14.若き後継者
今回、ちょっと長めになってしまいました。
声が聞こえた方へと急いで向かった。そこは人気の無い裏路地だった。西日を浴びた建物の影が伸び、薄暗闇を作り出していた。
俺たちが着くと、いかにもガラの悪そうなお兄さん方が、大きな麻袋を担いで走り去ろうとしていた。
「待て!」
「あぁ? 何だてめぇ」
「あぁ、えっと……」
思い切って声をかけてみたが三人組の内、明らかに堅気じゃ無さそうな坊主頭の強面に睨みつけられて、怯んでしまった。
「この辺から子供の悲鳴が聞こえたんですけど、ご存知無いですかね?」
あははーと苦笑いを浮かべ、冷や汗をかきながら何とか男の意地とプライドで聞いた。
「はぁ? 知らねえよ」
「ですよねー」
その弱々しいプライドは男の鋭い一睨みであっさり折れてしまった。
「何折れてんのよ! まったく情けないわね。あんたたち、その袋の中身が子供でしょ?」
そんな俺とは正反対に、茜は男勝りの胆力で物ともしていない。
「んなのてめぇらに関係ねぇだろ」
「あら、 言えないってことは、はいそうですと言っているようなものだわ」
「うるせぇ!」
茜の挑発的な態度のおかげで相手はカンカンに怒らせてしまった。代わりに袋の中身も分かったけど。
ていうか袋、もぞもぞ動きすぎ。
このまま、女の子の茜ばかりに任せて見ているだけっていうのも男としてはどうかと思うので、もう一度勇気を出した。
「悪いことは言わないから、子供を返すなら今のうちですよ」
「そうよ。今ならまだ許してあげる」
「偉そうにごちゃごちゃと。おい、やっちまおう」
「うす」
「俺は最初からそうすりゃあ良いって思ってたよ」
ここまで煽っといて言うのもなんだけど、正直不安になってきた。
確かに茜は強い。でも相手は人間だし、三対二だし、ここは狭い路地だ。それに、前までは対人戦で負けなしだったが、いまの茜は“鬼眼”を失っている。
「おい、大丈夫なのか? 俺はあまり戦力にならないよ?」
いくら戦いのない世界から来たとはいえ、自分で言っていて情けなくなってくる。
「いくら今のあたしでも、こんな奴らには負けないわ」
「馬鹿にしないで」と、こっちを向いて拗ねたような顔をした。
「オラァッ!」
強面の男は相手が女の子であることなどお構いなしに、容赦なく腰に差していた刀を抜き、襲いかかってきた。
茜はこっちを向いたまま動こうとしていない。
「茜! 危ない!」
――ザシュッ!
漂う新鮮な血の香り。それは幸いなことに茜のものではなかった。
「ぐぁぁっ!」
男は刀を振り上げた姿勢で固まっていた。いや、止められていたというべきか。
振り向くことなく、脇下から後ろへと突き出された茜の刀が後この脇腹に深々と刺さっていた。
「《雪村護心流二の型:氷山》」
「「え……?」」
続こうとしていた残り二人は突然の出来事に混乱してフリーズしてしまっていた。
その二人も、茜は躊躇なく一刀のもとに斬り伏せる。
そして、ヒュンと刀を一振りして血を払い鞘に納めた。
乱戦になるかと思われたが、あっけなく終わった。
人を斬ったというのに平然としている茜が恐ろしく感じられた。
「さ、早いところ出してあげましょう」
「お、おう」
その言葉で今すべきことを思い出した。とりあえず今は若様救出を優先しよう。
袋を開けると中から涙で顔がぐしゃぐしゃになった若様が出てきた。
「遅いぞ、あぎよじー。ヒック」
「秋吉さんじゃないけど、無事で何よりだよ」
「お前はさっきの……?」
かなり怖かったのだろう。いきなり抱きついてこられた時はビビった。
しばらくして若様の調子も落ち着いたので、一応こうなった経緯を聞くことにした。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は夜川柊。よろしく」
「余は竹千代だ。」
竹千代は、さっきもそうだったが、子供らしからぬ不遜な態度をとっていた。
まぁそれは一旦置いとくとして、質問を続ける。
「それでどうしてこうなったのか聞かせてもらってもいい?」
「うむ。いつものように屋敷を抜け出して適当に走っていたらここに迷い込んでな。そうしたらこの者たちがいて――余の身分に気づいたのだろう。攫われそうになった」
「まったく、とんだ迷惑小僧ね。世話をしている人も可哀そうに」
「う、小僧ではない!」
やはりこの若様は高貴な身分らしい。
口調や態度から気づいてなかった訳ではないが。
茜はそのことを知ってか知らじか、辛口だ
竹千代という名前。もう大体分かってしまったが、念のため聞いておく。
「で、君は一体何者? 」
「い、いや、何者とはどういう意味だ?」
こういったところは全くの子供で、焦りが顔に出てる。
大方、秘密にしておくように言い付けられでもしているのだろう。
若様はそっぽを向いて口笛を吹き始めた。分っかりやす!
茜といい弁慶といい竹千代といい、この世界の人は嘘をつくのが下手くそか!
まぁ雪村や静もいるからそうとは言い切れないな。
「若様~! ようやく見つけましたよ」
と、そこで秋吉が絶妙なタイミングで登場した。
「秋吉! 遅かったでは無いか!」
「一体どうして彼らと一緒に? それに何をして――」
そこまで言いかけて秋吉は辺りの様子に気づいたようだ。
「あの、えっとですね……」
「なるほど。そういうことですか」
この人物、相当頭が切れるらしい。俺が説明する前に転がる男たちや大きい麻の袋を見て、一瞬で状況を理解したようだ。
「そう、この者たちが助けてくれたのだ」
「そうですか。それは、あなたたちがいなければ危ないところでしたね。ありがとうございました」
「いえいえ、全部この茜がやりましたから」
「まぁ、よかったわね」
秋吉さんに深々と頭を下げられた。
「余からも礼を言う。助けてくれてありがとう」
「今後は気を付けなさいよ」
そして意外なことに竹千代も礼儀正しく感謝の意を表してきた。
茜もいくらか態度を和らげた。
とりあえずこのままにもしておけず、この男たちを奉行所に突き出すことにした。
手当はいいのか茜に聞いてみたが「大した怪我じゃない」とのどそうだ。
* * *
俺たちは場所を変えて、竹千代の屋敷に招かれることになった。
「それで、竹千代。君が何者なのかまだ聞いてない」
「それは……」
なおも口ごもる竹千代に秋吉が許可を出した。
「若様、この方々にはいいでしょう。どの道お礼もしなければなりませんし」
「秋吉がそういうのなら良いだろう。余は現将軍、徳川武家が嫡子であるのだ」
「へー、そうだったのか」
「それはすごいわね」
竹千代と言えば徳川家康の幼名としてかなり有名だ。だから、その辺関係あるのかなーと思っていたらやっぱりそうか。
「……あまり驚かないのだな」
竹千代は珍しいものでも見るような顔で俺たちを見てきた。
「なんだよ、俺たちの顔になんかついてるのか?」
「いや、この事実を知った者は皆、腰を抜かして平伏するのでな」
「そうした方がいいか? 俺にとって将軍とかそういうのはどうでもいいんだけど」
「身分とかそんなのは関係ないわ。強さがすべてよ」
やはりというか、茜はそういう価値観なのか。いかにも剣士らしい。
現代の年功序列社会の中で生まれ育った俺としては、年下の小学生を敬えと言われても無理な話だ。
「いや、そのままで良い。余--俺も堅苦しいのは好きじゃない」
「若様!」
「良いだろう。この者たちにだけくらい」
急に竹千代の口調が変わったので驚いた。どうやらこれが素らしい。もうすっかり癖になって逆に、意識しないと反射的に「余」って言ってしまうようだが。
「将軍と言えばこの国で一番権力があるからさ、次期将軍てだけで皆、媚びるか恐れるでつまらないんだ。それに普段は言葉使いから何から気を付けなきゃいけないし」
なるほど、偉いと偉いなりの苦労があるんだな。
恐らく同年代でも友達なんてできないのだろう。こうして素で話している竹千代はなんだか嬉しそうだった。
「それで息抜きに屋敷を抜け出したのね」
「いや、それだけじゃない」
「他に何が?」
「俺は父上に捨てられたんだ。それで、何か事件にでも巻き込まれれば呼び戻してくれるかもと思って……」
さっきか将軍の息子がなぜ都から離れたこんな所にいるのか、ずっと疑問に思ってた。
とすると事件に巻き込まれるためにわざとほっつき歩いてたのか。
「若様がそんなことをお考えになっていたとは。でも、それは誤解です。殿はあなた様のことを考えてこそ、この地へとお送りになったのです」
「嘘だ! 都にいたときから父上は俺に冷たかった」
「本当ならいうなと口止めされていますが……。『将軍とは国の民の上に立つ者で決して貴族や大名だけの上に立つ者ではない。民の気持ち理解する将軍になれるよう、竹千代を浮島に送ろうと思う』と殿は仰っていました」
「父上は俺の将来を考えて……?」
竹千代のお父さんは素晴らしい将軍らしい。リーダーの鑑ともいえる人だ。
「良いお父さんだな」
「今の将軍はそんなに偉大な人だったのね」
俺たちは揃って感激してしまった。
「俺、間違ってた。いつまでも皆に甘えてちゃだめだな。絶対に立派な将軍になって見せる!」
そう言い切った竹千代は小学生の年齢とは思えない決意の顔をしていた。
「おう!がんばれよ」
「期待してるわ!」
この日は、お礼に泊めてもらえることになった。
さらにこれだけでは恩を返しきれないということで、
「何か困ったことがあったら何でも言ってくれ」
と、心強いお言葉も頂いたのだった。
こうして若き次期将軍を中心とした誘拐未遂事件は幕を閉じた。
お気づきの点、感想等もらえるとうれしいですm(._.)m




