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10.道化師の気まぐれ

ちょっとどころじゃなくてかなり長くなってしまいました(汗

「もっといい方法があるわよ」

「それは一体どんな……?」

 

 これからこの町を探し回って見つかるかどうか……。と思っていた俺は期待の眼差しで茜を見た。


「説明してる時間が勿体無いわ。とにかく急いで門に向かうわよ」

「門?」


 そう言っていきなり駆け出す茜の後を追いかける。


 日頃から部活で鍛えているとはいえ、さすがに1日歩き通しだったために足はなかなか言うことを聞いてくれない。さらに言えば履き慣れない草履と着物のせいでうまく走れない。


 一方の茜は疲れを見せない慣れた走りで、俺をどんどん引き離していく。


「待ってくれよ! ハァッハァ」

「だらしないわね。早くしなさい」


 さらには、俺ってこんなに体力なかったかなと言うくらい息を切らしながら必死で茜について行く。


「向かいながら話すつもりだったのに、着いちゃったわね。」


 幸いと言うか、屋台から門まではそう遠くなかった。


「それで……ハァハァ……どうして…門に?」

「大体町っていうのは魔物対策のために周囲を壁で囲まれていて、基本的に門は1つしかないの。」

「そうか、…ハァ…ここで待ってれば逃げる時に必ず通るって訳だな」

「ええ」


 「フー」と汗を拭いながら何とかして息を整える。


 沈黙の時間。もしかしたら別ルートで逃げたんじゃないか。という焦りがじわじわと湧き上がってくる。


 それの焦りに必死で耐えながらしばらく待っていると、茜の予想通りあの2人組が現れた。


「ちょっと話を聞かせてくれませんか?」


 最も怪しいというだけでまだ犯人だと決まった訳ではないので、俺は出来るだけ穏やかに話しかけた。


「止まりなさい!」


 茜の方はもう完全に犯人だと疑ってない様子だ。まぁ元はと言えば「ほとんど決まったようなもの」と言った俺が悪いんだけれど。


「茜、まだ決まった訳じゃないんだからまずは話を聞いてみよう」

「でも、もうほとんど決――わかったわ」


 納得が行かなそうにはしていたが俺の真剣な顔を見ると引き下がってくれた。


「よお! おめぇら、起きたんだな。今晩は久しぶりに楽しかったぜ」


 弁慶はさっきまでと全く変わらない態度で話しかけてきた。


「ご馳走になったみたいで、ありがとうございました。俺も楽しかったです」

「いやいや、このぐらい良いって事よ。そいつは良かった」


 あくまでも態度を崩さない弁慶。


「それで話ってぇのは何だ?」

「さっき屋台でご飯を食べてた時に、俺の刀が無くなってしまったんです。何か知りませんか?」


 弁慶は少し面白がるかのような顔でそう聞いたが、俺は構わずここで本題に入る。


「そいつは大変だ! んー、俺は知らねぇな。静、おめぇは?」

「私も知らない……」


 2人がそう言ってしまえばもう聞きようが無い。そこで俺は切り口を変えてみることにした。


「弁慶さんが背負ってる荷物は……?」

「あぁ、これか? これは俺の武器だ。これでも巷じゃあ“千本太刀の弁慶”なんて呼ばれてんだぜ」


 依然として弁慶はとぼけ続ける。しかし俺には『道化』が近くにあることが分かっていた。


 雪村に手渡された時もそうだったが、俺には『道化』の存在を感じ取れるようだ。もちろん詳しい位置なんかは分からない。何となく感じる。そんな感じだった。


「その男が言ってることは多分嘘よ。今さっき千本太刀って言ったわね?」

「何だよ急に、それがどうかしたのか?」


 弁慶が武器の話をした瞬間、茜の顔に驚きが浮かんだ。


「少し前に、都で有名になった盗賊がいたの。自らを“鬼若”と名乗るそいつは道行く武士の太刀を奪い、抵抗する者からは力尽くで奪った」

「それって……」


 弁慶の伝説そのままじゃないか。


「千本の太刀を集めることに執着していて、ついたあだ名が“千本太刀の鬼若・・”」


 今の話を聞いた後に、別人ですと言われても誰も信じはしないだろう。


「あー、やっぱり俺にはこう言うの向いてねぇよ」


 弁慶はさも面倒くさそうに頭を掻く。


「ダメだよ……」

「ばれちまったもんは仕方無ぇだろ」

「二回飛ぶにはまだ足りない……」

「てことは、ここは突破するしかねぇな」


 弁慶は静と何やら話をしているが、内容については全く理解できない。一つだけ分かるのはもう少しでこの膠着状態が動き出すということだ。


「おめぇら、どうしても通してくれる気はねぇんだな?」

「『道化』を置いていけば通しても良いですよ」

「そいつは無理な話だ。こっちも仕事なんでね」


 今の一言は殆ど自白と取っても良い発言だろう。そこで俺は完全に目の前の相手を敵と認識した。


「行くぞ!」


 掛け声と同時に動き出した弁慶は静を肩に乗せたまま猛然と突っ込んでくる。


 あの揺れる肩の上に落ちることなく乗っている静の体幹が気になるが、今はそれどころではない。


 武器も持たず、あるのは陸上で鍛えた体のみの俺はそこに構えて通せんぼをするしかなかった。


 だが相手は身長2メートル近い筋骨隆々の大男。対する俺は165センチでどちらかというと細マッチョ。このままいけばどちらが吹き飛ばされるのかは火を見るよりも明らかだ。


「柊、これを使いなさい!」


 茜が投げてよこしたのは予備の短刀だった。それを何とかキャッチし、抜いた時には目の前まで弁慶が迫っていた。


 素手のままの俺を想定して突進していただろう弁慶は、突然構えられた刃物を見て咄嗟に方向を変えようとする。


 しかしその先には太刀を構えた茜が待ち構えていた。短刀と違いリーチが長いのでより広範囲をカバーしている。


「ちっ!」


 弁慶は盛大に舌打ちをして一旦後ろに退いた。


「俺だってこんなもん出したかねぇけどよ、おめぇらがそのつもりなら仕方ねぇ」


 そして後ろに背負った太刀の中から無造作に選んだ一本の刀を抜刀した。


「やっぱりこうなるのか」


 俺は足の震えを悟られないようにわざと不敵な笑みを作った。


 弁慶がどの位の実力を持っているのかは分からないが、都の武士から千本もの太刀を奪うほどだ。かなり強いだろう。


 おとといの夜に殺されかけた体験が頭をよぎる。まともに刀を振ることも出来ないのに、威勢だけではまたあの時の二の舞になるのではないか。


 正直なところ、俺は怖くて仕方がなかった。


「刀を握ったからには覚悟を決めなさい!」


 そんな俺の様子を感じ取ったのだろう。茜が相手に聞かれないよう、小声で喝を入れる。


「何をヒソヒソ話してんだっ」


 まず弁慶が狙ってきたのは俺だった。弱そうな方から潰すことにしたらしい。


 それと同時に静は弁慶の肩から降り、着物の袂から出した小刀で茜を襲った。


 何とか上段からの初撃を受け止めることに成功する。だが圧倒的な実力差というものは意志力云々ではそう簡単に埋まるものではない。


 続く二撃目の斬り上げを受け止めようとしたのが不味かった。受け止めはしたものの凄まじい力で押し上げられ、弾かれた。


 今の俺は万歳の姿勢になっていた。それはつまり敵の前に完全に無防備な姿を晒したということだ。


――斬られる!


 目を瞑って痛みに備えるが、予想していた痛みは訪れなかった。代わりに脇腹、腕、肩などを殴られ・・・、鈍い痛みが上半身を襲う。


「うっ……なんで斬らない?」


 俺は痛みに呻きながら、全ての攻撃を峰打ちにしてくる弁慶に尋ねる。


「こんな素人斬っても寝覚めが悪いだけだろうが」

「くそっ、馬鹿にすんな!」


 ここまではっきり言われて黙っている訳にはいかなかった。


 腕を打たれた時に落とした刀を拾い上げ、怒りのままに刀を振るった。


「それもなっちゃいねぇ」


 そんなのは自分でも分かっていた。二日前まで普通の中学生をやっていた俺に刀なんて振るえる訳がない。


 その捨て身の攻撃はいともたやすく片手で弾かれ、今度は足を何度もやられた。


 とうとう俺は立ち上がれなくなった。


「まぁそこで寝てな」


 そう捨て台詞を残して弁慶は茜の方に向かっていった。


 茜はというとすばしっこく動き回る静に苦戦していた。どうも静の役割りは単なる時間稼ぎだったようだ。


 二人を相手にするのはさすがの茜でも厳しかった。俺よりかは持ちこたえたが、すぐに俺と同じく地面に転がされた。


「私は素人じゃないでしょう! なんで斬らないのよ」

「女子供は斬らねぇ主義なもんで」

「くっ……」


 茜が唇を噛み締るのが見えた。本来の力を出せない状態であんなことを言われれば、かなりの屈辱だろう。


「悪く思わねぇでくれや。じゃあな」


 二人は地面に転がる俺たちの横を堂々と歩いて通過した。


「でも夜は警備も厳重で町から出られないわ。どうやって出るつもり?」


 茜が悔し紛れに聞くと、


「さぁー? どうやって出ようかね。転移の力法でもあれば出れるんじゃねえかなー」

「弁慶の馬鹿……」


 これではぐらかしたつもりなのだろうか……。静も思わず頭が痛そうな顔をしていた。


「空間の制御系力法!?」


 茜は体が痛むはずだが思わず大声で聞き返した。


 空間の制御系力法、それはつまりテレポート能力ということだろう。さっきの会話からして静の能力だろう。


 まずい、このままでは逃げられてしまう。


「でも、そんな力法使うのにどんだけのりきを使うのよ」


 興味本位なのか時間稼ぎなのか茜が食いつくが弁慶もそこまで天然ではないようだ。


「さっきは口を滑らせちまったが、それは答えらんねぇな」


 時間稼ぎだったとしたら、それは失敗に終わった。何故なら弁慶の肩に戻った静がすでに詠唱を始ていたからだ。


「くっそ……が、かぁえせぇ!」


 俺の口からはボロボロになって掠れた声しか出なかった。


 また、また俺は何も出来ずに終わるのか?


 ここが正念場だ。ここで負ければもう次はない。武器も失い、次の町にも辿り着けず、結果として元の世界にも戻れない。


 だがどうやって奪い返す? 詠唱と言ってもそう長くはかからないだろう。俺は必死で頭をフル回転させた。


 そして、門の周りに大量に設置された灯りに目がいく。


――『火創造系の力法に光制御系の力法で明るくしているの』――『前の所有者はその刀身に炎を纏わせて戦っていたと聞いているわ』


「我、清和の一族に連なり、代々空間を操る者なり」

「いつかきっと奪い返してみせるわ。覚えてなさい!」

「我、願う。此に在りて彼にも在らんとすることを。そのためにこの空間を汝が力を借りて制御せしめん。空間制御テレポーション


 茜がそのままの姿勢て悔し涙を流しながら弁慶たちを睨みつけた。


 長々とした詠唱が終わると弁慶たち二人は一瞬にして門の外に移動していた。そして今まさに悠々と走り出そうとしている。


「いや、まだだ!」

「まだって、何を――」

「頼む! 炎を纏え『道化』ぇぇぇ!」


 イメージはあの灯りの火が飛んで行って『道化』に灯るような感じ。


 一瞬何も起こらず、闇の中に二人の姿が消えようとして、やっぱり駄目かと思った時だった。


――ボォッ


 弁慶の背中が暗闇の中で赤々と燃え上がった。


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