3.生きる支え
不定期ですがなんとか時間は作って続けていくつもりです。
ああ、俺の人生の終わりってこんな感じなんだ。案外呆気ないものだな。一瞬の間に膨大な思考が頭の中を流れていく。
ずっとそばで応援してくれた緋波。
落ち込んだ時は一緒に泣いて、嬉しい時は太陽みたいな笑顔で一緒に喜んでくれた。最後までちゃんと思いを告げることができなかった自分が情けない。もう一度あの笑顔が見たかった。
お調子者でちょっと空気が読めなかったりする翔馬。
本当は相当頭が切れて、いつも周りの様子を見て行動している。あいつはみんなに隠してるつもりだろうけど俺は知っていた。長年一緒にいるからこそ、それが分かる。
そして、女手ひとつで俺を育ててくれた母さん。
いつも小うるさいことガミガミ言ってきて、正直うざいなぁくらいにしか思ってなかった。けど、今思うとそれはいつも俺のこと心配しくれてたってことなのかな。昔家出した時は泣きながらビンタされたっけ。突然いなくなったりして今もきっとすごく心配してるんだろうな。なかなか素直になれなかった自分に後悔する。
その他にも、こんな不甲斐ない部長を支えてくれた部の仲間たち。熱心に指導してくださった顧問の滝沢先生。ノリのいいクラスメイトのみんな。大会で知り合った他校のライバルたち。色々な人の顔と思い出が浮かんでくる。
これが走馬灯ってやつか。本当に一瞬でこんなに人生を振り返れるんだな。俺はまだ振り返る人生が短いけど。
できることならもう一度みんなに会いたかったな……。けど、仕方ないか。俺にはべつに特別な才能とか力があるわけじゃないし、単純に力不足だ。
――さよなら、みんな。
思考が停止し、死を受け入れる直前になって一つの短い言葉が様々な人の声で頭の中に響く。
「諦めるな」
仕方ないだろ。俺は弱いんだから。
「諦めるな」
無茶言うな。俺にはどうしようもない。
「諦めるな」
無理だ。俺にはできない。
「柊ならできるよ」
今までの押し問答から一変。どこからか優しい声が聞こえる。
そうだ。これは、思ったような跳躍ができなくて空回りしてる時、いつも緋波が俺を励ますのに使う言葉。
以前一度だけ虫の居所が悪い時にこの言葉を言われて、言い返したことがある。
「どうしてそんなこと断言できるんだよ! できない時はできないだろ!」
「半分は信頼。もう半分は私の願望」
俺はなんとも緋波らしいこの言葉に勇気をもらい、立ち上がることができた。
「おかえりなさい」
そしてその結果がたとえ良くても悪くても、緋波はいつもそう言って優しく微笑み俺を迎えてくれる。
俺には帰らなきゃならない場所がある。待ってくれている人がいる。
だから……。
こんなところで死んでいいはずがない。死ぬわけにはいかない。
それに、どうせ死ぬなら最後の最後まで抗って死んだ方が格好がつくってもんだ。
そんなこんなでどうにか気持ちは持ち直したが、どうやら死を拒絶するのに時間がかかりすぎてしまったようだ。その時にはもう小太郎が手に持った刀を上段に振りかぶっていた。
往生際悪く生に縋りつこうとする俺の思考は後ろ手に背負った武器の存在を思い出した。
「死んでたまるかぁぁぁ!」
上から迫る斬撃を、無我夢中で布に包まれたままの『道化』を前にかざして受け止める。
「な!?」
さすがの小太郎もまさか受け止められるとは思っていなかったらしいく、驚きを隠せないようだ。自分でも驚いた。
受け止めた衝撃で布が裂けたが、不思議なことに木の鞘には傷一つついていなかった。もう隠しても仕方がないので覚悟を決めて『道化』を出す。
「やはりお前が持ってたのか」
「だったらどうなんだよ」
「余計死んでもらうしか無い。仁殿ここは俺にやらせていただきたい」
「ふむ。良かろう」
仁はさっきから傍観するばかりで何も手を出してこない。手を出すまでもないってことだろう。
小太郎は集中するかのように深く一息分の息を吐いた。
途端、素人の俺でも分かるくらいに小太郎の殺気が膨れ上がった。ビリビリと肌を刺激する感覚に再び体が震えだした。
後ずさりするもすぐに後ろの扉に退路を阻まれる。
「参る」
短くそれだけ言うと、小太郎の姿が消えた。いや、次の瞬間には俺に肉薄していた。
『道化』を構える暇すら与えられない。今度こそ殺される。気持ちでは覆せない絶対的な死がすぐそこまできていた。
――バタンッ!
刀が振り抜かれる寸前、俺は後ろ向きに倒れこんでいた。何が起こったかすぐに理解できなかったが、勢いよく振り抜かれた刀が空を切ったのを見て、とりあえずは助かったことが分かる。
状況から考えるに扉が外向きに開いて背中の支えが無くなった俺は後ろ向きに倒れたらしい。
「人んちでずいぶん好き勝手やってくれてるみたいね」
その時初めて俺の前に1人の人物が立っているのに気付いた。暗闇でよく見えなかったが、後ろで一つに結んだ長い髪と華奢な体つきから女だとわかる。
「その紅い髪と目、噂に名高い紅鬼か」
「そちらはただの泥棒ってわけじゃなさそうだけど?」
忍者は夜目が利くのだろう。それにしても髪の色まで分かるとはすごい。
「小太郎、ここは一旦退くぞ」
「しかし!」
「あやつの目は厄介だ。お前だって聞いたことくらいあろう?」
「……御意」
「《創遁、朧霞の術》」
仁が素早く手を閃かせて何やら印を結び術を発動させると、二人の姿が霞んでいき、やがて消えた。
「ち、逃したか。あなた、大丈夫?」
大丈夫。と答えようとしたが、よほど神経が張り詰めていたらしく、殺気が消えた瞬間にそのまま意識がブラックアウトした。