い奥さんね! お野菜安くしとくわよ!」
などから始まり、果ては
「旦那! 今晩必要でしょ!」
なんて宿を勧められたりもした。
もちろん新婚さんでもデート中でもない。俺は今、茜と一緒に旅支度を整えるための買い出しに天京の中央市場まで足を運んでいた。
本当はすぐにでも出発したかったのだが準備無しで行っても途中でのたれ死ぬだけだ。それでは元も子もないので今日一日は準備に費やし、出発は明日となった。
「まったく! さっきから何よ。どこをどう見たら夫婦に見えるのよ!」
「そんなこと俺に言われたって知らないよ」
散々夫婦に間違えられ茜は完全に不機嫌モードだった。
さすがに洋服姿だと怪しすぎるので俺も雪村に借りた和服に着替えている。
「まぁなんとか目的の物は大体揃ったし、いいだろ」
さすがの俺も女の子に「こいつはない」発言をされて若干傷ついたが、「俺には緋波がいる」という見苦しい言い訳でなんとか持ちこたえていた。
「まぁそれもそうか。じゃあ道場まで戻りましょう」
街に出てみるとやはりここが日本とは別の、異世界であることがありありと分かる。
例えば髪型だ。昔の日本といえばちょんまげだが、この世界の男は大体髪を短く揃えるか後ろで結わえている。ちょんまげの侍は1人もいない。女はというとこれまた自由なスタイルでショートからロングまで様々だった。
そしてもっとも決定的に違うもの……
そうそれはずばり“魔法”だ。大和では“力法”と呼ぶらしいが。この世界には魔法が存在する。
「そんなに珍しいもんかなー力法が」
いちいち立ち止まっては力法に見とれる俺に、茜はその力法の説明をしてくれる。
茜の説明によると、この世界の魔法は大きく3系統に分類される。《創造》、《制御》、《破壊》。そして魔法の中にも様々なジャンルがあり、力法は最もポピュラーな魔法なのだそうだ。他にも忍術や陰陽道などいろいろあるらしい。
「元いた世界だと作り話か妄想の中のものだったからなぁ」
「まぁだったら柊に使えないのも分かるけどね」
そう、残念なことにどう頑張っても俺には使えなかった。やはりこの世界と違う世界の人間だからだろうか。
「旅に必要な最低限のまほ――力法を茜が使えて助かったよ」
もちろん力法なしでも旅はできる。しかし時間短縮や荷物の面では力法は非常に便利なのだ。
そうこう話しながら歩いていると間もなく道場に着いた。
「おかえり2人とも。買い物は楽しかったかな?」
屋敷では雪村が2人の帰りを待っていた。
「ちっとも! 柊を見ていたら私まで明日からが不安になってきたわ」
「はははっ……」
茜の返事を聞いて雪村も苦笑いするしかなかったようだ。
「コホン。俺も出来る限り頑張るんで頼むよ」
軽く咳払いをして茜に頼む。
「言われなくても元からそのつもりよ」
茜は「任せなさい」と言わんばかりにその豊かな胸を張って言った。
明日に備えて今日のところは早めに夕食をとって風呂に入り、寝た。
この際、風呂場で「あ、ごめん!」「ヘンタイ!」などというお約束イベントが発生しなかったのは言うまでもない。
翌朝、日中からは想像できないくらい静まり返った街に見送られ俺と茜は旅立った。
* * *
「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」
すっかり旅装束に身を包み、街の門まで見送ってくれた雪村に手を振り返しながら街を後にする。
人と同じく早朝はまだモンスターの活動時間外なようで、俺たちは何事もなく道を進んで行った。
ところどころで休憩を挟みながら5時間くらい歩いた頃だろうか。山間の道に差し掛かるったどころで、俺たちの50mほど前方に人影らしきものが見えた。
こちらに向かって走ってくるのを何気なく見ていると
「何やってるの! 早く抜刀なさい!」
刀を構えた茜が慌てた様子で俺に呼びかけた。
何が何やら分からないままとりあえず茜の指示に従って腰に穿いていた『道化』を抜いた。
「ホッホッホ! キーキーッ!」
そんなことをドタバタとやっているうちにその魔物はすぐそこまで接近していた。
「なっ! こいつが魔物……」
見た目は背丈が1.5mほどある二足歩行の猿だ。ただ、猿にしては少々筋肉がつきすぎな気がする。長めの毛の上からでも分かるくらいだ。
猿の魔物は手に持っていた木の枝ーーというよりは棍棒といった方が良いだろうーーで襲いかかってきた。
俺はパニックになりつつも反射的に刀で受け止めたが、凄まじい膂力に吹き飛ばされてしまう。
「下がって!」
追撃してくる魔物の叩きつけを何とか避けて後ろに下がると茜が俺と魔物の間に割り込む。
魔物は相手が変わろうが関係ないようで、そのまま棍棒を振りかぶった。
そんな敵の行動を無視した茜の右腕が後方に限界まで引き絞られ、次の瞬間一気に解放される。
やられる前にやる、捨て身の攻撃。
「《氷柱刺し》ッ!」
その結果、目にも留まらぬスピードで放たれた突きは魔物の右胸を貫通した。
「キィィィエアアアッ!!」
猿の魔物は盛大に断末魔の叫びを上げながら絶命した。
「ハァハァハァ」
「今のは?」
戦闘の後、息を乱して近くの倒木に座っていた茜に俺は尋ねた。
「毛長猿よ。人間と似た体の構造を持ってるけど、心臓の位置が逆なのが特徴。知能が高いからこの辺りに生息する魔物の中で一番厄介な奴ね」
「でもさっきの技、一撃で倒せるなんてすごいな! さすがは紅鬼なんて異名がつくだけある」
「《雪村護心流ニの型:氷柱刺し》よ。そう、昨日の話を聞いていたのね」
紅鬼という名が出た時、茜の顔には驚きとなぜか少し悲しげな表情が浮かんだがすぐに消えてしまった。
「そうよね。柊にはやっぱり話しておくべきね」
「何だよ改まって」
茜は何やら決心した様子で言った。
「私は“紅鬼”じゃないの」