表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

19.妖王戦・開戦

 “大蛇”は現在、加茂から西に1時間ほど行った所にある、森の中の洞窟を根城にしているとの情報だった。


 ここ四日は各々が万全の準備をしてきた。俺と茜は剣の修行を、神父さんは何やら裏でこそこそと、陰陽師の人々は呪符などの準備をしていた。


 そして装備を点検し、消耗品などの最後の支度を整え、翌日の明朝に出発した。


 タイムリミットまであと二日。これを逃せば確実に俺の命は助からないだろう。まさに命がけの闘いだった。


 危険な闘いとなるのと、全員が大和鹿を持っていなかったことから徒歩で向かう。


 道中何度も魔物に遭遇することがあった。 しかし、これから妖王に挑もうという俺たちの敵ではない。その戦闘の安定感を見て、案外楽勝なんじゃ無いかなどという楽観的な考えが浮かんでくるが、慌てて打ち消した。


 楽観的な態度はいつも最悪な結果を招く。

 去年の新人戦もそうだった。周りにちやほやされて、東海大会も余裕だろうと思っていたら、県の決勝にも残れなかった。


 そう言えば、結局全中には出れそうもないな。まだ来年もあるとは言え、もう一度出場できるかは分からない。

 

 久しぶりに陸上のことを考えると、みんなの顔が浮かんできた。みんな元気かな。心配してるよな、きっと。

 まだこちらに来てから10日しか経っていないのに、遠い昔のように思われる。


 緊張しているのか、ついつい考え込んでしまう。


「柊、あんた大丈夫なの? さっきからぼけーっとしてるけど」

「ごめん、大丈夫だよ」

「しゃんとしなさいよね。そんなんじゃ怪我するわよ」

 

 言い方はぶっきらぼうだが、本気で心配してくれているのは分かった。


 最近は茜に心配をかけ過ぎてる。ここまで連れて来てくれたのもそうだし、その上こんな危険な闘いにも参加してくれて、感謝しき

れないくらいだ。


「ありがとうな」

「なによ急に、気持ち悪い」


 日頃の感謝を込めてそう言うと、変な物を見るように顔をしかめられた。

 人が折角感謝しているというのに素直じゃない奴だ。


「私も修行の一環でやっているだけだから、気にする必要はないわ」


 顔を赤くしてそういう茜は一層美人が際立ってドキッとさせられた。ともかく、想いは伝わっているようなので良かった。

 

 そのいつも通りのやり取りで、調子を取り戻すことができた。

 今は目の前の事だけに集中しなければならない。油断すれば大きな怪我、下手をすると死にもつながる。

 感謝とか言ってまた茜に救われては仕方ないな。と、心の中で苦笑いした。


 間もなくして、一行は目的の洞窟へとたどり着いた。それは、壁のようにそびえる崖に横穴が開いた洞窟だった。中は暗くて分からないが入口はかなり大きかった。

 まずは警戒つつ、草木の陰から遠目に観察する。今のところ何の異常も見られなかった。しかし、確実に何かいる。そう予感させる緊張感がこの場には満ちていた。


 事前の計画通り、用意しておいた猪の肉をほとんど丸々一体、洞窟の入り口に放り投げた。

 それを全員が緊張の面持ちで見守る。


 何も起こらず、もしやここにはいないのかと焦りが広がってきた時だった。


――ズズズ、ズル


 何かが地面を擦る音が聞こえてきた。音の発生源は、間違いなく洞窟の中からだ。最初は微かにしか聞こえなかったが、次第に音は大きくなり近づいてくる。


 各々が自分の武器に手をかけて臨戦態勢に入った。


 入り口から姿を現したのは、口を開けば大人の男を縦に丸呑みにできる程の大蛇だいじゃだった。


 俺と茜の二人は先陣を切って、そいつの前に飛び出した。打ち合わせで、最初の頭は他の頭より弱いだろうという予測から俺たちの担当になったのだ。

 ただ一方で、最初はかなり重要な仕事もこなさなくてはならない。


 俺たちは、先ほどの猪の肉の一部を細かく分け、肩がけにした紐に通して体に付けていた。


「おーい、このポンコツヘビやろう! もっと美味い肉がこっちにあるぞ!」


 と、茜の方を指差し、お尻ぺんぺんをしながら挑発する。


「ちょっ! あんた何してくれるのよ!」


 突然生贄にされて慌てた茜は俺を睨みつけ、


「いいえ、こっちの男の方がきっと美味いわ」


 と、反撃してきた。

 

 俺たちの仕事はこいつを挑発して他の頭もろとも洞窟の外におびき出すことだった。


 通常ヘビは目がほとんど見えないと聞いたことがある。ピット器官という器官を使って温度で獲物を探知するのだ。

 しかし、爬虫類特有の縦に細長い瞳孔を持つ眼はギョロっと音がしそうに動くと、確実に俺たちを捉えていた。


「よーし、かかった。行くぞ茜!」

「分かってるわよ!」


 俺と茜は一緒の方向に向かって走り出した。他のメンバーは大蛇が完全に洞窟から出たところで参戦することになっている。


 弁慶の事件で走った時は茜に置いて行かれたが、今回は逆に俺の方が早いくらいだった。

 それに心なしかいつもより体が軽い。これも魔臓があるおかげだろうか。


 作戦通り、奴は俺たちの後ろを追ってきた。

 洞窟の周囲は開けた地形になっていて、人間と巨大な大蛇では圧倒的に人間が不利だ。そのため森の中の複雑な地形と木々を利用しようというのが今回の作戦だ。


 ちょうど良さそうなところで振り返って、奴と対峙する。


 大蛇はなかなか捕まらない餌に、かなり苛立っているように見えた。

 フシューフシューと息を荒げながら、せわしなく二又に分かれた舌を出し入れしていた。


 ようやく止まった俺たちに、大蛇は大きな牙をのぞかせる口を開けて、かなり迫力のある威嚇を放った。


――シャーーッッ!!


 そして固まって立っている俺たちに向かって素早く噛み付き攻撃をしてきた。


 それを左右逆方向に跳んで避ける。


 ここ四日間は剣の鍛錬だけでなく、連携の練習も積んできた。

 まぁそんなに簡単に出来る物でもなく、大体俺に茜が合わてくれるのだが。とにかく、お互いがお互いの邪魔をしない程度にはなった。


 俺は手始めにしゃがんで砂を掴み、大蛇に投げつけた。


「おーい、こっちだぞ!」


 大蛇は簡単にこちらを向いてくれた。こいつ案外馬鹿なんじゃないか?


 俊敏な動きで突進してきたのを間一髪のところで避ける。


――っ! 

 

 あっぶねー

 自分で挑発しといてなんだが、死ぬかと思った。


 この必死の挑発は決して自殺願望があってのことではない。


 俺が勝手に死にかけている間に茜は大蛇の後ろに回り込んでいた。


「我、秋の月夜に稲穂を揺らす、風の家系に連なる者なり。今、この刃に風の加護を。秋声しゅうせい


 別れたあたりから詠唱を始めて、斬りかかる時には完成していた。

 詠唱が終わると、刀が纏う風によって茜の紅髪が美しく宙に乱れた。


 茜が詠唱して無防備になっている間にこいつの注意を惹きつけるのが目的だった。


「良くやったわね。ご苦労」

「ありがとうございます。だろ!」


 さっき、少しは可愛いところもあると思ったのに、相変わらずだった。


 突然、後方に現れた風に大蛇が気付かないはずもなく、今度は茜に襲いかかった。


 茜は避けるそぶりもせず、ただ空中を素早く三度ほど斬っただけだった。

 大蛇はそんなことなど御構い無しに突っ込んでいく。


 次の瞬間、茜は何事もなくそこに立っていた。代わりに大蛇の頭から鮮血が噴き出した。見ると、三本の刀傷が付いている。


「話では聞いてたけど、実際に見ると凄いな……」


 一定以上の速度で斬った空間を一瞬だけ、真空にする。それが茜の刀『蜻蜓』の能力だ。そして、風制御系力法を使う“秋声”は周りの空気を押しのけ、その一瞬を三秒まで引伸ばす。

 これにより茜が斬った空間は三秒間だけ真空状態になる。後は敵がそこに触れることで鎌鼬と同じことが起こる。


 力法と刀の能力を最大まで引き出した茜オリジナルの技だった。


 これは本格的に俺の出る幕はないなと思ったが、相手は妖王。そう簡単にやられてはくれなかった。


 今さっき鎌鼬に切られた傷がみるみるうちに塞がってくる。


 なぜ全員で一体ずつ相手にしないで、わざわざ分担して全ての頭を同時に相手にするかというと、この再生能力があるせいだった。


「やっぱりこの頭は外れね」


 大蛇は多くの頭を持っているが、魔臓は他の魔物と同じく一つだ。どれか一つの頭に魔臓が存在し、それ以外の頭は傷つけられてもある程度なら回復する。

 

――ドォーン! ドォーン!


 木々で見えないが、すぐ近くから他のペアたちの戦闘音も聞こえてくる。


「よし、みんな順調みたいだな」


 ここからが本番だ。この頭が外れだと分かったので、魔臓に遠慮することなく戦える。


創造クリエイト(フレア)!」


 茜が出してくれた炎を『道化』に纏わせた。修行中に判明したことだが、『道化』の能力は力法によって生み出されたものを纏うことが出来る。と言うものらしい。

 蛇は火を嫌う。そのため対大蛇戦ではかなり効果的な武器になると推測して、必死に練習して出来るようにした。


 案の定、大蛇は燃えろ道化を見て、怯むような仕草を見せた。

 そのまま大蛇に斬撃を浴びせる。火を見て若干動きが鈍くなっているので簡単に攻撃を当てることが出来た。


 俺が斬った傷からは血が出ない代わりに塞がることもなかった。焼斬っているために細胞の再生が上手く出来ないようだ。


 これならいける! 


 順調すぎて忍び寄る気配に気付くのが遅れてしまった。


「きゃぁぁぁ!!」


 突然、茜の悲鳴が聞こえ、そちらを見ると、もう一体の・・・・・大蛇が茜を襲っていた。  

 

 




 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ