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23.手掛かり

遅くなってしまいすみません。

 保明さんは俺たちの到着を待っていたらしく、屋敷に着くと廊下からバタバタっという音がして走って現れた。


 この家の人は皆、忙しない性格の持ち主なのだろうか。それだけではなく、この人は桜花ちゃんとよく似た仕草や行動をする。いや、逆か。桜花ちゃんが保明さんに似ているのか。


「柊殿! 大変、重要な情報を見つけました」

「ここでは何ですし、奥でゆっくりと聞かせていただけますか?」


 玄関先であるにも関わらず今にも話をはじめようとする保明さんに苦笑いしつつ、とりあえず落ち着いた場所で話すように促す。

 ていうかこのセリフは本来、家の人側が言い出すものだろう。


 客間に入るとそこには安倍さん――憲行さんと神父さんが座っていた。


「あれ? 神父さんはともかく、安倍さんはさっきまで街にいませんでしたか?」

「あれは式の一種だ。公の場に姿を現すときはああしている」


 やはり偉い人ともなると命を狙われたり、忙しかったり、様々な理由で影武者が必要なのだろう。

 それにしても、あれだけ本人そっくりの式神を操れるというのはさすが陰陽頭だな。使い道が沢山あって色々と便利そうだ。


「なるほど。では、さっそく本題に入りましょうか」


 さっきから俺の隣で、保明さんが早く話したくてウズウズしていたのだ。


「それではまず結論から申し上げると、やはり柊殿が元の世界に戻る方法は見つかりませんでした」

「そう……ですか」


 三度聞かされた同じ結果に俺はあまり衝撃を受けなかった。自分の中でも半ば諦めかけているのかもしれない。

 だとすると、保明さんのテンションがよく分からないな。この人はさっきから悲報を届ける割にうきうきしているように見える。


 てか、むしろなんかニヤニヤしてないか? 腹立つなぁ。 

 沸々と怒りのような感情まで湧いてきた。


「なんで――」

「ですが」


 ついには「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」と不機嫌全開で聞こうとした。それとちょうど被るタイミングで、保明さんが満を持してというような顔で切り出した。


「それに通じる人物の情報は見つかりました」

「……え?」


 その一言に思考が一瞬停止した。そして間抜けな顔で聞き返すことしか出来なかった。


 こちらの世界に来てからずっと、困難の連続だった。元の世界に戻ることは疎か、生きているだけで精一杯な状況に置かれていた。

 そんな暗闇の中で僅かな、だが確かに希望の光が見えたのだ。初めは眩しくて困惑してしまうこともあるだろう。


 そして、ようやく混乱から立ち直った俺は興奮を抑えきれずに、思わず保明さんに飛びついていた。


「その話、詳しく教えてください!!」

「まぁまぁ、そんなに焦らなくてもちゃんと教えますから」


 そんな俺の様子を見て、保明さんはにやけ顏というかドヤ顔というか、とにかくうざい顔で答えた。

 うん、やっぱこの人ムカつくな。おかげで少し冷静さを取り戻したけど。

 

 初めから俺がこういう反応をするのを予想していたのだろう。一生懸命調べてくれたのだから感謝しなければならないのだが、俺としてはしてやられた感があってなんとも言えない気持ちだ。


「で、その人物というのは?」

「それが、聞いたらきっと驚き――オホン。ずばり我らが御先祖様の安倍晴明です」


 うざいテンションで行こうとしたところを、俺の真剣な表情や身内の冷たい目を見て改めたようだ。


「なんと……それは私も初めて耳にするな。真か」

「はい、ここ4日間で陰陽寮中の資料はほとんど読み尽くしましたが、異界への移動やそれに近い記述は一切ありませんでした。そして、最後に見ていない資料はないかと確認していたところ、書庫の奥から一冊の手記が出てきたのです」


 その手記こそ、かの安倍晴明が書き記したものだったのだと言う。内容は公の文書というよりは日記に近く、その日の出来事やふと思いついたことを書き留めたものらしい。


 そんな貴重な物なのにも関わらず、陰陽頭ですら存在を知らないということは、晴明が亡くなってから初めて見つかったのではないだろうか。


「その中に何か書いてあったんですね?」

「ええ、その通りです。その記述の前後には頻繁に“神楽”という人物が登場して、問題の部分には『神楽と予てより画す、異界への門を開くこと、遂に叶へし』とありました」


 何を言っているのか、さっぱりわからなかった。こんなことなら国語の授業真面目に受けとくんだったな。中学の国語で読めるようになるかは知らないが。


 つまりは、「神楽という人物と一緒に前々から計画していた異世界への扉を開くことを、ついに成功させた」という意味だと保明さんが教えてくれた。


「その神楽というのは誰なんですか?」

「すみません。それが、一番最初に出てきた記述では『流浪の者』となっていて、それ以外は分からないのです」


 ふむ、謎の人物“神楽”か。彼――男か女かも定かではないが――について何か分かれば元の世界に戻れるかもしれない。

 しかし、晴明と同じ時代の人ということはとっくにお亡くなりになっているだろう。せめて名字でも分かれば子孫とか探せるのに……。


「その人の名字は分からないですよね?」

「えーと、“雪村”と書いてあります」

「え……えぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 駄目元で聞いてみたら、案外あっさり返ってきた。


 そして、先を越されてしまったが、茜が叫ばなかったら俺が叫んでいただろう。それ程に衝撃の事実だった。

 いや待て、きっと俺の早とちりだ。この国に雪村さんが何人いると思ってる。


「でも、雪村さんはこの国にたくさんいますよね?」

「私は雪村誠以外に聞いたことがないな」

「私も雪村さんには出会ったことがありませんね」

「多分珍しいわね。都でもあまり聞かない名字だし」


 大和国で生まれ育ったみんながそう言うのならそうなのだろう。

 まだ関係者だと確定したわけではないが、次の行動としては雪村に話を聞くことになるだろう。


「そうなると、僕たちは天京に戻らなければいけないようですね」

「そうですね。あの、柊殿」


 次の指針が決まったので立ち上がろうとしたら、保明さんが「頼みたいことが」と言うので話を聞いた。


「何でしょう?」

「もし何か分かったことがあれば、手紙で結構ですのでご連絡いただけないでしょうか? 私としても手記の内容が気になります故」

「私からも頼む」

 

 安倍家としても先祖の――それも伝説の陰陽師のやったことは知っておきたいというわけか。

 特に断る理由もないので、俺は二つ返事で了承した。


 その後は、部屋に戻り茜と今後の予定について相談した。

 ちなみに言っておくと俺と茜は同室ではない。安倍さんの屋敷には二人の客を泊めるには十分すぎる部屋数があるし、俺たちの部屋もちゃんと離れている。

 だから茜が俺の部屋を訪ねてくる形だ。


「当面の予定としては天京に戻るんだけど、すぐにってわけにもいかないじゃない?」

「ああ、本当はできるだけ早く出発したいんだけどな」


 すぐにでも出発したいのは山々なのだが、そう出来ない理由がある。


 まずは怪我だ。大きな怪我はしなかったとはいえ、二人とも至る所に打撲や傷がある。

 そして体力。ここまでぶっ続けで旅をしてきて、大蛇戦の疲労とも相まってかなりの疲れがきていた。

 

 だが一番は、俺の魔臓の関係がある。新しい臓器を作るのだ。当然のことながら、体には相当な負荷が掛かる。神父さんには、一週間は安静にした方がいいと言われた。


「よし、五日よ。五日あればだいぶ疲れも取れるし、どうかしら?」


 幸い、安倍さんもいつまで居ても良いと言ってくれている。今はその言葉に甘えるとしよう。


「うん、それぐらいが適当だな」

「そうと決まれば、安倍さんに伝えてくるわ」

「なぁ、茜」


 いつまででも良いと言っても滞在日が決まっているならすぐに伝えるべきだろう。そうして部屋を出ようとした茜を呼び止めた。


「何よ。改まった顔しちゃって」

「真剣な話だ」

「?」


 茜は茶化そうとしたが。俺の真剣な表情を見て不思議そうな顔をした。


「茜はあの時……俺が逃げろって言った時、最初から逃げる気なんてなかったろ?」

「どうしてそう思うの?」

「顔だよ。あれは何か強い意志を持った人の顔だった」


 感情の読み取れない真顔で聞き返す茜に、俺はそう答えた。


 そう、あの顔。自分自身、大会中は同じ顔をしているだろう。陸上の大会で上に行けば行くほど、あの顔の奴は増える。


 負けない。勝つ。もっと速く。もっと遠く。絶対に全国へ行ってやる。


 そういう奴は強い。だがその思いの強さに比例して脆くなってゆく。たった一度の挫折が致命傷になる。まさしく諸刃の剣。

 

 俺はそれをよく知っていた。この歳で何言ってんだって思われるかもしれないけど、中学生だって挫折くらいする。

 そして、だからこそ茜が心配だった。


「茜はあの時『もう誰も』って言った。自分の命をかけてまで、誰かを護ろうとするのには何か理由があるのか?」


 茜は躊躇う素振りを見せたが、すぐに俯いて黙り込んでしまった。

 そのひどく悲しげな顔が、紅鬼の力を失ったことを聞いた時と同じだった。


 これは俺の勘だけど、茜が力を失った理由と何か関係があるんじゃないかと思う。

 しかし、話したくない話を無理に聞くのは良くない。いつか話してくれるのを待とう。


「いや、話したくないなら良いんだ」

「ごめんなさい……」

「ただ、これだけは言わせてくれ。本当にありがとう、茜のおかげで助かった。だから俺に出来ることがあったら、力になる。何でも言ってくれ」

「どういたしまして。ええ、ありがとう」


 そう言って、一筋の涙を流しながら笑った顔はとても美しく、危うく心を奪われかけた。


「じゃあ、俺が安倍さんに伝えに行くよ。茜は部屋に戻ってゆっくり休んでて良いから!」


 そのまま無言が続き、俺は何だか気まずくなって、逃げるように部屋を飛び出した。


 安倍さんは「いっその事、桜花の婿としてずっと残っても良いんだぞ」なんて冗談もかましてくれたが、オッケーしてくれた。


 部屋に戻るとまだ茜がいた。っていうか枕を持って寝間着姿のところを見ると、一旦部屋に戻ったみたいだ。


「あれ、どうしたんだ?」

「今日は一緒に寝てくれない?」

「はぁぁ!?」


 突然のことにひたすら混乱するしかなかった。普段強気な茜がこんなこと言い出すなんて、一体何があった?


「だって何でも力になるって言ったじゃない。一緒に寝るくらい良いでしょ?」

「確かに言ったけど、布団一つしかないし……」

「今日は一人で寝たくないの。お願い!」


 かっこつけて言った手前断ることもできず、結局一緒に寝ることになった。

 

 茜は安心したように、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めたが、俺はドキドキして寝るどころじゃなかった。さっきの笑顔から妙に意識してしまう。


 そういえば、伊津の町でもこうして同じ布団で寝たっけな。実際には数日しか経ってないがらもうずいぶん前のことみたいに感じる。


 そんなことを考えていると、ようやく眠気がやってきて、俺を心地良い眠りへと誘う。





 翌朝、俺を起こしに来た桜花ちゃんに見つかり、一騒動あったのはお約束だろうか。

これにて第一部完結です

一旦閑話を挟んで二部へ行きたいと思います

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