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4.未知の世界

 目を覚ますと見知らぬ天井がそこにあった。


 いっそ夢であってくれたら……。そんな期待もだだっ広い畳敷きの部屋とそこに敷かれた和布団で望み薄となる。そもそも俺の部屋はベッドだし、床だってフローリングだ。


 二度寝したところで夢オチ展開は期待できなさそうだ。


 丁寧に布団に寝かされていたということは運んでくれた人がいるのだろう。とりあえず家主を探すことにする。


 寝かされていた部屋は四角い部屋で、四方をふすまで囲まれている。俺は寝かされた状態での右にあたる方を開いた。


 そこはやはり和室だった。さっきの部屋よりかは小さかったが、床の間があり、壁には立派そうな(素人なのでもちろん価値は分からない)掛け軸がかかっている。


 その部屋の中で和服姿の男が1人、食事をしていた。


「おお、やっと起きたか」


 男は俺に気づくと箸を止め、こちらを向いた。歳はちょうど四十を過ぎたあたりだろうか。髪は短く揃えていて、穏やかな顔つきに刻まれた僅かな皺が少しくたびれを感じさせる。


「あのう、ここは一体……?」

「おや、覚えてないかな? 君は昨晩どういう訳か、ここで起きた窃盗事件に巻き込まれ、今まで気を失ってたのさ」


 やはりあの出来事は幻でもなんでもない現実に起こったことなのだ。


「その事について詳しく教えてもらえますか?」

「まぁ私も君には聞きたいことが山程ある。ただ君もお腹が空いているだろうし、食事をとりながらゆっくり話そうじゃないか。紗代さん」


 男がどこかへ呼びかけると、


「はい。ただいま」


 すぐに返事が聞こえ、しばらくったってから若い女の人が御膳を運んできて男と対面になるように置いた。そして座布団を敷いた後、襖の前で腰を折り深々とお辞儀をして退室した。


 一連の流れを俺はあっけにとられて見ていた。


「ん、お腹は空いてなかったかな?」

「あ、いえ。腹ペコです」


 実際、お腹は空いていた。昨日あんな体験をしたばかりだというのに。

 

 さっきの人は女中さんだろうか。だとしたらここは結構な金持ちの家ではないのか。そう考えると少し背筋がピンとなる。


 俺は勧められるままに席に着いた。


「まず自己紹介から始めようか。私は雪村誠。この道場の師範をしている」

「俺は夜川柊。中学生です」


 なるほど道場だとすれば屋敷が大きいのも少しわかる気がする。


 中学生と言う単語が出てきた時に雪村が不思議そうな顔をしたような気がしたが、とりあえずは良しとしたのか話を続行した。


「さっそく本題に入ろう。君はどうして昨晩うちの蔵にいたんだい?」


 いきなり答え辛い質問が飛んできた。正直言って俺だってなんでここにいるのか教えて欲しい。


「それは……信じてもらえないと思うんですけど、飛ばされたんです」

「ほう、どこから?」

「この世界ではない世界から」


 俺は彼からしたら怪しい者だろう。いきなり屋敷に現れたんだから。現状、隠しているメリットが見つからなかったので正直に話した。


「信じがたいことだが、嘘は言ってないようだね」

「はい」

 

 俺の言葉を聞いてから口を開くまでに、雪村の眼が一瞬だけ鋭くなったように見えた。とりあえず信じてもらえたようでホッとした。


「それで、どういった経緯で飛ばされたのかと昨日襲撃してきた忍について、わかることがあったら教えて欲しい」


 俺は聞かれるままに、図書館で本を開いてからの昨晩のあらましを話した。話してる中で分かったことといえばここはやはり異世界で、どうやら江戸時代の日本に類似する点が多々あるというところか。


「なるほど、君はその書物のせいで転移して『道化』を狙ってきた忍と鉢合わせたわけか」

「はい。そう言えばその忍達が刀を抜いたかとか言っていた気がするんですけど、抜いたらまずいんですか?」

「『道化』は特殊な刀でね。まず選ばれた者しか抜けない。そして一度抜かれればその者以外の者には使いこなせない」


 おそらく所有者が死ねば所有権はリセットされるのだろう。それで抜いた可能性のある俺を殺そうとしたというわけだ。確かに抜いちゃったけど関係無いよね。すぐに帰るつもりだし。


「元の世界には家族や友達がいます。だからすぐにでも戻りたいんです。何か方法はありませんか?」


 異世界転生なんて歴史上で俺が初めてかもしれないし、きっとこの世界では夢のような体験ができるだろう。でも俺には陸上もあるし家族や友達もいる。早く戻らなくてはならない。


 雪村はしばらく沈黙した後、真剣な顔つきで口を開いた


「このような事例はこの“大和ヤマト”が始まって以来初めてのことだと思う。少なくとも私の知る限りでは」

「つまりはどういうことですか」

「君が帰れる可能性は限りなく低い」


 一瞬言ってることの意味が分からなかった。いや、脳が理解するのを拒否したというべきか。


「そんな! 飛ばされた以上帰る方法もあるはずだ」

「方法はある……のかもしれない。君の話を聞く限りそれは間違いなく術や法の類だろう。しかし少なくとも“大和”には過去現在を通してそのような術や法を使えた者はいない」


 あまりにも残酷な真実だった。俺はこれから一生この世界で暮らしてこの世界で死ぬのか。


「さっきから言ってるその“大和”にはって何ですか?」

「“大和”はこの国の名だよ。島国で周りを海に囲まれている。そしてその北には広大な大陸が広がっていて、そこには様々な国がある」

「ならそこに行けば望みはあるんですね?」

「確かに大和に比べて大陸の方が学問も盛んで進んでいる。だが世界を移動するような術を使える者がこの世界に果たしているのか……」



 どうやら俺はこの状況を甘く見すぎていたようだ。すぐに帰れるだろうなどと呑気に考えていた。事態は予想を遥かに上回って深刻だった。

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