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17.聖職者

 どうも手がべとべとして生暖かいなと思ったら自分の血だった。

 それも結構大量に吐血していたので、自分でも意識を保てているのが不思議なくらいだ。


「茜殿、応急手当は出来るか?」

「外傷なら何とか出来ますけど……」


 二人とも、原因が分からないので処置の仕様がないと言った風だった。

 幸いなことにその後は少し血が混じる程度で、もう一度大量吐血することは無かった。


 今、こうやって何事も無いように状況を説明しているが、それは自分自身になにが起こっているのか理解出来ないからであり、決して冷静なのではない。

 むしろパニックだった。


「え、何で……俺こんなことに」

「落ち着いて、柊。大丈夫よ加茂は大きい町だから腕利きのお医者さんが居るわ」


 医者、と言ってもこの世界の医学はどのぐらい発達しているのだろうか。

 吐血、と言えば結核がすぐに思い浮かぶ。沖田総司は結核で若くして亡くなった。この世界は江戸時代っぽいので、本来の歴史でいったら治療法は発見されてないだろう。まぁ日本の歴史と違うところも多々あるけど。

 あとは力法が医学にどれだけの影響を与えているかだが……。


「なに? ええぃ、そんな悠長なことをやっていられるか! くそっ、仕方が無いシンプ・・・を呼べ」


 廊下から、指示を出している安倍さんの大声がこちらにまで聞こえてきた。

 話の感じからするに余り良い状況では無さそうだ。


「どうなりましたか?」

「この近くの医者は往診に出てしまって連絡がつかない。他の医者は一刻程かかるところに住んでいる」

「それでは柊はどうなるんですか!」


 茜はさっきからやたら心配してくれる。

 今気付いたけど、茜でも敬語とか使うんだな。


「案ずるな。代わりにシンプを呼んだ」

「シンプって?」

「特殊な眼を持つ異国の者だ。本人が“シンプ”と名乗っている」

 

 その人は数年前、大和に流れ着いた漂流者だという。当初は大陸のスパイかと疑われていたが、持っていた大陸の医療知識で何十人もの人を救い皆に認められたそうだ。


 10分ほど経っただろうか、何とも無かった調子は、目眩から始まり次第に悪くなっていった。

 

 さらにそれから数分後ようやくその人物は現れた。

 

 うん、シンプさんね。ひと目見て分かった。確かに“神父”さんだ。

 真っ黒な礼服に十字架のネックレス、おまけに聖書まで手にしていると言う素晴らしい神父っぷり。

 日本人では無く、ドイツ系の顔立ちをしている。この場合は大和人と言うべきか。


「こんちはー。っておお! これは大変だ」


 見た目に反して流暢な日本語で挨拶をしてきた。服は着替えたが、血塗れのままの布団を見て神父はオーバーに驚いた。それもずいぶんチャラい。


 年齢はよくわからないが、若くはなく、かと言って年をとってもいない。そんな印象だった。

 

「この子は昨日野盗に襲われ――」


 途中で茜の補足を交えながら、これまでの経緯について神父さんに説明する。俺はそれをクラクラしながら聞いて――って茜、途中何回か落としたってどういうこと!


「なるほど、昨日脇腹を刺された以外は特に何も無いと?」

「はい、あってもちょっと咳が出たくらいです」


 俺は生まれてこの方大きな病気を患ったこともなく、小学校は6年間皆勤だったくらい健康である。原因に身に覚えは無かった。


「まぁ私が見れば・・・簡単に分かりますよ」


 そう言えば特殊な眼とか言ってたな。一体どういうことなんだろう。


「クイト・スペシ・ライト、光創造フラッシュコロル・ライト・エミト・キピン、光制御シャイニング


 呟くような声量だった。しかし、俺には確かにそう聞こえた。

 呪文か? 最後のワードはどこか力法と似てなくも無い。


「あの、一体何を?」


 困惑顔の茜が神父に話しかけようとしたが、安倍さんに止められた。


「しっ、神父はああやって人の悪いところを視ることが出来る。そうして迅速かつ的確に処置を施すのだ」

 

 最初、俺の体の上を見ていた視線は段々と体を通り抜けたように感じた。


 そして、しばらくして神父はふうと一息ついて緊張を解き、「終わりました」と言った。


「それで、どうなんだ? やはり刺し傷が開いたのか」

「いえ、それとは無関係です。いやぁ、驚きました。こんな人初めてですよ……」


 今まで軽い感じだった神父も本当に驚いた顔をしている。


「いやね、魔核――ここでは魔臓って言うんでしたっけ? とにかくそれが無いんですよ」


 魔核、魔臓? また知らない単語が出てきた。“臓”ってことは臓器の一種か。だとしてもそんな臓器聞いたことがない。


「そうか! だから柊は力法が使えなかったんだわ」

「その魔臓って言うのは何ですか?」

「魔臓はこの世界の全ての生物が体内に持っている臓器だ。力素の中の力を体内に取り込む働きをし、逆に力以外の不純物を体外に排出する」



 なるほど、それは力素が存在しない世界出身の俺には無くて当然だ。


「その魔臓が無いことで何か困るんですか?」

「ひと月も生きられないでしょう」


 え、いきなり余命一ヶ月!? 俺、まだ十四歳だぞ……。


「酸素を力素に置き換えて考えた場合、魔臓は肺のようなものです。もちろん無くてすぐに死ぬなんてことはありませんよ? ただ、不純物が体内に少しずつ蓄積されていきます。そうして体を蝕んでいき、死に至る」

「てことは俺のこれは――」

「ええ、かなり末期に近い状態ですね。感覚的には何も無いと思いますが、体の中は確実にやられてます」


 そのあっさりとした軽い口調とは裏腹に神父の顔は真剣だった。


 この世界きてから死にかけ、刺され、また今死にそうだ。自分の運の無さには笑えてくる。


「あー、でも治療法……と言うのかは分かりませんが、治す方法ならありますよ」

「え、そういうことなら早く言ってくださいよ」


 いやー焦った。今回ばかりはさすがに駄目かと思ったけど、やっぱり助かるんだ。なんだ脅かすなよ。


「ただ、その方法が問題なんです。さっき安倍様も仰ってましたが、魔物も人間同様に魔臓を持っています。しかし、そこら辺の魔物のを人間に移植しても機能が弱すぎて駄目です」

「それで妖王の魔臓が必要なんですね」


 茜が厳しい顔をしていた。安倍さんも似たような顔だ。

 妖王、王という名前から推測するに強力な魔物ということだろうか。


 そしてみんなの顔からしてそいつを倒すのは容易では無いのだろう。


「私、やるわ。ここまで来て柊を死なせたら雪村護心流の恥よ」


 茜が決心した顔でそう言ってくれた。

 俺も一緒に行きたいんだけど、なんとかならないだろうか。今の状態だと、とても戦闘なんて出来ない。


「雪村の友人を見殺しにはできまい。私も出来る限り協力しよう。妖王には及ばないが普通より強い魔物の魔臓を持っている」


 安倍さんも全面的にバックアップしてくれるようだ。


 神父さんの見立てによると、その魔臓は一週間ほど保つだろうとのこと。



 こんなとこで死んでたまるか。絶対に生きて元の世界に戻ってやる。


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