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12.誇り高き決闘

 

「ん……」


 俺は朝が苦手な方だ。小学生の頃なんかは母親に何度も起こしてもらわないと起きられなかった。

 ただ、今は早起きも朝練の関係で少しは慣れた。


 今日もまた、「まだ寝たい」という三大欲求の一つになんとか打ち勝って目を覚ました。


――スー…スー…


 目を開けて真っ先に飛び込んできたのは超至近距離での茜の寝顔だった。


 茜は可愛いというよりか美人系の顔立ちをしている。

 そして普段の言動もあって年上に思われがちだが、今は年相応のあどけない表情で寝息を立てていた。


「!」


 その寝顔にドキッとして見とれつつ、「いかんいかん」と頭をブンブンと振った。

 俺には緋波という人がいるのだ。


 いつまでも見ているのは失礼なのでさっさと起こすことにする。


「おーい。茜さーん」


 控えめに呼びかけると茜は、


「んー。あとちょっと……」


 というお約束で返事を返してくれた。その仕草は実に可愛らしいが、早朝に出発しなくてはならない都合上、心を鬼にして起こす。

 

「おーきーろー!」


――ドゴッ


 耳元で大声を出して起こしにかかったら、思いっきり蹴られた。


「なにすんのよ! 鼓膜が破れるかと思ったわ!」


 俺の捨て身の目覚まし作戦の結果、茜は涙目になりながらようやく起きてくれた。


「そっちこそ何すんだよ! 親切にも起こしてやったのに」

「起こし方ってものがあるでしょ!」


 そんなこんなで俺たちは2日目の朝を迎えたのだった。


 その後は早めの朝食をとり、開門してすぐに伊津の町を後にした。


「もう事件に巻き込まれるんじゃないよー」


 その際、志織さんがすこし茶化し気味に手を振ってくれた。


 俺たちは次なる目的地である、浮島を目指して歩き出した。

 名前からして島かと思ってしまうが、浮島は大和最大の湖である浮島湖の畔にある街なのだという。


「ここから浮島って天京から伊津と同じくらい?」

「いや、二里くらい遠いわ」


 一里が何キロなのか分からなかったが、一日目の歩いた距離が八里と言っていた。それから計算するとおよそ1.2倍ということになる。


 初日は山の中を進んできたが、今日は平野らしい。

 ただ、平野と言っても全て真っ平らというわけでは無い。それなりに起伏もあって辛かった。


 今日の茜は昨日と比べて明らかにゆっくりと歩いていた。

 疲れているのかと思って黙っていたが、日が高くなるにつれだんだん心配になってきた。


「なぁ、このペースだと――」

「し!」


 ついには痺れを切らせてペースアップを提案しようとしたが、茜に「静かに」と遮られてしまった。


 そのまま少しの間待っていると、横の茂みから鹿らしき生物が二体、姿を現した。

 息を潜めているのでこちらには気づいていない様子だ。


「ちょうど夫婦みたいね。後で説明してあげるから、今はとにかくあいつの角を落として」


 気づかれないように最小限の声で言われたが、突然すぎて何が何だか分からない。


「角?そんな急に言われてもどうやって――」

「刀でガツンとやれば良いのよ。私は左、柊は右をお願い。せーので同時にいくからね」


 まぁ、茜が言うのだから何か理由があるのだろう。とりあえず何も考えずに、指示に従うことにした。


「いくわよ。せーの!!」


 茜は最後の掛け声だけ、辺りに響くほどの大声で叫び、駆け出した。俺も遅れないようにその後を追った。


 鹿のような動物は――なぜ鹿だと断言できないかと言うと、体が鹿より大きいからだ――大声に驚いて一瞬、体を硬直させた。


 俺はその一瞬の隙を見逃さず、刀を角に向かって思い切り振るった。

 

――ガキィン


 金属が硬い物とぶつかった音がして、弾かれた。


「くそっ! 硬いな!」

「キャァァァァ!!」

 

 いきなり攻撃されて怒ったそいつは、角を前に突き出して突進してきた。

 俊敏な動きだったので、反射的に刀を前に出して受け止めなければ危なかった。


 しかし、野生の動物と人間の筋力だ。俺は徐々に押されている。

 このままではまずいと思い、横にずれて躱した。


「わっ!!」


 さすがに二回目は聞かないだろうと思いつつも、そいつのすぐ近くで威嚇した。

 

 すると、ラッキーなことにまた一瞬の隙ができた。

 もちろんこのチャンスを逃す手はない。


「オラァァ!!」


――バキッ


 今度こそ、そいつの角を叩き折ることに成功する。


「ふぅ、やっと終わったのね」


 横から呆れた声とため息が飛んできた。

 その当人は例の鹿もどきと一緒に座っていた。


「うわっ! なんでそんなに大人しいんだ?」


 思わぬ光景に若干ビビった。

 鹿もどきの方を見ると、片方の角が綺麗な断面を晒していた。


「この子たちは大和鹿。とっても賢い動物よ」

「動物? 魔物じゃなくて?」

「その区別はすごく難しいんだけど、魔物は自分の種族以外の生物を無差別に襲う。けど動物は何もしなければ襲ってこないし、捕食以外で他の種も襲わない」

「なるほどな。で、なんでこいつらが大人しくなったかをまだ聞いてない」


 いつの間にか、俺が角を折った方も茜の方同様大人しく座っていた。


「大和鹿はとても誇り高い性格なの。一度決闘を申し込めば絶対に逃げないわ」

「決闘?」

「本来は雄同士が角をぶつけ合って始まるんだけど、人間の場合武器をぶつければ良いの。そしてどちらかの角が折れるまで闘い、負けた方は勝った方に服従する」


 よく見れば、ただ座っているというよりは頭を垂れているように見えなくもない。


「それで服従させて一体どうするんだよ」


 そう、俺はまだその肝心な理由を聞いていなかった。


「もちろん乗るのよ。馬なんか高くて買えないし、かといって歩き続けるのも限界があるでしょ?」


 なるほど、さっきからのろのろ歩いていたのは、移動手段を手に入れるためにわざとだったのか。


「まぁ、これから歩かなくても良いというのは嬉しいな」

「それより柊、刀っていうのは対象に刃をきちんとした向きで当てて、引いて斬るの。今の様子だとすぐに刃こぼれするわよ」


 断面から分かるが恐らく茜は角を、折らずに斬ったのだろう。

 実力というか技術の差を今回も見せつけられてしまった。


「そっか、だから斬れなかったんだな。これからはそこらへんも含めて指導頼む」


 そういう訳で、俺は引き続き茜に稽古をつけて貰うことにした。


 大和鹿との決闘が終わった頃にはもう昼時になっていた。

 茜はいつの間に買ったのか、鹿用のご飯もちゃんと用意していた。


 腹ごしらえが済むと、午前中の遅れを取り戻すべく、すぐに出発した。

 

 大和鹿の能力は確かに恐るべきものだった。スピードは時速六十キロはあるし、魔物は事前に察知して避ける。




 そのおかげで、俺たちはあっという間に次なる町、浮島に着いたのだった。


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