24.陰陽師の密談
お久しぶりです!
受験勉強の息抜きに一話だけ…
「父上、本当にこれでよろしいのですか?」
「よいも何も、我らの代でご先祖様からの言い伝えを守れるとは光栄なことであろう」
「『魔の理から外れし者現るとき、封を解きて魔物を倒し、その魔の臓を与へよ』確かに柊殿が現れたのは言い伝えの通りです」
薄暗い闇の中で蝋燭もないのに、宙に浮かんだ炎がぼんやりと部屋を照らしている。さらには、屋敷の中でもその部屋がある一画だけは誰も通らない。もし近づいても部屋の会話は外から聞こえないだろう。人払いと防音壁の術式。この部屋で密談をする二人には造作もないことだ。
「しかし、手記にはこうも記されています。『さすれば彼の者、いずれ来る数多の厄災を払う存在となりうるやもしれぬ』我々の都合で異界人の彼を巻き込んでしまうなんて……」
「確かにまだ若い彼に過酷な運命を背負わせてしまうのは申し訳ない。しかし、破滅の相の前兆が出始めたこと、お前ならば気づいておろう? 厄災は確実に起こる。ならば我らは陰陽師としてそれを払うべく最善を尽くさねばなるまい」
「そう……ですね」
陰陽頭。占いによって厄災の相を見極め、それを払う陰陽寮における最高の陰陽師にのみ与えられる位。憲行にはその責任があった。保明は才能こそあるが、そういった面ではやはりまだ未熟だった。
「しかし、ご先祖様が用意していた魔物が八岐大蛇だったとは……。天羽々斬も一緒に封印されていなければ危ういところでした」
「瀕死の状態で封印されてあの強さ。まだ我らはご先祖様の足元にも及ばぬ」
柊がやっとの思いで倒した八岐大蛇は安倍晴明の術により限界まで弱体化されていたのだ。そうでなければ刀の扱いを少し教わった程度の素人が神話級の魔物を倒せるわけがない。
「それに、手記がもう一冊存在したとは驚きです」
彼らの間には、先祖である安倍晴明の手記が二冊置かれている。もとより安倍家には一冊が伝わっており、今回発見されたのは二冊目だ。
「その内容は更にな」
「雪村殿のことですか?」
「うむ。あやつとは長い付き合いになるがこのような縁もあるとは」
二冊目の手記に記されている内容は安倍家の当主にとっても知らないことだらけだった。
謎の人物、雪村神楽。彼が雪村誠となんらかの関係があるのは間違いない。柊には知らせてないが、実は柊の持っていた『道化』も手記には出てくる。神楽の持っていた刀を陰陽術で強化したという。
「陰陽刀『道化』。手記によると、付喪神の力を宿した非常に強力な刀です。柊殿の話ではよからぬ輩が狙っているとのことでしたが……」
「奴らの狙いは定かではないが、“鬼若”がいたとなれば十中八九《源氏一派》だろう。最近は腕利きの忍びも仲間に引き入れて活発化していると聞く」
「まだ諦めてないならば、天京までの帰りも柊殿たちが心配ですね」
「そのことだが、桜花を護衛としてつけようと思う。雪村があの刀を持たせたには何か訳があると見える。それを奪われるのは我々としても良いことではないだろう」
「桜花をですか?」
父の言葉に保明は驚きを隠せない様子だった。
桜花は式神召喚や戦闘系の術こそ晴明の再来と呼ばれるほどの才能を持っているが、占術などの陰陽師としての通常業務に関わる術は全く使えない。そのため、陰陽頭にはなれない。ただ、彼女は加茂の貴重な戦力なのだ。それを簡単に外へと出していいのだろうか。
「桜花の方からも頼まれてな。お前の心配はもっともだが、私がしばらく加茂にいる。それに芦屋ももうじき戻ってくる頃だ。ここで腐らせるより、外で修行させるのも良かろう」
「なるほど、芦屋殿がおられるのならば安心です」
芦屋道隆。芦屋流の陰陽師で憲行に勝るとも劣らない実力の持ち主。芦屋流は呪術や戦闘系の式神召喚に長けており、主に陰陽寮の裏の仕事を担っている。
一月前、将軍からの指名があり、幕府がある蒼山まで赴いていた。
蒼山は加茂から一週間のところにあるので何か問題が起こらない限り一ヶ月もあれば戻ってこられるはずだ。
「柊殿にとっても桜花がいた方が都合が良いこともあろう。まぁ、茜殿にからしてみれば邪魔な虫なのかもしれぬがな。はっはっは」
「では明日私の方から伝えておきます」
「うむ、よろしく頼む。それで良いな? 桜花」
憲行が誰もいないはずの廊下に声をかけると、「ひっ」と驚きの声が漏れ、今までなかったはずの気配が現れる。憲行がなんとか見破れるくらいの高度な隠形術。
「申し訳ございません。父上、兄上。柊さんから伝言を頼まれて探していたのですが……」
大事な話を盗み聞きしていた罪悪感から、いつもの元気はなく、だいぶ畏まった口調になっている。
「まぁ今回は多めに見るが、次からはしかと気配を現して近づけ。誤って攻撃されても言い訳できまいぞ」
「ありがとうございます。はい、以後気をつけてまいります」
憲行だったからわずかな気配から桜花だと見破ることができたが、他の者だったら不審者と間違えて攻撃していたかもしれない。
「用とはなんだ?」
「柊さんの怪我が回復するまで当家に置いてもらえないかというお願いです」
「それならば何日でもいてくれて構わんと伝えるように。丁度良い。お前もその間で旅の支度を整えよ」
「はい、承知いたしました。失礼します」
桜花が出て行くまで保明は無言のままだった。
「父上、その……桜花は一体いつから?」
「安心せい。今さっきの桜花を護衛としてつけるという話からだ」
「そうですか……ふぅ」
保明はじぶんがそれ以上失言をしないように黙っていたのだが、杞憂だったらしい。
「どうも人払いの効果も薄れてきたらしい。また手記を読んで新しい事実が明らかになったら知らせよ」
「はい、承知いたしました」
保明がそう言うと、ほのかな灯りは次第に暗くなっていき、やがて消えた。
数秒も経たぬうちに、そこは暗闇に包まれた無人部屋となっていた。




