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16.加茂の術者

※柊の敬語の件を追加しました

 目を覚ますと、そこには見知らぬ板張りの天井があった。


「ここは……」


 なんだか最初の朝のデジャヴを見ているかのようだ。


 しかし、ここは雪村の道場では無いだろう。周りを見てすぐに分かった。

 雪村の道場は武家の家らしい質素で実用的な造り、内装だったのに対してここは、どこか見た目を重視した貴族風な感じがした。


 部屋の隅には高そうな壺が置いてあり、縁側から見える庭は綺麗に整えられている。


 そんな感想を抱いていると襖が開いて茜が入ってきた。


「やっと目が覚めたわね」

「ここはどこだ?」

「加茂にある安倍家のお屋敷よ」


 俺が気を失った後、茜は専門的な医療知識もない為、取り敢えず傷を塞ぐ応急処置をした。あと少しだったこともあり、急いで武蔵に乗せてここまで運んでくれたのだという。


 思いがけない形になったが、ようやく目的地にたどり着いたようだ。


 今、茜の手には包帯らしきものが握られている。そこで俺はようやく、自分の体が包帯でぐるぐる巻きにされているのに気付いた。そして意識を失う直前のことを思い出す。


「そうだ! 俺を襲ってきたやつは?」

「逃げられたわ。どうやら、あそこ一帯に住み着いている子供たちの一人ってところまでは分かったんだけど」


 話によると、あそこら辺には身寄りの無い子供たちが住み着いて共同生活を送っていると言う。子供たちだけなので、当然まともに働いて生きていくことはできない。そういった理由から盗賊行為をして食いつないでいるようだ。

 あいつのあの表情にはそんな理由があったのか。


「あいつにそんな事情があって……」

「同情するのは違うわ。そして、あなたが負ける理由はそこにある」

「どういう意味だ?」

「彼はあなたとの闘いで生活のことや仲間のことを考えてたと思う? 彼は、生きるために闘う。ただそれだけを考えていたはずよ」


 茜はいつになく真剣な表情で俺を諭すように言った。


 確かにやつの表情はシンプルだった。勝つ。それだけだったように思う。余計な雑念など無く、迷いの無い目と動きもしていた。


「あなたが闘うことに抵抗を感じているのは知っているわ」

「……気付いていたのか」

「決して悪いことじゃ無いわ。でもね、闘いはいったん始まったら片方が倒れるまで終わらない。やらなければやられるのよ」

「それは分かるけど、人は魔物じゃ無いんだぞ。話せば分かるんだし、傷つけ合わなくて良いだろう」


 国語の漢文で孔子の「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」と習った。

 まさにその通りだと思う。人間は生き物の中で唯一、会話によって高度なコミュニケーションを取れるまでに進化した。

 野生動物のようにいちいち殺し合いをしなくても良いはずだ。


 俺は争いごとが嫌いな母親の影響で、結構な平和主義者だった。


「柊は優しいわね。みんながあなたみたいな考えだったら闘いは無くなるのに」


 茜の言いたいことは分かった。つまり世の中はそんなに甘くは無いと言うことだ。俺の考えはあくまで理想に過ぎない。そうでは無い世の中での心構えを、教えてくれようとしているのだ。


「二人ともまだ若いのに、随分と立派な心掛けを持っているな。うちの倅にも見習わせたいものだ」


 急に湧いた声に驚いて振り向くと、狩衣に烏帽子姿の男性がいた。歳は大体四十代くらいか。


「安倍様! 今日の公務はよろしいのですか?」

「あぁ、ただの占いだったから早めに終わってしまってな」

「柊、こちらの方は現・陰陽頭、安倍憲行様よ」

 

 陰陽頭と言うと陰陽師のトップに当たる人物では無いだろうか。確かに服装からしていかにも陰陽師っぽい。

 そんな人が何故と思ったが、顔に出ていたのらしく安倍さんが答えてくれた。


「私と雪村は昔からの付き合いでな。書状は読ませてもらった。君たちが会いに来たのは、どうやら私だな」


 この人が雪村の言っていた大陸の術に詳しい知り合いか。まさか陰陽師のトップだったとは。てか本物の陰陽師だ、すげぇ。


「お初にお目に掛かりまする、夜川柊と申す者であります。どうぞよろしくお願い致しまする」


 位的にかなり偉い人のはずなので、気を付けないといけないと思い、テレビとかで見た知識をフル動員して挨拶をしてみた。


「まするって……なによそれ……ふふ」

「はっはっは、無理に畏まることは無い。今は陰陽頭と言うより友人の友人と言う立場だ」

「ありがとうございます。助かります」


 茜は必死に笑をこらえているし、安倍さんにも笑われてしまった。どうやらおかしな言葉遣いだったらしい。やっぱり無理があったか。

 

「それで、どうなんでしょうか。 元の世界に戻る手掛かりはありますか?」

「うーむ、それについては私の知っている限りでは無い」

「そうですか……」


 そういう結果になることも覚悟はしていた。でも実際にそうなってみるとやはり受け入れ難かった。


「そんな! ここまで大変な思いをしてやってきたんです。少しでも何か無いんですか?」


 意気消沈する俺を見て、茜はまだ諦めるなと言わんばかりに安倍さんに縋り付いた。


「そう焦るでない。まだ私の知る限りではとしか言っておらんだろう。私個人の知っていることなど高が知れている」

「それはどういう……?」

「陰陽寮には古今東西の術についての資料が集められている。その中からなら何かが見つかるかもしれない」


 まだ希望は残されていると知って取り敢えずほっとした。しかし、今までの成果からしてあまり期待しすぎるのもどうかと思う。


「しかし私も忙しい。残念ながら調べるための時間は作れない。代わりに倅の保明に調べさせよう」

「本当ですか! ありがとうございます」


 とは言え、これが最後の希望だ。まさに藁にもすがる思いだった。


 「ケホッケホッ、くそっまた咳か」


 ずっと前から気になってはいたが、段々悪化している気がする。ここ最近は結構ひどかった。


「大丈夫か? すぐに水を用意させよう」

「柊、それ最近ずっとだけど本当に大丈夫なの?」


 だがそれもどうせ、慣れない土地や慣れない食事のせいだと思う。旅の疲れもあるだろう。体は丈夫な方で、小学校の時には皆勤賞を貰ったくらいだ。


 だから大丈夫。と言おうとした時だった。


「ケホケホ、ゴホッ……ガホッ」


 今までで一番大きな咳が出た。なにやら痰のようなものまで出てきたので、これはちょっとまずくなってきたかな。と思った。


「柊、あんたそれ……」

「誰か! 至急医者を呼べっ!」


 そんな俺の様子を見て、二人が急に慌てだした。茜の顔は青ざめ、安倍さんも深刻な顔をして屋敷の人に指示を飛ばしている。ただ大きめに咳をしたくらいで大袈裟だな。


「そんなに心配しなくても――」


 言いかけて、自分の状態と二人が焦る理由に気付き愕然とした。


 俺の着ていた灰色の寝巻や真っ白な布団はそれによって盛大に汚されていた。

 手に付いたべっとりした感触。口の中が鉄くさかった。



 目の前が、俺の吐いた血によって真紅に染まっていた。


 

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