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1.日常の終わり

 タンッ!


 鋭く地面を踏み切る音がした。

 その瞬間。しばしの間俺の身体は、地球上において絶対的強制力を持つ重力に抗って飛翔する。


 助走で十分に加速したスピードのまま前方向に飛び出すと、腕を回しながら大きく身体を仰け反らせる。

 

 空中でつくったタメを今度は一気に解放し、前屈の姿勢へと変える。


 体を横に傾けながら地面に近づき、着いた瞬間に思い切り身体をひねった。


 ザシュッ。


 直後、盛大に砂場の砂が撒き散らされる。


 飛んだ感触でわかる。今のは俺の中でも正真正銘ベストの跳躍だった。


 はやる気持ちを抑え、砂場から出る。計測の結果をいまかいまかと待つ。


――"6m52"


「よっしゃぁあ!」


 小さな電光掲示板に表示されたその数字を見て、俺は周りの目も気にせず、大きな声を上げてガッツポーズをした。


 実に半年ぶりのベスト更新。それも36㎝の大更新だ。

 そして何より全中参加標準記録の6m50をわずかながら越えることができた。


 日頃から辛い練習を積み重ねてやっと掴んだ念願の全中出場資格。


 ただ出るだけのものにしてたまるか。俺はもっと先まで跳んで見せる。



 * * *



 競技が終わり、マーカーを片付けてベンチに向かうと幼馴染の緋波が待っていた。


「俺、ついにやったよ」

「うん、本当におめでとう!  よく頑張ったね」


 緋波は澄んだ瞳に涙を浮かべながらに喜んでくれた。


  緋波とはただ単に幼馴染というだけではない。同じ陸上部に所属していて、俺を一番側で応援してくれている。そして俺はずっと前から緋波が好きだった。


「あのさ、俺、もし全中を決めたら緋波に話したかったことが――」

しゅうー、おっめでとぅーー!」


 突然、何者かが大声で叫びながら背中に強烈な平手打ちを叩き込んできた。


「ありがとう翔馬」


 俺は内心とは裏腹に冷静を装って、振り向くことなくそう答える。


「む、よくわかったな!」


 犯人である杉田翔馬はいたずらが成功した子供のような、人好きのする笑みを浮かべた。


「ん、それで何?」


 中断された会話を続けようと緋波が顔を覗き込んでくる。いきなりのその仕草にドキッとして、


「ごめん。やっぱなんでもない!」


 とっさにそんな答えしか出なかった。


「そっか、ならいいけど。じゃあ私片付け手伝ってくるね」


 緋波は不思議な顔でこちらを見てから行ってしまった。


「あ……」

「悪りぃ、邪魔しちゃった?」

「ううん。大丈夫だよ、別に」


 緋波が去った後で翔馬が気まずそうに声をかけてきたが、笑って誤魔化した。


「……はぁ」


 翔馬もいなくなった後で俺はひとりため息を吐いた。


 想いを告げられずに残念な気持ちがある一方で、どこかホッとしている自分がいた。


 緋波とは付き合いが長く、もし今告白したらこれまでの関係が崩れてしまうのではないか。そんな不安から、もうずっと想いを告げることができずにいる。


「柊の意気地なし。」


 風に乗ってそんな呟きが聞こえたような気がした。



 * * *



 翌朝は騒々しいベルの音で目が覚めた。時計を見ると時刻は午前6時半だった。


 週一日の休みで部活はないものの、今日は月曜日なので普通に学校がある。


 昨日は、あの後片付けが終わってからも、次々と部員たちに祝福の言葉をかけられ、写真撮影や色々な人に挨拶などをして、家に着いた頃には午後8時を回っていた。


 一日中張り詰めていた緊張感のせいか流石に疲れていた。


 サッと風呂に入った後はそのままベッドに倒れこむようにして寝た。


 という訳で睡眠自体は問題ないのだが、疲労が抜けきっておらず体はダルくて重たかった。


 夏休み前なので授業は午前中で終わり、

 特別なことは何一つ起こらず、いつも通り退屈なまま過ぎ去った。


 放課後。俺は教室で弁当を食べてから、久しぶりに学校の図書室に足を運んだ。


 夏休みは部活や遊びで忙しくなかなか宿題をやる暇がないため、今のうちから進めておこうと考えたのだ。


 俺の中学の図書室はいつも人が寄り付かず静かだった。俺は結構ここの雰囲気が気に入っていた。部活がなくて暇な時はたまにここへ来て宿題をやったり本を読んだりしている。


 宿題を開いては見たものの、昨日告白できなかったことが頭から離れずまったく集中できない。


 緋波は俺のことをどう思ってるのだろう。あいつはモテるし、何より可愛い。他に好きな人がいるんじゃないか。そんな思考が一日中頭の中をぐるぐると回って離れない。


 このままではけない。気晴らしに本でも読むか。そう思って本棚の列の間を物色していく。


 俺は本を読むのが好きで、とくにファンタジーがお気に入りだった。なので新刊でもないかなとファンタジーの棚を探していた。


 と、一冊の本に目が止まる。手にとって見ると不思議な本だった。真っ白(・・・)なのだ。タイトルも著者名も出版社も書いていない。中身をパラパラとめくってみてもやはり同じで何も書かれていない。これはもう本と呼んで良いのだろうか。


 呆れつつもう一度確認してみようとページをめくると1ページ目に何やら書かれていた。この場合その表現が正しいのかわからないが、真っ白なページが不思議なことに読める。


「我、魔の道を修め、世界の理を理解せしめんと志すものなり。我、願う。次元を越えて隔たれる彼の地へ行かんことを。そのための扉、汝が力をもって創造されたし。万物創造クリエイション


 読み始めると口が勝手に動いていた。俺がその言葉を終わると同時に、本から眩い光が溢れ出した。思わず目をつぶってしまうほどの眩しさだ。


 しばらくすると光がおさまった。恐る恐る目を開けると目の前に四辺を縁取られた縦長の穴があった。穴の中は光が溢れておりその先を伺うことはできない。


「おいおい。なんなんだこれは……」


 あまりに突然の出来事でうまく言葉が出てこない。ただ一つ言えるのは今のがなんだか呪文のようであったことと、それが原因でこの穴が現れたということだ。


 普段からファンタジーを読んでいるおかげか混乱しながらもなんとか頭は働いてくれた。


 小説か漫画かの主人公だったら考えなしに飛び込んでいくのだろうが、俺はそんなにおめでたい頭の持ち主ではなかった。


 厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。なんとかしてこの穴を消さないと。出す呪文があるなら消す呪文もあるはずだ。


 急いで閉じる方の呪文を探して唱えようとするが、肝心の白い本はどういうわけか目を開けた時から消えていた。


 必死に白い本を探すが見つからない。俺の努力をあざ笑うかのように、次の瞬間には穴に吸い込まれ、俺が入ってきた入り口はすぐに閉じてしまった。


 何も見えない真っ白な空間なので方向感覚はすでになくなってしまった。


 だんだん頭がボーとしてきた。


 俺はこれからどこへいくのだろうか。戻ってこれるのか。緋波は俺がいなくなって心配してくれるだろうか。思考が頭の中をながれていく。

 





 そして、真っ白な視界の中で意識が徐々に朦朧となり最後には溶けてなくなった……。

 

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