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5.旅立ち

 食事が終わり、これからどうするべきか呆然として悩んでいた時、


「私の知り合いに大陸の術に多少詳しい者がいる」


 落ち込み気味の俺の顔を見たのだろう。雪村は少し同情するかのような顔で言った。


「その人はどこにいるんですか?」


 藁にもすがるような気持ちで尋ねた。俺が聞いたところでわかるはずもないのだが、今はそこまで気が回らなかった。


「私たちが今いるのが“大和”の都である天京。そして知り合いがいるのはここから北西に10日くらい行った加茂だよ」

「10日……」


 帰るまでの時間が伸びればそれほど元の世界に影響が出る。10日というのは結構な痛手だった。


「お願いします。その人に会わせてください」

「彼が元の世界に戻る手がかりを知っているとは限らない。それでもかい?」


 やるしかない。まだ元の世界でやり残したことが山ほどある。


「はい。ほんの少しでも可能性があるなら」

「いいだろう。私から紹介状を一筆認したためておこう」

「でも、どうしてこんなに親切にして貰えるんですか? 俺はどう見たって怪しいし、言っていることも嘘ばかりかもしれない」


 さっきからそれだけが疑問だった。いくらなんでも都合が良すぎる。むしろ何か騙されているのではと思うくらいだ。


「自分で言うのもなんだが。私は人を見る眼だけはあると思ってるからね。それに、『道化』が君を選んだ。それだけで理由は十分だろう」


 雪村は真っ直ぐな眼差しでそう言い切った。俺はいまいち納得しきれなかったが、この状況で厚意を無下にするほど恩知らずではない。


「助けてもらった上にすみません。地図かなにかがあればなんとかなりそうなんですが」

「昨日の話を聞くに、君はあまり武術が得意ではなさそうだが?」


 武術といえば小学校の頃空手を習っていたくらいだが、この世界でそれはノーカウントだろう。


「はい、その通りですけど。何か問題でもあるんですか?」

「この世界ではよほど腕に自信がないと1人で旅をすることはできない」

「つまりはどういうことですか?」

「この世界では街の外に魔物が出る」


 魔物。異世界ではお約束の存在だがまさか本当にいるとは。となると困ったことに、俺1人で目的の地にたどり着くのは難しいということだ。


「どうにかする方法はありませんかね……」


 情けない話だが、護衛を雇うにしろ誰かを紹介してもらうにしろ、金は疎か何も持っていない俺は雪村に頼るしかない。


「茜、隠れてないでそろそろ出てきなさい」


 唐突に雪村が言うと、天井の板のうち一枚が外れ、そこから紅髪の美少女が舞い降りてきた。


「まったく、いつから隠れてたんだい?最近はお前の腕が上がっていて困る」


 雪村は怒っているとも笑っているとも取れる中途半端な表情で言った。


「へへっ。最初からいたよ」


 それに対して少女ーー茜は全く悪びれる素振りもなく、逆にちょっぴり嬉しそうにしている。


「褒めてないからね? まぁいい、聞いていたなら話が早いな」


 この突然の展開に俺は完全に置いてきぼりにされていた。そんな俺に追い打ちをかけるように雪村が衝撃の提案をする。


「柊君、この子を連れて行ってくれないか? 腕は保証する」

「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 2人分の声が屋敷に響く。その提案に思わず驚きの声を上げたのは茜も一緒だった。


「なんで私が、旅なんかしなくちゃいけないわけ?」


 よく見ると整った顔をしている少女の双眸は紅い髪とはまた違う、燃えるような赤色をしていた。おそらく昨晩助けてくれたのは茜なのだろう。


「俺にとっては願っても無い提案ですけど、彼女次第だと思います」


 昨日の件から考えれば彼女は相当な実力者のはず。引き受けてくれれば心強いだろう。しかし本人に嫌と言われてしまえばそれまでだ。


「私は嫌よ。協力する理由がないもの」

「茜、うちの流派は護るための剣だ。道場での修錬にも限界がある。修行として柊くんを護衛しなさい」


 雪村の諭す言葉に「ぐぬぬ……」と唸っていた茜だが、最終的には


「分かったわ。行けばいいんでしょ」


 と半ば諦め気味に了承したのだった。


「ということで改めて紹介しよう。この子は雪村護心流目録、秋月茜。ほら、自分でも挨拶しなさい」

「茜よ。よろしく。やるからにはちゃんと護ってあげるから安心なさい」


 根が優しい性格だからなのか、気の強そうな態度からはなぜか嫌な感じはしなかった。


「夜川柊です。よろしくお願いします」


 俺はその場で深くお辞儀をした。


「あぁ、そうだ忘れていた。柊君、これを持って行きなさい」


 そう言うと雪村は床の間に飾ってあった二本の刀のうち長い方を俺に渡してきた。


 その刀は木の鞘ではなく、いわゆる一般的な日本刀の漆で塗られた鞘に収められていた。そのため初めはわからなかったが、手にとってみてやっと気付いた。


「これは……『道化』?」

「もともと使い手がいなくて蔵に保管していたものだからね。使い手となった今、君が持っているべきだろう」

「だけど、この刀は狙われているんじゃ?」


 この刀を持っていれば昨日のようにまた忍者に狙われるのではないか。そう思ったのだが、


「どのみち所有者である君も狙われる。それなら、少しでも使いこなせるようになって君自身と『道化』どっちも守れば一石二鳥だろう」


 どうもこの先が不安になるような発言だが、確かに雪村の言う通り自分でも身は守れるようにはならなければ。


「まぁ、いざっていう時は私がいるから平気よ」


 あまりに簡単に言うので本当に大丈夫か心配になってくる。ただ、まぁそこは信じるしかない。


「そういえば茜さんは何歳なんですか?」

「14歳」


 上から目線の態度のせいで年上だと思い込んでいたが違ったようだ。


「同い年だったんですね」

「だから敬語じゃなくていいし、茜でいいよ」

「じゃあそうさせてもらうよ。茜」


 元の世界では陸上ばっかで女子といえば緋波くらいしか接点がなかった。そういう訳でちょっと気恥ずかしかったが勇気を出してみた。


「何顔を赤くしてんのよ。柊」


 そういう茜も少し赤くなっていたがそこは言わないほうがいいってものだろう。


 茜とも少し打ち解けることもできたし、なんとかやっていけそうだ。


 そんな初々しい俺たちを見て雪村は静かに微笑んでいた。




 こうして俺は武器『道化』を手に入れ、茜と共に雪村の知り合いがいると言う加茂を目指すことになった。

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