23.5 その頃、現実世界では(杉田翔馬)
かなり久しぶりの更新ですみません
これから受験生になるということで恐らく来年の春まで更新はかなり厳しくなってくると思います。
それでも、この話は必ず完結させるつもりですので今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
あの事件からもう一週間が経った。いや、正確な日数なんてものは分からない。正確に言うなら、柊と緋波の行方不明が発覚した日から一週間。
校内では、二人が駆け落ちしたとか、デート中に事故にあってそのまま……とか、ありとあらゆる噂が囁かれていた。
いかにも中学生らしい、低レベルな噂話の類だと翔馬は思っていた。
確かに柊は茜が好きだ。本人は気付かれてないと思っているかもしれないが、周りから見て柊の気持ちはバレバレで、いつも翔馬を楽しませてくれる。
緋波の方も、そんな柊の態度を嫌がる様子もなく、むしろ好意的に思っているようだった。だから後は柊のアタック次第なのだが、中学生で駆け落ちは流石にないだろう。
一日の日課が全て終わり、生徒たちはそれぞれ部活の活動場所や自宅へと向かうため玄関に殺到していた。
そんな流れの中に翔馬はいなかった。では何をしているのかというと、窓際の自分の席に座って、テニス部の準備を眺めながら考え事をしていた。
「はぁー、どーこ行っちまったんだか」
翔馬をは二人と中学からの付き合いだ。柊とは親友と呼べる関係だし、茜とも仲が良く、いつも三人でつるんでいる。それこそ、もっと昔から一緒にいたんじゃないかというくらい仲な良いつもりでいた。
だけど二人は翔馬を置いてどこかへ行ってしまった。
やはり幼馴染は特別なのだろうか。自分まだそういう関係になれてなかったのか。そんなモヤモヤが、ここ一週間ずっと翔馬の中にあった。
「なーによ、杉田くん。元気ないじゃない?」
「なんだ、佳織か」
「なんだとは何よ。人がせっかく心配してあげてるのに!」
「別に頼んでない」
「顔に「心配一丁、元気大盛りで」って注文書いてあるわよ」
「そんなラーメン頼んだ覚えはねぇ!」
クラスメイトの夏目佳織。性格やノリは軽いが、それとは裏腹によく気がつく、できた人間だ。
だから、つい乗せられつつ翔馬自身、それが自分を心配してのことだというのは分かっていた。そして今は、その軽口の中に隠された気遣いがありがたかった。
「さんきゅ。ちょい元気出た」
「ふふふ、何のことかな?」
そして、いつもこうして惚けながら去っていく。
しかし、周りに心配されるほどのひどい顔をしていたのか。しっかりしなくていけないな、と思った。
そもそもなぜ、部活があるはずの翔馬が暇そうに教室に残れるかというと、今日まで陸上部が休部だからだ。
二人の一件を受けて、ひとまず一週間の休部になったが、あまり意味のあるものだとは思えなかった。
「……帰るか」
現状、翔馬に出来ることは何もなかった。教室に残っていたところで柊と緋波がひょっこり帰ってきてくれるわけでもないので、当然ことながら次の選択肢は帰宅だ。
* * *
帰り道は日が傾きつつも、まだ少しの明るさが残っていた。もうすぐ夏という微妙な暖かさがあったが、肌を撫でる風で丁度良い具合になっていた。
いつもなら三人で帰る道は、一人で通ると妙に静かで不気味な感じさえした。
翔馬はお化けとかそう言ったオカルトな類
の物があまり得意ではない。だから今日も早歩きで帰っているところだった。
――ピロンッ、ピロンッ、
突然鳴った着信音に足を止めた。
「ん?」
今、確かに自分のポケットからも聞こえた。 学校での使用は禁止されているため、翔馬の携帯はマナーモードにしてある。なるはずがないのにだ。
ではなぜ翔馬が足を止めたのかというと、周りにいる歩行者の携帯が、一斉に鳴ったのだ。
この時の翔馬は呑気にも、ちょっとおかしいなくらいにしか考えていなかった。
それがこの後、起こる災厄の始まりを告げるものだとも知らずに。
「確かにマナーモードなのになー」
携帯を見ても確かにマナーモードになっている。
ともかく、着信音の原因は一通のメッセージだった。
『貴方たちはこれから口から血を吐き、倒れ、死に至るでしょう。もし、助かりたいのであれば下記のボタンをタップして下さい』
「なんだこれ。新手のスパムメール?」
こんなのに引っかかるわけないのに、暇な奴がいるよな。と、いつものように即削除しようとした時、急に翔馬は頭が揺さぶられるような感覚を覚えた。
「うぐっ!」
そして、衝動のままに地面に何かを吐き出した。それは紅い血だった。
そのまま立っていられなくなり、その場に倒れこんだ。他の通行人も全員同じようにしているが、翔馬はそれに気付く余裕もなかった。
――メッセージの予言通りだ。
朦朧とする意識でそう思った。
それが本当だとすれば、次に来るのは死。この状況で、翔馬はそれが本当にすぐそこ迫っているのを感じた。
メッセージには続きがある。助かりたければボタンをタップしろ、と。
ボタンにはこう書いてあった。
『戦に参加する』
その書いてある意味は全く分からなかったが、翔馬は一切の迷いなくボタンをタップした。もし普通の状態だったら、絶対にしないだろう。しかし、今はそれをする以外に選択肢がなかった。
* * *
「うぅ……」
何分経ったのかも分からない。あの後、すぐに目眩は収まりだいぶ楽になったが、しばらくはその場から動けなかった。
ようやく動けるようになって、よろめきながらも立ち上がると、信じられない光景が翔馬の目に飛び込んできた。
そこにいた人々は皆、俺と同じように倒れていた。さらに道路を走っていた車はあちこちで衝突事故を起こし、煙を上げている。
「おい! 大丈夫か!」
一番近くに倒れていたひとに近寄って助け起こそうとした。しかし、その人はぴくりとも動かない。
「し、死んでる!?」
もしや他の人も全員死んでいるのかと一瞬戦慄が走ったが、あちこちから「うぅ……」と言う声が聞こえて安堵した。
その後、生存者は次々と起き上がり――死者もかなりいた――この事態にどう対処すれば良いか混乱していた時。
――ピロンッ
またもそれぞれの携帯から着信音が流れた。携帯を開くと、見知らぬアプリが入っており、通知はそのアプリからだった。
「なんだこれ? こんなの入れた覚えないぞ」
すぐに消そうとしたが、できなかった。削除のためのボタン自体が出てこないのだ。
先ほどメッセージを受け取った時にはなかった――ということは今の状況に何か関係があるのではないか。そう思う以外なかった。
緊張か怯えか、震える指先でアプリを開いた。
残念ながら起動後の説明などは一切なく、真っ暗な画面の下の方に『ステータス』『魔法』『ギルド』『マップ』の四項目のみが並んでいる。
「なんだこれ? ゲームか?」
並んでいるのはゲームのコマンドのような言葉ばかり。試しにステータスを開いてみる。
――――――――――――――――――
杉田翔馬:Rank 1
職業:高校生
ATK:E
DEF:E
SPD:C
MGC:D
LUK:F
――――――――――――――――――
キャラクターの名前が俺の名前だということを除けば、どこにでもありそうなRPGのステータス画面みたいだった。
俺も人並みにはそういったゲームもするので、書かれている項目については理解できた。それぞれのステータスはおそらく、攻撃、防御、敏捷、魔法、運だろう。
――馬鹿馬鹿しい
そう思った。中学二年生というお年頃ではあるが、翔馬は現実主義者だった。ファンタジーの類が好きな柊なら違ったかもしれないが、スポーツ大好き少年の翔馬は端から信じていなかった。
だいたい、どうやってスマホのアプリが人間の能力なんて計るのだ。
そう、まさにこの瞬間までは。
「グルァァァ!!!」
突然の雄叫びに反射的に振り向くと、犬がいた。
しかし、明らかに普通の犬ではなかった。目は紅く輝き、ボクサー犬でもあり得ないほど筋骨隆々の体をしている。そして言葉が通じなくともそいつの意志だけは感じ取ることが出来た。
――コロス。クウ
今にも飛びかかってきそうな犬に怯えながら周りに助けを求めるが、帰って絶望が増しただけだった。
その犬は一頭だけではなかった。十頭以上いるのではないだろうか。既に死体を喰い始めている者さえいる。
翔馬のすぐ近くにいるオタクっぽい格好の人は今まさに襲われようとしていた。
「うぁぁぁ!! く、くるなぁ!」
「グゥルルルル!」
その人は完全にパニックに陥っており、体型からしても走って逃げる、戦うというのは難しそうだ。
翔馬はただ見ていることしかできなかった。
――人の体は恐怖に支配されると、こんなにも動かないものなんだな。ごめん、オタクのお兄さん。
などと呑気な感想さえ浮かんできた。
だからこそ、次に起こったことは信じられなかった。
「もう、どうにでもなれ! 原始より続く人類の英知よ此処に、フレイム!」
オタクのお兄さんが前にかざした手に、化け物犬がチャンスとばかりに飛びかかった時だった。厨二全開の詠唱? が唱えられると、掌からいきなり蒼炎が迸った。
「ギャオン!」
正面からまともに炎を喰らった犬は悲鳴をあげて吹き飛ばされた。そのまま地面を転がるが、なぜか炎は纏わりつくようにして消えることはない。
そのまましばらくすると犬は力尽き、後には灰と丸い核のようなものだけが残った。
「や、やった! 見たか化け物。ははは……」
実はこの瞬間、このオタク――森田浩二こそ、地球上で人類初の魔物討伐者になったのだが、本人は知る由もなかった。
一方で翔馬は、その様子にしばらく唖然とした後、さっきのアプリにも魔法というメニューがあったことを思い出す。
急いで探すと、そこには確かに魔法が記載されていた。雷制御魔法。それが今の翔馬の使える魔法らしい。しかし、魔法の備考欄を見て愕然とした。
『雷制御魔法:周囲にある電気に作用して操る』
この説明の通りなら、電気さえあればさっきみたいな魔法で倒せるということだ。翔馬は元々、自分の置かれた状況を冷静に俯瞰し、対処する能力に優れていた。それ故か、瞬時に周りを見渡してそれを見つけた。
その時、いままで嬲るように攻撃せずにこちらを威嚇していた犬だが、仲間がやられたことに腹を立てたのか遂に翔馬を喰い殺そうと襲いかかってきた。
それどころか浩二を脅威とみなしたようで、周りの奴らまで集まりだした。
「調子乗っちゃったからかな……」
「お兄さん! それもう一回使ってあれに当てられる?」
浩二は「いい人生だった……」などと遠い目をしている。二人を取り囲んでいる化け物犬の数は五体。もう一度あの魔法を使ったとしても、一体倒しているうちに他の四体にやられるだろう。
完全に浩二に巻き込まれた形だが、翔馬はまだ諦めてはいなかった。
「あれって……電線?」
「そう、もし当ててくれたら助かるかもしれない」
「グゥルルルゥ……ガォゥ!!」
「ひっ! わ、分かった」
中学生の言葉に、半信半疑だったがどうせ死ぬならと半ばやけくそで魔法を放った。
放たれた魔法は翔馬の狙い通り、電線を焼き切り、中のケーブルを露出させた。
敵も黙って見ていてくれるわけがなく、先程仲間を焼き殺した炎に警戒しながらも、包囲を狭めてきた。
「くっ、頼む! 荒ぶる天を侵す者共、龍の逆鱗に触れし者共、その身に裁きの鉄槌を受けよ。ボルテクス!」
魔法を発動させようとすると、勝手に呪文? が口からスラスラと出てきた。
翔馬の魔法は雷制御魔法。普通なら周りに操れる電気など無いのだが、今は千切れた電線からバチバチとスパークして火花が散っている。
そのスパークが一瞬、カッと視界を白く染めたかと思った時には周りは黒焦げの化け物たちの死体が転がってた。
「すごい! 全部倒しちゃうとか、俺のより全然強力じゃん。もしかして、君って異世界人とかだったりする?」
「んな訳無いっすよ。それよりさっさと逃げましょう。こんな魔法がそう何回も使えるとは思いませんし」
「んむ、確かに消費魔力が多そう……でも、テンプレなら高速魔力回復が……いや、それとも魔力切れのピンチにヒロイン登場……」
一人でぶつぶつと何やら独り言を始めた浩二を見事にスルーしつつ、その場を離れた。
死傷者五万人強。未確認生物――魔物がある地域を中心に大量に出現し、それと同時に人類も魔法という未知の力を得た。
この事件は全ての始まりに過ぎなかった。




