心に秘めていた思い
「私、本当はみんなのこと、嫉妬してた」
私は、澪子が突然意外な言葉を話し出したことにびっくりし、何も言えなかった。
「真由は、仕事できるし、おしゃれだし、男の人にももてるでしょ。さっきのフロントの人、真由のことずっと見てたよ」
「え。そんなことないよ」
私は慌てて手を横に振った。確かに仕事は真面目にやっているつもりだし、服装にも気を使っている。だが、真面目にやるのと仕事ができるかは別の話だし、服装だって自分の好きなものを着ているだけだ。男の人にもてるかどうかだって私には分からないし、そもそも普通の恋愛ができないのだ。
だが、私が飲み会や合コンで知り合った男の人と二人で出かける行為を、澪子は男にもてて遊んでいるという風にとらえたのだろう。私が付き合えない事情は、もちろん澪子にも伝えていないから、誤解が生じてもおかしくはない。
男の人と二人で出かけているときは、気分が良かったとのは事実だ。私は、それを思い出して、顔が、熱くなったのを感じる。
それから、澪子の語り出した言葉はとても意外だった。
詩織は、とても気が利くし、大人っぽくてうらやましい。晶は背が高くて、ショートカットが似合って、格好いい。仕事ができて、いつも忙しそうにしていることがうらやましいと。
「私は、みんなにずっと嫉妬してた」
澪子はそう言った。
「私、大学出てから、就職も合わなくてすぐ辞めちゃったし。それに、今まで男の人と二人で出かけたことだってなかったし」
澪子は、勢いを増して話した。澪子は、大学を卒業後、晶とは別の会社にシステムエンジニアとして就職したが、仕事が合わず、今は派遣で事務の仕事をしている。
「だから、私、初めてできた彼氏と結婚することになって、私は初めてみんなの上を行けたと思ったの」
私は澪子の口から次々と予想していなかった言葉で出てきて、何も言えなくなってしまった。
「私、本当に嫌なことばかり言っていたと思う。でも、あの日、おしゃれなワンピースを着てきた真由がすごくまぶしく見えた。それで、思わず自慢したくなっちゃったの」
澪子は、もう温くなってしまっているお茶を勢いよく飲んだ。
「私は、真由より先に結婚するんだってことを、どうしても言いたかった。私だって、真由に負けていないってことを」
私は澪子の話したことを頭の中で整理しようと試みていたが、あまり上手くいかなかった。あの幸せそうにしていた澪子が陰でそんな嫉妬に苦しんでいたことを。
「澪子?私はいいけど、晶がどう感じてたか分かる?」
私は順を追って話した。卒業旅行のとき、晶から、澪子に対して愛情を感じていたことを聞いたこと。でも、晶は澪子には言わないつもりだと言っていたこと。今、私の独断で澪子に話すことにしたこと。
だが、この前、電車の中で見た晶の姿については、言わなかった。
「全然知らなかった。私、晶にひどいことを」
そう言うと、澪子はまた下を向いてしまった。私は、澪子が拒絶しなかったことに、ほっと胸をなでおろしていた。長年の友人から、好きだと言われたら、どう対応していいか分からず、拒絶してしまうかもしれない。そういう危惧を持っていたからだ。
また泣き出すのかと思って見ると、澪子は泣き出さなかった。
「ねえ。真由。私、たぶん晶に一番、嫉妬していたのかもしれない」
「どうして?」
「私、晶と同じような会社に就職して。晶は、頑張っているのに私はどうしても合わなかった。だから、頑張っている晶を見る度に、心に黒いものが湧き出てくるような気がした」
私は、澪子が結婚することに舞い上がり、何も考えずに発言していると思い込んでいた。澪子が自分たちに嫉妬しているとは思いもよらず、想像力の足りない自分が恥ずかしくなった。
私は澪子にかける言葉が見つからず、そのまま座っていた。澪子も同じだったのか、長い沈黙が続いた。
その日、結局、晶は現れず、夜遅くに、詩織がタクシーに乗って到着した。晶の様子を問うと、黙って首を振った。
澪子が晶と話がしたいといって、何回も電話をしたが、出なかった。私が送ったメールにも返信はなかった。楽しみにしていた旅行は、私たちの関係を大きく変えてしまった。